∥004-J 募)臨時公平PT 前2後2 女性希望
#前回のあらすじ:ひと狩り行こうぜ!
[マル視点]
「フィアナ騎士団万歳ッッ!!」
「フィアナ騎士団万歳ッッ!!」
―――ヘレンちゃんに転送してもらった先は、殺風景な小部屋の中だった。
視界に入る小ぶりな窓の外から、上空に瞬く星々がか細い光をリノリウム床へと投げかけている。
思っていた以上に暗い、このままだと探索に支障が出そうだ。
ぼくは探索用バッグからランタンを取り出すと、側面のくぼみに【魂晶】をひとつはめ込んだ。
円筒の中心部に菫色の光が灯り、ぼんやりと小部屋の内部を照らし出す。
滑らかな床にはうすく埃が積もり、この部屋にあまり手入れが行き届いていないことを現していた。
調度品もテーブルもない寂しい部屋には、気のせいか消毒液のつんとした匂いが漂っているように思える。
受注札の要綱にあったように、かつてここが検疫所だったせいかもしれない。
次いで視線を横へ滑らせると、すぐに幾人かの人影が眼に入った。
ぼくと同年代くらいの少女が一名、重厚な鎧兜に身を包んだ人物が二名。
少女はすぐにランタンの明かりに気づくと、こちらへ近づき軽く片手を上げた。
残る性別不詳の二名は急に現れたぼくを警戒しているのか、遠巻きにこちらを眺めるだけにとどまっている。
「あんたが最後の一人?見た所東洋人みたいだけど、ここは初めて―――って、マルじゃないか」
「およ、そういう貴女はアンジーさん?・・・こんな偶然ってあるものなんですねえ」
挨拶してきたのは、ベリーショートの金髪にへそ出しタンクトップとホットパンツという、いかにも活発そうないでたちの少女だった。
黒灰色の編み上げブーツをかつんと鳴らし立ち止まると、彼女は細い腕を組んで訝し気にこちらを窺う。
しかし相手が顔見知りである事に気づくと、釣り目ぎみの青い瞳に浮かんでいた警戒の色はすぐに解け、ニッといたずらっぽい笑顔を浮かべるのだった。
―――彼女はアンジー、つい先日学園北部に位置するとある農場で出会った【神候補】の女性だ。
件の農場で収穫を手伝ったことをきっかけに、何度か顔を合わせ会話するうち、互いに名前と連絡先を教え合うくらいの付き合いになっている。
彼女と話す時は大抵、エリーというおさげ髪の女の子とセットだったのだが―――そちらは今日は不在のようだ。
「これも神の思し召し って奴だろうさ。・・・あんたは一人みたいだけど、以前言ってた寮の仲間は連れてこなかったのか?」
「いやあ、今日はなんだか間が悪いみたいで、フラれちゃいました。そういうアンジーさんこそお一人で?」
「あたいは普段からソロだよ。今回みたいに顔見知りと偶然行き合ったり、誘われて付き合うことはあっても固定で組んでる奴ってのは居ないのさ」
「じゃ、今日はぼくたちお仲間ですね?」
「ふふ、二重の意味でな」
「・・・フィアナ騎士団万歳ッ!!」
「フィアナ騎士団万歳ッッッ!!」
頬をかきつつ、苦笑交じりに単独で任務を受けた経緯を語る。
それにからりと笑いながら答えた彼女と顔を突き合わせると、奇妙な偶然になんだか可笑しくなったぼくたちはくすくすと微笑み交わす。
―――そこへ横合いからどこか不機嫌そうな声が上がり、ぼくたちは驚いてそちら振り返った。
先程からこちらを遠巻きに眺めていた、鎧姿の二人組だった。
こちらへ―――と言うよりアンジーへちらちらと視線を送りつつ、何故か二人組は両腕を上げ力こぶを作って見せたり、手にした獲物をおぼつかない手つきで振り回し壁にぶつけたりを繰り返している。
「ところで、あの人たちは一体・・・?」
「いつもこういうしょっぱい任務に顔を出す二人組だよ。バケツを逆さに被ってるのがDaniel、カラス頭のお椀を被ってるのがJamesだ、覚えなくていいよ」
「はぁ・・・」
「・・・バケツではないッ!これは聖堂騎士団でも採用された由緒正しき金属兜、グレートヘルムである!ふんっ!!」
「カラス頭ではないッ!これは数多の戦場で洗練されしオープンフェイスヘルム、バシネットですぞ!はあっ!!」
半眼のアンジーから、ため息と共に紹介された二人組は何故かポーズを取りつつ、声高らかに否定の一声を上げる。
どうやらバケツ―――ではなく角ばった形の金属兜を被っている方がDaniel、カラス頭―――ではなく嘴のようなバイザーが前面に付いた兜を被っているのがJamesらしい。
どちらも目のあたりにスリットが入ってはいるが、あれだけでは視界が狭くなるだろうし、何より重そうだ。
更に、二人とも胴には重厚なチェインメイルに重ねて十字型の文様が入ったサーコートを身に着けている。
・・・ぼくだったら同じ格好で10分も歩けそうにない。
大丈夫だろうか。
そんなぼくの心配をよそに、二人を睨むアンジーはため息交じりに腰へ手を当てると、軽く肩をすくめて見せる。
先程の様子から見て、どうやら彼女の二人組に対する心象はあまり良いものでは無さそうだった。
「―――はいはい、伝統ある騎士サマのありがたい兜ね。それはもうわかったから、顔見せは終わったんだしそろそろ行かない?」
「む・・・そうか、吾輩の活躍を見たいのであるな!では征かん、矢雨降り血潮沸き立つ戦場へ!!」
「サー・Daniel、抜け駆けは騎士道的に推奨されぬ行為!某にも活躍させるのですぞー!!」
「「フィアナ騎士団万歳ッッッ!!」」
「え、ちょっと待・・・行っちゃった」
「毎度毎度、本当にあの連中は・・・!」
冷たい口調で先を促すアンジーに、何故か嬉しそうに応じる二人組。
おもむろに小部屋の入口を開け放つと、がしゃがしゃと重そうな音を立て、止める間もなく二人そろって真っ黒な廊下へ飛び出してしまった。
互いに先を争っているのか、喧噪と金属音が遠ざかってゆく様子をぼくらは呆然と見送る。
ぼくが無言のまま開け放たれたドアを指さすと、彼女は長い溜息を吐くのであった―――
・ ◆ □ ◇ ・
細長い廊下に出たぼくらは、先行した二人の姿を求めさ迷う―――展開にはならなかった。
最初の小部屋から50mほど行った先で、壁に手を付き荒い息をつく二人を発見したからだ。
ここまで全力疾走してきたのだろう、疲労困憊といった様子の彼らの足元には滴る汗が水たまりを作っていた。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・くっ・・・君達か。助けに来てくれたところ悪いが・・・吾輩はもう、ダメだ」
「はぁ・・・はぁ・・・某の事はどうか気にせず、先へ・・・あ、いや。ちょっとだけでも介抱してくれると・・・いやそれはしかし騎士道的に・・・」
「バッカじゃないの?」
もう何度目になるのかわからないため息をつく彼女に、曖昧な笑顔で応じる。
先を急げとのありがたい言ではあるが、言葉通り見捨てて先へ進もうとするアンジーを引き留め、二人の回復を待つことにする。
納得のいかない様子の彼女をなだめつつ、ぼく達はこの場所で一旦休憩を取る事となった。
座り込んだままぜぇぜぇと息を整える彼らをちらりと盗み見た後、ぼくは視線をその逆側で壁を背に、不機嫌そうに足をぶらぶらさせている少女へと移す。
「・・・いつもこんな感じなんですか?」
「え?―――あぁ、そうだね、連中が関わると毎度毎度こうさ。頼んでもいないのに勝手に先走って、それのフォローに回るこっちの気持ちも理解して欲しいね。まったく、一体何がしたいのやら・・・」
ぽつりと呟いたぼくの一言に、最初不思議そうな表情を浮かべた彼女はすぐに手を叩くと、苦虫を噛みつぶしたような様子で二人組を見やる。
残念ながら、アンジーの彼らに対する心象はほぼ最悪と言っていい。
彼らからすれば、空回りもいい所だろう。
「・・・女の子にいい所、見せたいんじゃないのかなあ?」
「―――えっ?」
「ぼく、ちょっと行ってきます」
「あ、ちょっと!?」
同じ男として何となく彼らの気持ちが理解できるだけに、この現状はちょっと見るに忍びない。
ぼくは密かにある決意をすると、制止する声を背に小走りで二人組の元へ移動するのだった。
「もしもーし、大丈夫ですか?」
「む・・・なんだ貴様か。吾輩は・・・ぜぇ、ぜぇ、今忙しい・・・のだ」
「輝くおヘソの君・・・じゃないのか、ちっ。・・・あっち行ってろ」
傍らに立つ何者かの気配に気づくと、ポーズを取りつつがばりと起き上がり、しかしそれが意中の相手ではない事にあからさまに落胆する二人。
そんな彼らにぼくはにっこりと微笑むと、背後の彼女に聞こえないよう小声でぼそりと呟いた。
「・・・女の子にモテたい」
「「 ―――!? 」」
弾かれたようにこちらを向く二人。
「もっと目立ちたい、カッコいい所を見せたい、あわよくばイイ仲になってあんなことやこんなことしてみたい」
「な、何を―――」
「チヤホヤして欲しい、もっともっと自分の事を見てほしい、強くてかっこいい俺の雄姿で彼女のハートを打ち抜きたい、バキューン」
「ち、違う。某は―――」
「いいんですよ」
耳元に滑り込むように、ささやく声が二人のコロロを引き付ける。
奇妙な引力に思わず頷きかけたところをかぶりを振って否定する彼らに対し、ぼくはやさしく肩を叩くとそっと微笑んで見せた。
「いいじゃないですか、十代男子の原動力なんて8割方ミエと助兵衛根性ですよ。めっちゃモテたい!目立ちたい!俺様かっこいい!それは自然にして当たり前の衝動なんです」
「き、き、貴様一体なんのつもり―――」
「ですが、やり方がよくありません」
畳みかけるようにして身も蓋もない理論を並べ、彼らの心を揺さぶる。
―――気持ちはわかる。
モテたい!目立ちたい!
そういう衝動があるのは否定しないし、する気なんてさらさら無いんだ。
ぼくだってそうだし。
でも、相手が居るんだから配慮した方がいいし、現状に問題があるなら―――
まずは改善しなくちゃね。
「―――ぼくにいい考えがあります」
うっすらと微笑みつつ、そう低く告げる。
その一言に、何時の間にか聞き入っていた二人がこくんと頷くのを認めると、ぼくはにやりと満面の笑みを浮かべるのであった―――
今週はここまで。




