∥004-F 来訪者あーちゃん(上)
#前回のあらすじ:入れ食いでした!
[梓視点]
「他のオンナの臭いが・・・する!」
―――ほどよい喧噪に包まれた放課後の教室。
学校指定の制服に身を纏った生徒たちが掃除や帰宅の準備や、クラスメイトとの歓談に花を咲かせる中。
唐突に響いたその一言に、周囲はしんと静まり返る。
教室中の視線がある一点に集まる。
しかしその先に居るのが、セーラー服を身に纏った一人の少女――つまりあたし――であることを認めると、集った視線はやれやれといったふうに再び散らばっていった。
教室机の上で組んだ両手に顎を乗せ、キリッ!とした表情を浮かべていたあたしは予想と異なる反応に一瞬あれっ?という表情を浮かべる。
だがすぐに気を取り直し両手を組み直すと、よりシリアスな表情を浮かべ再度口を開こうとした。
「他のオンナのにお―――!」
「それはもうええから」
「いひゃい!?」
―――何時の間にか背後に立っていた何者かが、丸めたノートをあたしの後頭部目掛け勢いよく振り下ろした。
ぱこん!と小気味のいい音が上がり、頭が下がった反動でポニーテールの房が跳ね上がる。
じんじんと痛む後頭部を抑えつつ振り返ると、そこには半眼のまま丸めたノートを片手に佇むショートボブの少女が居た。
同じクラスの友達、みーやんだ。
その横にはこちらを心配そうに覗き込む茶髪ロングの少女―――ゆーみんの姿もある。
二人はあたしの通う学校――県立立海高等学校――で進級する前から同じクラスの、共通の友人同士だ。
あたしはみーやんのつり目がちな顔を軽く睨むと、唇を尖らせて抗議の声を上げた。
「ぶー、暴力反対!せっかくヒトが真面目な話してるのに・・・邪魔するだなんてひどいよ!」
「・・・今のんがどう転べば真面目な話になるんか、ウチの頭じゃ全然予想つかへんのやけど。・・・一応、どーゆーネタ振るつもりやったんか教えてくれひん?」
「えっとね、先輩に他のオンナの―――」
「それはもうええっちゅうねん」
再びノートが振り下ろされる。
頭頂部を抑えて再びぶーたれるあたしにため息をつくと、みーやんは両手を腰に当ててあたしをじろりと睨んだ。
「―――ハナシの掴みなんかは省いたって、肝心なとこから言ってくれへん?」
「えぇー?しょうがないにゃあ・・・。えーっと、先輩がね?最近ちょっと様子がヘンなの」
「先輩って、あの先輩~・・・?」
「そうそう、あの先輩」
糸目がちな目を更に細め、ゆーみんがゆったりした動作で首をこてんと倒す。
先輩こと丸海人は普段からよく話す上級生として、この二人にとっても共通の友人同士だ。
二人とも脳裏では『あの』の部分で「小っちゃい」だとか「背の低い」といったフレーズを思い浮かべているのだが、万一本人に聞かれると非常にめんどくさいので決して口にはしない。
―――そんなわけで、あたしはゆーみんに向けこっくりと頷くと、再び口を開くのだった。
「昼休みにね?3年の教室へ行った時なんだけど、先輩小さな鈴を眺めながらなんだかニコニコしてたの。なのに話しかけたらサッっと隠しちゃうし、それなあにー?って聞いてもはぐらかされるし。なんか・・・怪しい!」
「・・・それだけ?」
「うん?そだよー」
握りこぶしを作って力説するあたしに、顔を見合わせて怪訝な表情を浮かべる二人。
曖昧な笑顔を浮かべたまま、ゆーみんが遠慮がちに疑問の声を上げる。
「それ、気にしすぎじゃないのかな~・・・?」
「そんなことないもん!最近放課後の付き合いも悪いし、きっと・・・浮気してるんだよ!」
「付き合ってすらおらへん内から、浮気は流石に無理あらへん・・・?」
ため息交じりにツッコミを入れた後、みーやんは何かに気づいたように「あ」と小さく声を上げる。
あたしが眉根を寄せてむむむと唸りを上げる一方。
クラスメイトの様子に気づいた残る一名は小首を傾げると、胸に沸き上がった疑問を口にした。
「蓉子ちゃん、どうかしたの~・・・?」
「原因、わかっちゃったかも・・・。ウチ、以前録画した映画、昨日梓に貸したんやけれど―――」
「え~っと、なんてタイトル~?」
「『偽りは僕の仮面』。少女漫画原作の昼メロばりの愛憎サスペンスで、ヒロインの彼氏がこっそり浮気しとるって内容の・・・」
「・・・あーちゃん、色々と真に受けやすいからなぁ~・・・」
色々と悟った二人は互いに顔を見合わせると、同時に深くため息をつく。
そんな級友たちを尻目に、あたしは高く拳を振り上げ、真実を明らかにせんと雄たけびを上げるのだった。
「真実の愛の為・・・全てを明らかにする時が来たのよ!」
「劇中のセリフまんまやんか、それ・・・」
「あはは~・・・はぁ」
再び教室中の視線が集まる中、級友二人は色々と残念な友人の姿にがっくりと項垂れるのであった―――
・ ◇ □ ◆ ・
―――そんな訳で、あたしははるばる夢の中。
先輩が居るという【揺籃寮】までやってきたのだった。
古びていながら、しっかりと手入れの行き届いたシックな木造建築を、あたしは仁王立ちの構えで見上げる。
今ここに、真実の愛を掛けた戦いが幕を上げるのであった。(映画のアオリまんま)
「ここがあの女のハウスね―――!」
お気に入りのセリフを口にすると、あたしは意気揚々と両開きの大きなドアを開け放つ。
開いた扉の間から差し込む陽光がフローリング床を照らし、宙に舞う埃が光を受けてキラキラと煌めいた。
どうやら玄関には誰も居ないようだ―――そういえばノックとかしなかったっけ。
まあいっか。
あたしはすかさず気を取り直すと、自分で先輩を探すことにした。
以前、一度だけ来たことのある(※Vt.Day特別編・キャシーの手作りチョコレートチャレンジ!! を参照)お陰で内部の造りはある程度わかる。
あたしはすんすんと鼻を鳴らすと、女のカンが知らせる方へ向けて歩みを進めるのだった。
「こっちからいいニオイがする・・・おショーユと、生姜と、お魚・・・おなかへったぁ(ぐるるきゅー)」
訂正。
美味しそうなニオイに釣られ、あたしはふらふら~っと一つのドアへ向けて吸い寄せられていった。
上にかけられたプレートには「管理人室」と書かれている。
がちゃりとノブを回しドアを開くと、覗き込んだ先でかまどを前におたまを手にした女の人と目が合った。
顔の輪郭が隠れるような大ぶりな黒縁眼鏡を掛けたその人は、怪訝そうな表情を浮かべると両腕を組み首を傾げる。
動きにつられて見惚れるような亜麻色の長髪が流れ、艶めいた光を放った。
組まれた腕の間でたわみ、ボリューム感たっぷりの膨らみがエプロンの表面に深く皺を刻む様子に、思わず目が引き付けられる。
相変わらずしゅごい。
「以前見た顔だな――― 一体何の用だ?」
「えっと、先輩・・・居ないの?」
「見てのとおりだが」
両者の間に沈黙が落ちる。
それを破ったのはぐるるきゅー、と寂しげに鳴き声を上げるあたしのお腹だった。
流石に恥ずかしくなってうつむくあたしに、お姉さんはぐつぐつと音を立てる鍋からひとすくい、中身を小皿に移す。
無言で差し出された野の花をあしらった陶器の皿には、ほかほかと湯気を上げる煮魚が乗っていた。
刻んだ生姜のかけらを浮かべた飴色の汁からは食欲を刺激するかぐわしい香りが立ち上り、見るからに美味しそうだ。
「た・・・食べていいの?」
「味見だ。しっかり煮込んだから頭ごといけるぞ」
「じゃ、じゃあ・・・いただきます」
ぱくり。
お言葉に甘えて頭からかぶり付いた途端、口の中に濃厚な旨味と香りが広がる。
気付いた時には尻尾まで残さず食べつくしていた。
続いて差し出された湯飲みから緑茶を一口、ごくんと呑み込んだあたしは幸せなため息をつく。
「はふぅ・・・」
「で、どうだった?」
「美味しかったです!お母さんが作ってくれたのより・・・ずっと!!」
「・・・本心にしても、そこは流石に濁してやれよ・・・」
満面の笑顔で答えるあたし。
それに眉根を寄せてげんなりした表情を一瞬見せるが、すぐに無表情に戻ったお姉さんは再び口を開く。
「だがまあ、満足して貰えたようで何よりだ。それで―――今日はマルに会いに来たのか?」
「えっ?」
「え?じゃないだろ。ついさっき自分で言ったばかりだろうに、先輩居ないのか、って」
「―――そうだった!」
ついうっかり忘れてた。
あたしはぽんと手を叩くと、勢いよく部屋を飛び出し―――
すぐに顔を真っ赤にして管理人室へ帰ってきた。
「先輩のおへや、わかんないです・・・」
「見てて不安になる奴だな・・・」
げっそりとしょげ返るあたしに深くため息をつくと、お姉さんは顎に手を当てて少しの間思案顔を見せる。
しかしすぐに背後へ振り返ると、口元に手をあてて大きく声を張り上げた。
「―――叶!私はこいつと出かけてくるから、その間火を見といてくれ」
「ひぅ!?え、えっと・・・お姉ちゃん・・・?」
「ほぇ?」
声に驚いたのか、隣室からどたんばたんと慌てた様子の音が響く。
やがて遠慮がちに小さく開かれたドアの間からは、ふわふわの新雪のような髪と、その下からこちらを見つめる紅玉のような瞳が二つ覗いていた。
「―――あ、なんか可愛いのがいる!ねぇねぇねぇ、君だれ?前の時は会わなかったよねー、おねえちゃんってホントのお姉さん?てことは君は弟さんなの?」
「わ、わわ・・・・っ!!?」
「あたしは梓だよー、よろしくね!それでねそれでね、今日は先輩に会いに来たんだけどね、あ、先輩っていうのは―――」
「そのへんでストップ」
「ぐえ。」
視線に気づいたあたしが眼を輝かせて近づくと、驚いたのかその子はドアの後ろに引っ込んでしまった。
それを追っかけてドアを開け放つと、驚きに見開かれた赤い瞳とあたしの視線が重なる。
その綺麗な輝きに上がったテンションのまま矢継ぎ早に話しかけると、唐突に後ろから襟を思い切り引っ張られ、あたしは思わず蛙をひき潰したような声を上げてしまった。
ぐるりと180度回転した視界には、口をへの字に曲げたお姉さんが立ちはだかっていた。
「マルを探しに行くんじゃ無かったのか?」
「はい。そうでした・・・ごめんなさい」
「―――よろしい。そういう訳だ、留守は頼むぞ。煮汁が無くなる前には戻る」
「あ、うん・・・」
その迫力に思わず敬語になったあたしをじろりと睨むと、お姉さんは叶君(?)に一声掛けた後、すたすたと部屋の外へ歩いて行ってしまった。
ドアの向こうへ消えるまでその後ろ姿を呆然と見送った後、我に返ったあたしは慌てて後を追いかける。
どたどたと慌ただしく音が遠ざかった後。
一人、部屋に取り残された少年は数拍遅れて我に返ると、ぽつりとつぶやいた。
「・・・・・・鍋、見ないと」
開けっ放しだったドアを閉めてからかまどへ向かう。
何だかどっと疲れた叶は軽くため息をつくと、慣れた手つきで火箸を手に取り、鍋にかかる火を弱火になるよう薪の位置を調整する。
嵐のように通り過ぎていった少女の来訪。
しかし、他の来客に感じたような恐怖や威圧感があまり無かったことに首を傾げながらも、少年は姉の帰りを待つべく、読みかけの本を取りに隣室へと再び向かうのであった―――
今週はここまで。




