∥001-10 わんこをもふって大きくしよう
#前回のあらすじ:3人娘無双
[マル視点]
「やばーい、やっぱーい・・・」
『ヘッヘッヘ・・・わふっ!』
うわ言のようにヤバイヤバイと呟きつつも、両手は意思から独立したかのように動く。
なでる、摩る、揉みしだく。
柔らかな毛並みを掌でならして、指先で敏感なツボを探り当ててはこしょぐり回す。
今、ぼくはバスの車内で空きの座席に腰かけつつ、膝の上に乗せた柴犬を撫でくり回していた。
近所の犬猫で鍛えたテクを彼は気に入ってくれたようで、うっとりした表情で柔らかな毛並みをしきりにこすり付けてくる。
何でこんな事をしているのかというと、ヒマだからである。
車外では、今も3人のお嬢様達がUFOどもを相手に一方的な戦いを続けていた。
―――そう、あまりに一方的すぎて今更出る幕が無いのだ。
互いの自己紹介も早々に、協力を断られたぼく+維新組3名は、こうしてバスの警備(という名目の暇つぶし)に就いていた。
犬養・西郷・高杉らも各々、好き勝手に車内で油を売っている状況だ。
ぼくは掌から伝わるぬくもりに癒されつつも、何だかモヤモヤする状況にそっとため息をつくのだった。
「本当、こんなんで大丈夫なのかなぁ・・・?」
「いいのではないでしょうか?少なくとも、危ない目に遭うよりは」
「あなたは・・・。確か、西郷どんのお仲間の―――?」
「犬養です」
ぽつり、と呟いた一言に横合いから反応があり、ぼくは慌てて顔を上げる。
そこには精悍な顔の青年が、穏やかに微笑み佇んでいた。
維新3人組のリーダーとおぼしき、あの青年だ。
ぼくが軽く目礼すると、彼はゆっくり頷き優雅な足運びで隣の席へと腰を下ろした。
ちらりとそちらを盗み見ると、柘榴石のような深い色を湛えた瞳が、じっとこちらを見つめ返している。
彼の行動の意図が読めず、ぱちくり、と瞬きするぼくに、犬養青年は穏やかな調子で語り掛けてきた。
「マル君・・・で、良いでしょうか?どうやら、手持無沙汰のご様子ですね」
「そりゃ、まあ。ラクなのはいいんですけれど・・・。でも、何もしないでもいいの?って思っちゃいます。それに、あのバケモノ―――」
「【彼方よりのもの】、ですね」
「シング・・・?ええと、そのシングフロムなんたら?って、UFO擬きを倒して。ぼくの運命を変えるぞー!!って、意気込んでたのに、こんな現状で。・・・なんか拍子抜けしちゃって」
「なるほど」
ぽつぽつと心情を吐露するぼくに付き合い、温和に微笑んだまま頷き返す彼。
なるほど、と呟くとそこで言葉を切り、青年はしばし瞑目した。
窓の外からは、少女達の声が、そして交戦の音が切れ切れに聞こえてくる。
めっきり数を減らした円盤群は、じきに全滅しそうな勢いだ。
「・・・ときにマル君。あれら――【彼方よりのもの】――が何故、ヒトを襲うのかご存じですか?」
「えっ?」
唐突な問いかけに、ぼくはきょとんと首を傾げる。
銀色の怪物達は、如何なる理由でヒトを襲うのか?
それに関しては、先刻、あの少女から軽く説明を受けていた筈だ。
「えっと・・・。確か、ヘレンちゃんは『精気を吸って力を蓄える』とか、なんとか言ってたような?」
「正解です。より詳しく説明しますと、彼奴等の故郷はこの世界ではなく、より高次元に属する、別の世界です。我々から見て『上』の世界の住人である彼奴等には、異なる世界を渡り、獲物を探す習性があるのです」
「・・・猛禽類が空から獲物を探す、みたいな?」
「言い得て妙ですね。そして、彼等は異なる理に属する故か、時空間の影響を受けません。静止した時間の中でも自由に動けるのです」
そう言いつつ、彼は近くの座席へ視線を向ける。
そこには、微動だにせず座席シートの上に収まる、老婆の小さな身体があった。
ほとんど至近距離でこうして会話していても、バスの外でドンパチが繰り広げられても、一向に反応を返す気配が無い。
返せないのだ。
―――今、ぼくらが居るこの空間には時間が流れていない。
本来ならば、走行中の車内からは滑るように流れる外の景色が、窓を開ければ吹き込む風と共に緑の香りが感じられる筈だ。
だが今、バスは静止し、生物は動きを止め、宙を漂う小さなホコリに至るまでが、ぴたりとその場に縫い留められている。
無論、外から押せば動くし、こうして呼吸も可能なのだが、自発的に行動出来る者は今や、ぼく達7名とあの怪物どものみ。
それが、ぼくらを巡る周囲の現状であった。
「あいつらが自由に動ける理由はわかりました。けど、それじゃあこうしてぼくらが動ける理由は、何で?」
「いい質問ですね。一言で言えば、『ヘレン嬢がその力を与えたから』となります。彼女は世界各地へと目を配り、時空の狭間で動く事のできる素質の持ち主を探しているのですよ」
「それがぼくで、より以前に力に目覚めたのが、犬養さん達・・・?」
「そうなります」
ぼくの返しに、鷹揚に頷いて見せる詰襟の青年。
話を纏めよう。
あのUFO達―――【彼方よりのもの】は高次元世界の生命体で、それ故に時間の流れと関係なく行動できる。
それに対抗できるのは、ヘレンによって力を与えられたぼくたち【神候補】だけ。
そういう話になる訳だ。
たとい軍隊が出てきたとしても、止まった時間の中で作戦行動が出来るワケじゃない。
奴等はまさしく、無敵のモンスターと言えるわけだ。
「それってつまり、あいつらが原因でこのバスが事故ったとしても。世間的には対処不可能だし、それを認識すら出来ない・・・!?」
「仰る通り。十中八九、君の死因はソレです」
「なんてこった・・・!!」
思わぬ形で、ぼくが抗うべきものの正体が判明してしまった。
今、現在進行形で起きているUFO達の襲撃。
それにより、バス事故が引き起こされたという訳だ。
詳細を語るならば、直接奴等に精気を吸われて息絶えたのかも知れないし、間接的に運転手が攻撃されて運転を誤り、崖下へ転落したのかも知しれない。
何れにせよ放っておけばバス事故は起こり、ぼくとバスの乗客達は一網打尽という訳だ。
しかも、このバスは現在走行中だ。
時間が静止した今ならともかく、車体が破損するような事があれば、通常の時間軸へ戻った直後、乗客達は車外へ放り出されるかも知れない。
乗客全員の身と、バスそのもの。
両方を守り通す事が、この戦いの勝利条件なのであった。
「皆さんは、こんな戦いをずっと続けてたんですね・・・」
「ええ。そして、それは我々に限った話では無いのかもしれません」
「・・・どういう事?」
「彼奴等が模す姿は世間において『都市伝説』と呼ばれる架空の物語の住人です。『異星人の戦闘機』、『空飛ぶ円盤』。呼び名は数多ありますが、古今の伝承民話を紐解くに同様の存在は洋の東西を問わず、そこかしこに存在した形跡が認められるのです」
「もっとずっと昔から、人知れずこういう事は起きていた・・・?」
「かも、知れません」
天の火石、謎の怪光、あるいはそれを元にした伝承。
古今東西に伝わる胡乱な逸話、その狭間に奴等は潜んでいたのだという。
そして、それに抗するのが我等が【神候補】だ。
「日々、増えつつある奴等の襲撃に対し、我々の数は有限です。何時しか監視の目を搔い潜り、民草の血が流れる日が来るやも知れません。そういう意味では、君の参戦は歓迎すべき状況です。・・・共に、世界を守りましょう!」
「お、お手柔らかに・・・。あれ?でも人数に限りがあるなら、今ここに7人も集まってるのは戦力過剰なんじゃ??」」
「ふむ」
熱っぽい口調でぼくの参戦を歓迎する犬養青年と、苦笑いしつつ握手を交わす。
そこではた、と疑問が生じ、それを口にしたところ青年の表情が急に真剣味を帯びた。
小首を傾げるぼくを前に、眼前の男はぽつり、と低い声で呟く。
「やはり、君もそう思いますか。ですが出陣に当たり、ヘレン嬢から人数の制限は掛からなかった。彼女は未来を見通し、敵の戦力・規模を見抜いた上で任務を発行しています」
「つまり―――?」
「この頭数が必要となる事態が発生する、という事です」
※2023/09/18 文章改定




