∥001-01 テンプレテンプレ
[マル視点]
「―――まことに残念ですが」
目の前には、一人の少女。
シミ一つない純白のサマードレス、肩口まで伸びたくせのある黒髪、くりくりとした両のおめめと鼻と口。
見知った顔では無いから、恐らく初対面だろう。
しかし、街角で見かければふと目を留めてしまう程には整った、美少女と呼べる顔立ちだった。
そんな女の子が、目の前の空間にふんわりと浮かんでいた。
「あなたは死んでしまいました」
「そっすか」
12歳くらいだろうか?
カフェオレ色の浅黒い肌と、若干彫りの深い顔立ち。
どうやら日本人ではなさそうだが、先程から聞こえるイントネーションは流暢な日本語だ。
そんな事をぼんやりと思い浮かべつつ、生返事を返していると、少女は呆れたような表情を浮かべた。
「・・・なんだか、気の抜けた返事ですねー?そこはもうちょっと、『・・・え!じゃあオレの人生これで終わりかよ!?やだー!!』とか。『テンプレ異世界転生・・・キタコレ!!』だとか。そんなふうに、若者らしいレスポンスを返すシーンじゃないんですかー?」
「そりゃまあ、確かにピチピチの若者ですけども。バラエティ番組の芸人じゃあるまいし、一般人のぼくににキレのあるレス期待されても、ねぇ?」
素性不明の夏風少女とそんなやりとりを交わしつつ、ぼくは更に周囲の様子へと視線を走らせる。
あたりは一面真っ白、見事になんにも無い。
見渡す限り、白、白、白。
石灰岩ともガラスとも判別できない、白いモノで埋め尽くされた大地がはるか彼方、地平の果てにまで続いている。
その向こう側に何か見えないものか、目を凝らそうとして―――すぐに止めた。
うん、これ、夢だ。
謎空間としか表現できない景色。
現実味の無い展開、見覚えのない少女。
よく考えるまでもなく、脈絡のない夢を見ている真最中なのだと、ぼくは早々に結論づけた。
なーんだ夢かぁ、やれやれ。
「・・・ところがぎっちょん!これは現実、現実です!!」
「いきなりヒトの思考、読まないでくれます!?」
ぼくが胸を撫でおろした矢先に、見知らぬ少女の一言が無理やりに意識を現実へと引き戻す。
読心でもされたのかと思うようなそのタイミングに、食い気味にツッコミを入れると、視線の先で褐色少女がコケティッシュな微笑みを浮かべた。
そしてくるりと器用に空中で一回転すると、ぱちんと指を鳴らし口を開く。
「先程からの唐突な状況に、お兄さんも色々と混乱されている事でしょう。ここは一つ、VTRでここまでの経緯を振り返ってみませんか?・・・はいっ!」
「うわっ!な、何もない空中にパネルが・・・!?」
さっ、と細い腕を振るうと、少女の隣に四角い窓のようなものが現れる。
長方形で真っ黒なそれは、外見だけで言えば液晶モニターにそっくりだ。
何事かとじっと見つめると、空中のパネルに何処かの光景が映し出される。
短い階段と―――金属製の手すり。
昇っている。
どうやらこの映像は、一人称視点らしい。
階段を昇った先には一人の男性が。
・・・見覚えのある顔。
手前の機械にカードを読み込ませ、先へと進む。
視界が少し下を向き、画面の中の人物が自分の体を見下ろす。
ぽっこりと膨らんだ腹肉を包む、学校指定の制服に、スニーカー。
これもまた見覚えがある。
「・・・これ、ぼくじゃん!」
「ですです。これはお兄さんの視界を元に、数十分前の映像を再現したものです。ちゃんとパネルの右下に『再現用VTR』って表示してありますよー?」
「TV番組とかでよく見るヤツー!!」
・・・宙に浮かぶパネルの隅には、ご丁寧に『再現用VTR』と注意書きが入れられていた。
今更ながらにそれに気付き、愕然とするぼくの目の前で映像は更に先へと進む。
左右に等間隔に並ぶ狭い座席、その光景も、座席に座るヨボヨボのおばあちゃんの顔も、どれもこれもが見覚えがあった。
(あれは確か―――夕方。家に帰る時、ぼくはいつも通り地域のコミュニティバスに乗って・・・)
脳裏に、先程の顔がフラッシュバックする。
カードを読み取らせた機械の所に居た、男性。
―――あれは、バスの運転手だ。
すると、先程から流れている光景は全て、バスの内部だろうか?
記憶と、眼前の光景がすり合わさってゆく。
―――ぼくの名前は丸 海人。
県立立海高等学校3年の17歳、男の子だ。
自宅からバスで30分程の学校へ通うぼくは、今日もまた授業を終え、家へと帰るところだった。
部活は所属していない。
以前は専ら生徒会の活動を手伝っていたが、諸般の事情によって今は寄り付かなくなっている。
そんな訳で、今となっては気ままな帰宅部の身。
単身、通学バスへと乗り込んだぼくは、お気に入りの最後尾の席へとてくてく歩いてゆく。
画面の中の光景と、ぼくの視線がシンクロする。
一番後ろの席には―――いた。
そこには、一人の女子生徒が3人がけの座席シートの中央に陣取っていた。
うちの制服は、男子は学生服、女子はセーラー服だ。
女子はリボンの色が学年で分かれており、画面に映るそれは下級生―――2年生の色である。
下級生の少女はシートに深く腰かけたまま、大口を開けてイビキをかいていた。
「あーちゃん・・・やっぱり居た」
思わず、画面の少女のあだ名を口にする。
彼女はぼくの知己であり、学校で何かと顔を合わせることの多い間柄だ。
学年問わず、最も気心の知れた友人と言えるだろう。
それにしても―――何とも、堂々とした居眠りっぷりである。
だらしなく開いた口の端からは、きらりと光る一筋のヨダレまで垂らしている。
うら若き少女の姿として、それはちょっとどうなのかと思うが、問題はそこでは無かった。
ぱっかーんと開かれたおみ足の間、偶然の悪戯かスカートがまくれ上がり、白く輝く女性物のショーツが―――
「・・・マルさん、やーっておしまい!!」
脇に転がるカバンを手に取り、とん、と脚の間に置く。
周囲の視線から乙女の尊厳をシャットアウトすると、画面の中のぼくはよし、とばかりに大きく頷いた。
それに続き、無言のままに親指を立てるぼく。
それを、空中から白けた視線で褐色少女が見つめる。
こほん、と一つ咳払いをすると、ぼくはその視線から逃れるように再び再現映像へ目を戻した。
―――居眠りする少女の脇を通り、一番奥の座席の窓側へちょこんと座る。
そのままバスに揺られること、数十分。
周囲の光景が市街地から、緑豊かな山道へと変わる。
ぼくの地元、立海町はいわゆる半島にあたる地形で、少し移動するとすぐに海や山へ行きあたる。
山間に点在する平地を埋めるように市街地が並び、それを結ぶ山道がうねるように緑の間に続いているのだ。
そんな見慣れた光景に思わず懐かしさを覚えていると、再び映像が切り替わる。
「わぁ・・・!」
うっそうと生い茂る木々を抜け、その先には雲一つない群青の空と、下に広がる紺碧の大海原が広がっていた。
遠く、空の上には翼を広げたトンビが悠々と旋回している。
その下の森は海風を受け、喝采を上げるように枝葉を揺らしていた。
ぼくにとっては見慣れた、しかし大好きな景色に思わず声を上げる。
画面の中のぼくもそれは同じようで、きょろきょろと視線を移しながら青い水平線を忙しなく追っていた。
見慣れたとはいえ、目も醒めるような絶景。
うららかな日差しの中、車通りの少ない県道を走る通学バス。
上り坂を抜け、道はカーブへと差し掛かる。
バスは勢いのままにガードレールを突き破り―――
急転する視界。
つんざく悲鳴、迫るコンクリート壁―――激突音。
ブラックアウトした画面を前に、顔面蒼白となったぼくはようやく『これまでの経緯』とやらに合点が行っていた。
「死んでるじゃん!?じゃ、じゃあここは・・・あの世!??」
「そのセリフはもうちょっと早くに欲しかったですねー」
「ぐぬぬ」
くりくりのおめめを【==】の形にしつつ、少女はやれやれのポーズをとる。
ぐぬぬ、と唸るぼくを尻目に、謎の少女はくるくると器用に回転しながらけらけらと笑い転げていた。
何わろてんねん、こっちは死んでるんやねんぞ?
とばかりにぼくが軽く睨むと、彼女は小さく舌を出してくすりと微笑んだ。
その姿は小憎らしくも、天使のように可愛らしい。
そして居住まいを正すと、褐色少女はこほん、と一つ咳払いをした後、ぼくをじっと見つめた。
「―――と、いう訳で。改めまして残念ですが、あなたは死んでしまいました」
「みたいですね・・・」
「ですが、そこでわたくし、ヘレンちゃんからの朗報です」
そこで一旦言葉を切ると、少女はきょう一番の笑顔を見せた。
「丸海人さん。・・・あなた、生き返ってみませんか?」
※2023/07/18 文章改定