99.のんきなクロロプラスト(葉緑体)(☆)
ゴブリンって言ったらさ。普通、あれだよね。
RPGなんかだと最弱のモンスターで、男の子の本能にグサっと刺さるシチュエーションを生み出すやつ。
オークほどじゃないけど、薄い本で女冒険者なんかを18歳未満閲覧禁止な状況に追い込む肉食系モンスター!
なのに! この世界のゴブリンときたら!
『あー、ひなたぼっこ気持ちいいデス』『今日も元気だ。二酸化炭素がウマイ』
草食系どころか草そのものなんだけど、これ!!
マリモ――ゴブリンの群れはモジャコに向かって飛来。もじゃっと集団で甲板を占拠していた。
そして、船のあちこちで、休憩するカモメのごとく葉緑体を休めはじめる。
そういえば揚力と葉緑ってなんか似てる。
『今日も平和だ。日光がうまい』『あー。酸素の音が聞こえるー』
ぐぬぬぬ!
もしもぼくが人間であったならば、きっと血の涙を流していたに違いなかった。
ゴブリンって名乗るなら、「ひゃっはー! 女だー! 〇〇(ピー音)せー!」くらいの気概は見せてしかるべきではなかろうか!!
そうだそうだ! いまからでもいいから、もっとおどろおどろしいやつにチェンジプリーズ!
この世界の、ここまでの流れ的に『鰤が5匹でゴ・ブリン!』みたいなオチも予想してたけど、まさかの藻類だなんて!
ゴブリンに襲われる女の子がいないファンタジー世界なんて……、世界なんて……。
「マグロのいない海鮮丼みたいなもんじゃん。チッ」
「……ミカ」
ウィルベルに鷲掴みにされた頭蓋からミシィっと音が。
あかん。いつもより力が入ってる気がする。
「ウソウソ! ぼくゴブリン大好き! 金魚と違ってマグロは藻と共生できるから! 養殖仲間で仲良しこよし!」
びたーんびたーん。
ウィルベルのアイアンクロウに身もだえていると、甲板の上にはさらにゴブリンが飛来。
彼らはお仕置きされているぼくの周囲をふよふよと漂うと、楽しそうに笑い、
『ぼくらのことだいすき?』『オウ? ソレ、マジ?』『でもボクらマグロきらい』『そうそう。魚臭いし』『黒いし』『無駄にでかいし』
ぶち殺すぞ、藻類。
「うっせえ、バーカバーカ! ぼくもほんとはマリモなんて嫌いだし! っていうか、魚が魚臭くて何が悪いんだよぉっ!?」
だいたい、今回の演習の目的のひとつはこいつらの討伐なわけで、仲良くする理由なんてナッシング! 藻類とわかれば手加減は不要!
ふはは! 天然記念物ごときがクロマグロ様の頭脳に勝てると思うなよ!
灯油でも撒いて、燃やしたらぁっ!!!
『は?』『藻類なめんな』『魚類絶滅させんぞ』
「笑わせんな! 湖にマリモが増えると魚が取れなくなるって言うけど、あくまで伝説だから! 実際にはお前らなんて金魚の餌になるだけだからな!?」
マグロ・グランドフィーバーで藻類を食べて経験値になったのは草食系の魚――金魚とかアユとかアイゴだけだったけれど、こうなったら話は別。
そもそもとしてクロマグロは雑食! 海草を食べることも確認されているのだ!
マリモくらいパクっと食って消化してやれんことはない! たぶん!
一触即発。
ぼくとゴブリンたちの間でバチバチと火花が散る。
「はいはい。ケンカしない」
そんなぼくたちの間に割って入ったのはウィルベルだった。
ぼくの目を手で覆って落ち着かせると、マリモの一体を摘まみ上げてからかうように人差し指でつつく。
『わひー』
マリモはされるがままになって、無防備に体を震わせる。
おのれ、ゴブリン。女の子をもてあそぶのではなく、もてあそばれやがって!
そこはゴブリンの矜持を見せつけろよな!?
「――あの」
そんな風に騒いでいると、サーシャちゃんがおずおずと手を上げた。
「?」
「ウィルベルちゃん……? もしかしてなのだけれど、ゴブリンの声が聞こえているの?」
「え? みんなには聞こえてなかったの!?」
ぼくが尋ねると、甲板の上にいる人々はみな一様にうなずいた。
「はい。そうですね」byアリッサちゃん
「ゴブリンってしゃべるものなの?」byアミティ先輩
「ふはは。いきなりわめきだすから気が狂ったのかと思ったぞ!」byプルセナ先生
ガッデム! ゴブリンのせいでぼくの株が下がりっぱなしなんだけど!