98.ゴブリン襲来
「なにやってんの、あなたたち……」
「あ。アミティ先輩」
川の字のように寝転がったぼくらを見て、半眼でぼやいたのはアミティ先輩だった。
モジャコが港に近づいてきたので、ニアとともに甲板へと出てきたらしい。
「『あ。アミティ先輩』じゃないわよ。ほら、早く立ちなさい。学園の品位が疑われちゃうわ」
ため息交じりに目頭を押さえるアミティ先輩。
そうだよね。マグロは床に横たわるのがデフォだけど、女の子はそうじゃないよね。
無理やりにでも引き起こそうというアミティ先輩だったけど、
「まあ、まあ。よいではないか。学生たるもの、これくらい好奇心が旺盛でなくてはな!」
先輩をなだめるように言ったのは、続いて現れた女性教師だった。
でも、その姿を見たアミティ先輩は、さらに大きくため息をついた。
「プルセナ先生、なんて恰好しておられるんですか!?」
ぼん きゅっ ぼん。
わーい! きれいな女のひと。しかも水着姿Verだー!
ぱっと見は女性らしい魅力にあふれているこの女性こそ、サーシャちゃんやクァイスちゃんの指導者であり元勇者でもあるプルセナ・ペルチェッコ先生。
豪放磊落って言えばいいのかな?
腹筋は見事なシックスパック。
瞳から読み取れるほどに闘魂たくましく、不敵な形に微笑む唇はアネゴ!って呼びたくなるほどに頼もしい。
細かいことは力づくでなぎ倒していきそうな覇気は、まさしく勇者。
動物で例えるなら世界最大の犬、チベタンマスティフって感じ!
左目を覆う眼帯は強力な魔物との闘いで負った重傷によるもので、そのせいで勇者を引退し、教師になったんだとか。
それは悲しい事件だったのかもしれないけれど、ぼく的にエロスでひゃっほう!
ほかの元勇者な先生たちはおじいちゃんおばあちゃんが多いので、輝いて見えるね!
今回の演習にもやる気が出ようってもんである。
プルセナ先生は批難がましい視線を向けるアミティ先輩に対して首をかしげ、
「むむむ? せっかくのリゾート地なのだ。アミティも着替えるといいぞ」
そうだよね! 温暖な気候で見渡す限りの湖って言ったら、水着だよね。
さっすが~、元勇者様は話がわかるッ!
だっていうのに。
「着替えません! プルセナ先生。なにアホなことを言っておられるんですか!」
アミティ先輩ってばお硬いよね。
まだまだ幼さの残るウィルベルやサーシャちゃんたちと違って、大学部2年生なアミティ先輩はナイスバディなだけに残念!
いや、年齢から考えたらウィルベルもいい線いってるんだけどさ。
でも、アミティ先輩の剣幕にもどこ吹く風。プルセナ先生は「ふはは」と豪快に笑った。
「安心しろ。ゴブリンどもとの闘いまで、時間はたっぷりある。ずっと気を張っていても心身がもたんぞ」
……?。
ぼくはその言葉をきいて、思わず思考を停止してしまった。
……。……? ゴブリン?
そういえば今回の駆除の対象って、世界樹の低層にはびこる魔獣って聞いてたけど、それがどんな相手か聞いてなかったんだけど。
「ゴブリンがどうしたんよ?」
ウィルベルが尋ねてきて、ぼくはようやく理解した。その単語の意味を。
Oh! ゴ ブ リ ン!
「こ、今回の相手ってゴブリンなの!?」
「どうしたんよ? はっはーん。さては……怖いんよ?」
ウィルベルがからかうように首をかしげるけれど、だってだってゴブリンってあれだよね!
女騎士とか女冒険者を襲ってあーんなことやこーんなことをするやつ!
男の子ならみんな大好きな、そーゆー展開の王道的な存在!
――ちょっと想像していただきたい!
挑む我らは女の子だらけの教室!
挑むはゴブリンで埋め尽くされた世界樹の迷宮。
そうっ! すなわち!
「エッチなピンチがいっぱい胸いっぱい! やったー!」
想像していただきたい! エッチなピンチにさっそうと現れて彼女らを助けるクロマグロの姿を!
ふひひ。
たぶんだけど「きゃー、クロマグロって素敵! 抱いて!」みたいな展開が待っているに違いない!
これは確実に惚れられちゃうな!
苦節、ここまで何回も死にかけたけれど、我がハーレムはここで成就するのだ。ひゃっふー!
――なんて卑猥なことを考えていたときのことだった。
ぽてちん。
「あいたっ」
ぼくの頭に何かがヒットした。風に流されてきた何かが当たったみたいだけど……。
「なにこれ。なんか緑色の丸い……草?」
大きさは約3センチ。さわってみるとちょっとゴワゴワで硬い。
マリモみたいって言えばいいのかな?
北海道のお土産とかで言ってるあれ。英語で言うならmoss ball。
「なんだこれ……」
ぱっと見た感じはマリモで、触ってみた感じもマリモ。分解してみてもやっぱり糸状体の毬藻。
どっからどう見てもマリモなんだけど……なんでマリモが空飛んできたんだろう?
「あら、珍しいですね。ゴブリンがこんな低空を飛んでくるだなんて」
疑問に答えてくれたのはアーニャ先生だった。
プルセナ先生に続いて、甲板にあがってきたらしい。
こちらは水着ではなく、落ち着いた半袖の白いブラウス姿。
「運がいいですね。これほどの数のゴブリンと遭遇できるなんてなかなかあることはないですよ」
先生が、風に乱された髪をかきあげながら、遠くを見て微笑む。
そこには1000を超えるであろう大小さまざな大きさのマリモが風に流されて飛ぶ光景が。
……え。待って。あのマリモがゴブリンなの?
【マグロじゃない豆知識】
マリモのことをアイヌの言葉でトラサンペと呼びます。
意味は、英語の論文では"Lake Goblin"と表現されるように湖の妖精(あるいは化け物)という意味です。
ゴブリンってもともとはモンスターっていうより妖精なんですね。