97.おかしな先輩
「――ハッ!?」
気絶してたのはどれくらいの時間だったんだろう。
目を覚ましたぼくの視界に飛び込んできたのは、一面の緑だった。
「おおお……」
どうやら、気絶してるあいだにずいぶんと陸に近づいていたらしい。
現在、船の位置は三日月状の陸地の、とがった部分の間――湾口にさしかかったあたり。
陸地自体は千葉・東京・神奈川くらいの大きさなんだけど、それでも枝葉が真上に見えるんだから、世界樹っていうものの大きさがわかってもらえると思う。
「すごいなぁ……」
船の床から見上げる世界樹は格別だった。
どれくらい格別かっていうと、真下から花火を見たことがある人にはわかってもらえるかも?
例えば、街の大きな花火を見に行くよりも、町内会の小さな花火を真下から見るほうが好きな人っているよね。
小さな花火のほうが安全距離が近くて、より真下から見れるからとってもキレイなんだ。
脳天直撃のダイナミックさは、まさに世界樹!
この木なんの木気になる木? いっぱいに広がる緑色は視界を埋め尽くしてもまだ足りない。
ぼくの語彙力じゃ「すごい!」って感想しか浮かばないくらいにすごい!
「そんなにすごいん? ――おおおぉ。ホントなんよ!」
ぼくの言葉に、甲板に寝っ転がるウィルベル。
視界を共有するのではなく、地べたに寝っ転がってでも自分の目で見ようとするあたり、好奇心の塊である。
ウィルベルがあまりにもすごいすごいって言うもんだから、
「そんなになの? ――ほんとだ!」
ウィルベルだけでなくサーシャちゃんも寝っ転がってしまう。
君ら! 女の子なんだから、マグロの卸売りみたいに地べたにゴロリと横たわるのよくないよ!?
なんて思っていると、さらに
「そうなのですか? ――そうですね」
アリッサちゃんもごろりとウィルベルの横に寝転がる。
突然の無防備な姿にサーシャちゃんが一瞬だけ目を丸くしたけれど、ウィルベルはほほ笑んでうなずいた。
「せやろ?」
「はい。そうですね。大きいです」
「そうだねー。大きいねー」
なにこの会話。
君ら、みんな世界最高峰の学園に通う生徒なのに、なんでこんな言語が不自由な会話してるの?
風が吹いて真上にある世界樹の枝が揺れる。
木漏れ日が揺れて、ぼくらの視界を一瞬だけくらませる。
木漏れ日って言っても、そこは大きな大きな世界樹のこと。
枝葉の間で乱反射されてなんとか地上にまで届いた光は、優しくて気持ちいい。
「見慣れたはずの世界樹――アーフェアも、こうして見ると別の顔が見えるものなのですね」
その気持ちよさにアリッサちゃんが目を細めて微笑むと、ウィルベルも笑顔を浮かべた。
「ふふっ。ようやくアリッサちゃんが笑ってくれたんよ」
「? どうしてわたしが笑うとウィルベル先輩が笑うのですか?」
「そりゃあ、もちろん――言われてみれば、なんでやろ?」
これにはサーシャちゃんも苦笑い。
甲板に転がる女の子たちは三者三葉の笑顔を浮かべながら世界樹を見上げる。
「たぶんだけどね。うちはアリッサちゃんのことが好きやよ」
「ますますわかりません。わたしと先輩はこの演習で出会ったばかりではないですか。ここまでも、ろくに話しもしませんでしたし」
「? アリッサちゃんは初めて出会ったときに『この人嫌いだな』って思っちゃうの?」
「そんなことはありませんが……」
「せやったら、わからなくなんかなくない?」
「???」
まったく。ほんとにうちのご主人様ってばチョロイン!
出会ったときから好感度MAXで、何もしないでいるとさらに上がっていくとか……。恋愛シミュレーションだったらビッチ扱いされちゃうよね!
しばらく考えたあと、アリッサちゃんは納得したように「なるほど」とうなずいた。
「ウィルベル先輩はおかしな人なのですね」
「そかな?」
「はい。そうなのです」
なんかよくわからない笑い声が甲板の上に優しく響く。
なにはともあれ、アリッサちゃんも打ち解け始めているようでよかったよかった。
【マグロ豆知識】
女性に対するスラング『マグロ』は、市場でクロマグロが並んでいる様子からきているのは有名です。
ちなみに英語では『dead fish』と言います。洋の東西を問わず魚で例えるのは興味深いです。