96.ぼくたちみんなピッチピチ
モジャコがだんだん高度を落として、着水する。
柔らかな振動が船体を揺らし、水しぶきがぼくの顔にかかる。
浮遊有船は船というだけあって、水にも適応しているらしい。湖面をすすんでいく姿は普通の船そのものだ。
水上を走る動力は、卵型の浮遊装置なのかな?
速度はそんなに速くなくて、ちょっと湿った風が気持ちいい。
船長のユーリア先輩や、機関長のミミ先輩たちは頑張って操作の指揮をとっているのだろうけれど、脳筋担当なぼくたちは気楽なもの。
照り付ける太陽! 気持ちいい風! 気分はまさに南国リゾートである。
「アリッサちゃんの故郷って、いい島やね!」
「そうですか」
アリッサちゃんってば、褒められてるのに超クール!
でも、地元が褒められてちょっと上機嫌な感じ?
もちろん、ウィルベルがそんな機微に気づくことはなく。モジャコから身を乗り出し、向こうのほうを指さして、
「あっちあっち! あそこ、なんか跳ねた!」
「たぶんアユかなんかでしょう」
アユってことは、ここの水って淡水なのかな?
いや、お魚さんが空を飛ぶファンタジー世界で淡水魚とかって区分けに意味があるのかどうか知らないけれど。
「おおおお! 向こうのほう! なんか流れてる!」
「ただの流木ですね」
……ウィルベルってば、はしゃぎすぎじゃない?
そう思ったのはぼくだけじゃなかったらしい。
アリッサちゃんがミミズクのようなジト目で、ウィルベルを見る。
「……ウィルベル先輩はどうしてそんなに楽しそうなんですか?」
「楽しそうなんかな?」
「はい。そう見えます」
アリッサちゃんの言葉の合間から見えるのは好奇心?
もしもアリッサちゃんが猫人だったら、耳がぴくぴく動いてそう。
垣間見えるのは自分と違う感性の持ち主に対する戸惑いと興味。
ここでグッドコミュニケーションをとることができたなら好感度をアップできそうなクエスチョンである。
とはいえ、ウィルベルにそんなこと答えられないよね。
ならば、ここはギャルゲーで鍛え上げた我がコミュ力を見せるとき! ぼくが完璧に答えてあげましょうとも!
「うん。ウィルベルってば脳筋ゴリラだから、なんでも楽しそうに見えちゃうの。
――やめて! 図星を突かれたからって、お腹をギューッと握りつぶそうとしないで!?」
「そんなん言うて! ミカも内心ではめっちゃはしゃいどるやん」
そりゃそうだけど!
ぐぬぷ。
指が! ウィルベルの指がぼくのお腹に食い込む! あばば。大トロが! 商品価値が崩れちゃう!
ウィルベルは「まあ、でも」と、こほんと咳払い。
「ミカの言う通りかもね。うちはなんも知らんからね。
だから、一期一会。なんでも楽しそうに見えちゃうのかも?」
まったくうちのご主人様はチョロいヒロイン、略してチョロインである。
アリッサちゃんはといえば、納得したようなしてないような中途半端な表情。
「そういうものですか」
「アリッサちゃんは違うの?」
「……そうですね。そういえば、昔はそうだったような気がします」
その遠い目があまりにも板についているもんだから、思わずぼくは聞いてみた。
「ねえねえ、ウィルベル」
「どしたの、ミカ」
「この娘、実は年齢偽ってるおばあちゃんだとかしないよね?」
「ぶー!? 失礼なこと言わんの!!!」
だって、ロリババアとかファンタジーだとあるあるだし!
「おっと! 言っておくけど、ぼくはロリババア大好きだよ!?
年上ぶって知識マウントとろうとするロリババアな娘ってめっちゃかわいいよね!」
「そ、そんなに老けているように見えますか……?」
ぼくの言葉にアリッサちゃんが慌てるように自分の顔を確認する。
「大丈夫やから! 普通に若くてピッチピチやから! ね、サーシャちゃん!」
「そうそう大丈夫だよ! アリッサちゃんは妹みたいな感じでとっても可愛いよ!」
「そ、そうですか」
老けてるって言われて傷つく程度の感情は持ち合わせているらしい。
ウィルベルとサーシャちゃんのフォローに、ほっとした様子で胸をなでおろし、
「でも、ぼくのほうがピッチピチしてるよね。活きの良さ的な意味で」
「ミ カ は 黙 っ と る ん よ!」
ごつーんっ!
「あいたーっ!」
手加減抜きで脳天にげんこつが落とされたんだけど!?
あっかーん! 当たり所が悪すぎた!
「きゅー……」
平衡感覚を失って甲板に墜落するぼくマグロ。
目がぐるぐる回って口がパカッ。気分は脳締めされたお魚さんであった。
【マグロ豆知識】
ドキュメンタリーなんかで、マグロを釣ったとき頭にぐさっと長い針金のようなものを刺しているのを見たことがあるでしょうか。
あれを神経締めと言います。(普通の魚でもおこなうことがあるので有名ですね)
釣った魚を暴れないようにして、身の鮮度を保つ効果があります。