95.世界樹の国リヴィエラ
「サーシャちゃん! 外! 早く外いこ!」
「待ってー。ウィルベルちゃん!」
モジャコの通路を姦しい声が響き渡る。
その主はもちろん高等部1年のハイテンションコンビ。
窓からじゃ我慢できない! と言わんばかりに甲板へと走る二人は、まるで中学生の悪ガキのよう。
「外への扉をドーン! ……おおおぉ」
甲板への扉を開けたウィルベルが思わず感嘆のため息をつく。
それもそのはず、目の前に広がるのは、まさしく雄大としか言えない光景だったから。
「あれがリヴィエラなんよ。……すごい」
「うん。なんかすごい」
水の島って呼ばれるのは伊達じゃない。本当に水が空中に浮かんでいた。
ファンタジー世界ってすごいね。物理法則ガン無視なんだもの。
形は水滴を横一直線に切ったような半球状。
表面を覆うのは適度に透き通った美しい水。その端っこには空の下へと真っ逆さまに落ちていく滝があって、ドドドとすさまじい音を立てている。
そして何よりも目立つのは、三日月状の陸地の先端に存在する1本の木々!
「あれが世界樹! でっかいんよ!」
1本なのに木々っていうのはおかしいって? でもね。そうとしか言えないんだよね。
「ほんと不思議な木だよね。ああいうのを見ると、学校で習うことなんてほんの一部でしかないことを実感できちゃう」
例えるなら、絵本の『ジャックと豆の木』に出てくる樹の幹に似ているかもしれない。
ぐるぐると枝がからみあって天高く伸び、その頂上部はバーンと広がって、いくつもの花を咲かせている。
あの樹木こそが、世界に6本あるという世界樹の一つ。
神話いわく、2000年前に『原初の世界樹』から断たれ、マシロによって挿し木から育てられたもの。
そして、その合間から見えるのが、黒曜石のような色をした塔。通称『世界樹の塔』って呼ばれる迷宮だ。
「あんな樹のなかに塔があるだなんて、ちょっと不思議かも」
なんでも、もともと塔があった場所に、世界樹が朝顔のツルのように絡みながら育ったんだとか。
ちなみに世界に6本ある世界樹にはそれぞれ固有の名称がついている。あの世界樹にも固有の名前があって――
「あれ? なんだっけ?」
「えーと……なんでしたっけ?」
確か、出発前のブリーフィングで聞いたような気がするけど……。
「アーフェアです。先輩方」
教えてくれたのは、さっき外に出ていったアリッサちゃんだった。
甲板で読書をしていたらしいけど、風が強い甲板で読書だなんて奇特な女の子である。
「そういえばリヴィエラって、アリッサちゃんの故郷なんだっけ」
「はい。……と言っても、2歳からずっとレヴェンチカにいますのであまり故郷という感じはしませんが」
その目に浮かぶ感情はなんというか……困惑?
ちゃんと故郷と思ってるような思ってないようなそんな感じ。
一応、毎年2回は帰郷するので、希薄とはいえ郷愁は持っているみたいだけど。
そのクールな答えにウィルベルは満面の笑みを浮かべた。
「そっか。じゃあ、今回はとっても楽しみやね!」
「え?」
アリッサちゃんが目を丸くして戸惑うけれど、ウィルベルはきょとんと首をかしげる。
「だって、いっつもおんなじ季節に帰ってたんよ? せやったら、今回はいつもと違う、新しい故郷の一面が見れるんよ!」
「……。言われてみると……そうかもしれませんね」
ウィルベルの言葉に、アリッサちゃんは小さく微笑んだ。
【マグロ豆知識】
クロマグロの旬は冬。10月~1月とされています。
とはいえ、最近は冷凍技術や養殖技術が発達し、ほかの季節でもおいしくいただけるようになりました。
上記以外の季節だと、畜養モノや冷凍モノのほうが高い価格で取引されることも。
常に天然モノがいい、というわけではないのです。