92.VSユーリア先輩
そうして始まった、ユーリア先輩とウィルベルの戦いは一方的な展開になった。
「ぐえー、なんよ」
「……なんつーか、これは」
「ひどいでありますね」
その戦いを見たぼくらの感想は得てしてそんなものだった。
なんていうか、レベルが違いすぎ?
無理に突っかかってはグサッ! 無理に突っかかってはグサッ!
アミティさんとユーリアさんの戦いは華麗だったけど、ウィルベルとのこれはもはやイジメにすら見える。
「ま、予想はしてたけどね」
「そうね」
ぼくのつぶやきにアミティさんが「うん」とうなずく。
一緒に戦闘をしたことがあるアミティさんは、ウィルベルの弱点がよくわかっているご様子であった。
っていうのも、ウィルベルの戦い方ってすごく野生的なんだもん。
いわゆる剣線とか気にしないやつ。
剣道風に言うなら自分勝手な間合いって言えばいいのかな?
ウィルベルの速度についてこれて、なおかつ、まともな技術がある相手にぜんぜん通じない類のやつ。
例えば、クァイスちゃんとの試合でも『あ、これ普通に戦うのは無理なやつだ』ってなって、相打ち前提で殴りあってたし。
(そんなん言うても、すぐにはそんなんできんよぉ……)
そのあたりはウィルベルも理解しているんだけど、こういう技術は一朝一夕では身に付かない部分だよね。
もちろん、ぼくがついていれば――せめて赤身モードになれればもうちょっとマシになんだろうけど、今回は模擬戦ってことで精霊はなし。
だから、その弱点がより鮮明になったってわけ。
そんなわけで、ウィルベルの戦い方をじっくりと見たことのある人間からしてみれば、
「ぐえー、なんよ」
「うわっ……私のご主人様、弱すぎ……?」
と口を覆いたくなる状況なのであった。
特に、戦闘とはあまり縁のないミミ先輩には、かなりひどく見えたらしい。小休止に入った二人に苦笑しながら、
「おいおい、やりすぎじゃないのか。手加減してやれよ」
なんて呆れた口調。
でも、その言葉を聞いて首を横に振ったのはユーリアさんだった。
「いえ、手加減だなんてとんでもない」
その顔は興奮で紅潮していて、お世辞とかじゃなくて本当に心の底から思っているようだった。
……こんなにボッコボコにされてるのに?
ぼくとミミ先輩、そしてニアが首をかしげていると、ユーリアさんはぼくらに説明するように「ええ」とうなずいた。
「ウィルベルさんの間合いの取り方、力の入れ方は察するに――たぶん、魔獣を相手にずっと戦ってきたのではないかしら?」
言われてみればそうかも?
ウィルベルってお金を稼ぐために幼少期からずっと戦士ギルドで働いてきたって言ってたし。
「えっと……はい。物心つく頃には戦士ギルドで」
ユーリアさんは「なるほど」とうなずく。
「あなたの戦い方は人間相手じゃなくて、もっと大きな――そう、大きな何かを相手にするために磨かれてきたものなのね」
ユーリアさんがウィルベルを見る表情はなんというか……なんて言ったらいいんだろうね?
困惑とか羨望とか母性とかが色々入り混じった感じ?
ニアやミミ先輩は当然として、アミティ先輩もその視線の意味がわからず、いぶかしげにする。
「――ああ、いけない。昼休みが終わってしまうわ。早く戻らないと。じゃあ、アミティ」
でも、その視線の意味は、結局わからずじまい。
ユーリアさんは時計を見ると、模擬剣をアミティさんに投げた。
受け取ったアミティさんは、今度はユーリアさんが言いたいことをすぐに理解したらしい。
「はいはい。いまのでだいたいわかったわ。
ウィルベル、懲罰清掃は午前中に終わっているのよね? だったら、午後はわたしに付き合いなさいな。最低限の基礎くらいは、じっくり叩き込んであげる。
明後日からの演習で教室の名に恥じない程度には、ね」
「ぐえー、なんよ……」
ウィルベルはそのスパルタ具合を想像して、またしてもカエルのようなうめき声を上げるのだった。
☆★
「お疲れ様、ユーリア」
ユーリアがオープンデッキから階段を降りると、すぐそこにいたのはアーニャ先生だった。
「……見ておられたんですか、アーニャ先生」
かつて、勇者ヴァンや学園長ククルと同じ教室で学び、その功績から複数の国から勲章を授けられた、尊敬すべき偉大な騎士。
ユーリアとウィルベルの戦いを見ていたらしいその教師は、にっこりとほほ笑みながら持っていたタオルを差し出した。
「ええ。ちょうど見回りにきたときに。
ユーリア、あなたがそんなになるなんて珍しいですね」
言われて、ユーリアは自分が汗でびっしょりなことに気付いた。そして息を大きく吐く。
「……はい。虎視眈々と喉笛を狙う猛獣を相手にしているような、そんな気分でした」
模擬戦だったから――精霊がついていなかったからなんとかなったけれど。
「精霊込みであれば、あのようには勝てなかったでしょう」
いま思い出しても、ぞっとするほどの集中力。
常に一撃必殺を狙う、剣術と呼ぶには野生的すぎる動き。
そして、一度繰り出した技は2度は通じない学習能力。
たかだか模擬戦。だというのに、ごっそりと精神を消耗させられた。
背中にべっとりと張り付くような汗はその証拠であろう。
そんなユーリアを見て、アーニャ先生は楽しそうに「ふふ」と笑った。
「明後日からの演習は楽しくなりそうですね、ユーリア」
「はい。それはもう。素晴らしい後輩たちですから」
アーニャ先生から受け取ったタオルで体を拭きながら、ユーリアも顔をほころばせながら答える。
その視線の先には、後輩たちの指導役として張り切るアミティと、一生懸命に習うニアとウィルベルの姿があった。
前のあとがきでも書きましたが、次章からようやく『クエスト』という名の世界中を巡る実践演習が始まります。
(最初の予定だと、ここからが本編でした)
第一部もそうでしたが、部ごとにキチンと盛り上げていく予定なので気を長くしてお付き合いいただければ幸いです。
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