91.ユーリア先輩
ミミ先輩に昼食に誘われたぼくらは浮遊有船の頂上――卵形の装置のてっぺんを目指していた。
装置の内部から階段があるらしいんだけど、せっかくということなので外側からぼくの空中遊泳で移動中。……なんだけど。
「ぐ、ぐぬぬぬっ!!」
ウィルベル、ミミ先輩、ニアの3人を背中の上に乗せてるからめっちゃ重い!
「マグロすげーな。3人分の体重でも飛べるもんなんだな」
ミミ先輩が豪快に笑いながら褒めてくれるけど……。ぐ、ぐぬぬ。重い……。
気分は4人乗りの軽自動車。
エンジン全開! でもパワーが足りない! まだレベル5だしね。仕方ないね。
「ひっひっふー! ひっひっふー!」
それでも、ふらふらとしながらも浮遊有船の頂上にたどり着くと、
「浮遊有船の頂上ってこんなんなっとるんですね。めっちゃ広い!」
浮遊装置の頂上は平たい広場のようになっていた。
小さな柵で囲まれた、オープンデッキみたいなやつって言えばいいのかな?
なるほど。ここなら美味しくご飯が食べれそう!
気分はアニメとかでよく見る、屋上でのランチタイム!
「うう……こんなところでご飯を食べるでありますか……」
ニアだけはゲッソリしてるけど、ほんとうに広々としている。
具体的に言うと、テニスコート2面分くらいの広さがあって、簡単な運動くらいならできそう。
というより実際に『カキーンカキーン』なんて音を立てて、運動してる人たちがいるし。
「あれはアミティさんとユーリアさん?」
ランチ前の運動と言わんばかりに、熱い剣戟を交わしているのはアーニャ教室の先輩2人。
互いに振り回しているのは、もちろん模擬剣。
精霊は呼び出していないので、純粋な剣の技量を確認してる感じ?
その姿を見て、思わずウィルベルが感嘆の声を漏らす。
「おお……。やっぱり強いんよ」
まず、アミティ先輩。
赤毛で長身、スレンダー。ボーイッシュな大学部2年の女子生徒。
前の演習のときも思ったんだけど、大学部の生徒だけあってその技量はピカイチ。
誰がどう見ても文句なし。一流の腕前の持ち主だ。
騎士課程を履修しているらしいけれど、いまの時点ですでに立派な女騎士さんって感じ! でもそれ以上に、
「ユーリアさんってば、強すぎない?」
「あいつは高等部まで勇者候補生だったからな。しかも学年次席で」
ユーリアさんはアミティ先輩のさらに上をいく。
猛攻を軽く受け流し、逆に踏み込んで確実に隙を突いていく。
「あー。もうだめ。降参! 参った!」
やがて、アミティ先輩が仰向けに倒れたのを見て、ユーリアさんは微笑みながら剣を鞘に納めた。
荒い息をつくアミティさんに比べて、ユーリアさんは余裕の表情。額に多少の汗をかいている程度である。
船長なんていうエリートコースなのに、さらに強いってチートすぎる。
「まだまだアーニャ先生には遠いわね、アミティ」
「そりゃあねえ」
2人の戦いが一息ついたのを見て、ミミ先輩が「よう」と声をかける。
「そろそろメシにしようぜ」
「あら、珍しいお客さんをつれてきたわね。ミミ」
ミミ先輩に連れられたぼくらを見て、ユーリアさんはいつものように涼しげにほほ笑んだ。
☆★
「はむ! はむ! はふ! はふ!」
肉・肉・米。
お弁当は身体を動かす生徒向けの高カロリーなものばかりだった。
それにしても、びっくりだな。
っていうのは、ウィルベルを除く4人の食事風景。
お弁当をがっつくウィルベルに対し、他の4人ってばとってもお上品なんだもの。
いや、ユーリアさんとアミティさんは割と予想通りではあったんだけどさ。
口の悪いミミさんと、ヘタレなニアですら、貴族然とした背筋の伸びた美しい姿勢。
なるほど、これが上流階級の基礎力か……。
つかわれる身としては、ウィルベルにももうちょっとこういう風になってほしいなー、なんて。……チラッ。
「う……うるさいなぁ。もう」
ウィルベルも拗ねるように言って、少しだけ真似をしようとするんだけど。
「ほら! 足開きすぎ! アジの開きだってそんなにバーンって開かないよ!?」
「ぐぬぬ」
一朝一夕にはいかないよね。こういうのはさ。
食事は貴族らしく談笑しながらも黙々と進み、やがて一通り食べ終わったところでウィルベルが口を開いた。
「あの……聞いていいですか? ユーリアさんはどうして勇者候補生やめちゃったんです?」
すごいな!? うちのご主人様ってば、いきなり聞きにくいことを聞きだしたよ!?
ぼくですら、なかなか踏み込めないセンシティブなところにズバリだよ!? 度胸ありすぎないっ!?
「そうね……」
でも、ユーリアさんは気を悪くした様子もなく、遠くを見つめるように空を見た。
吊られてぼくも空を見る。
とてもきれいな青空。
そういえば、この世界ってどういう形をしてるんだろね? この空をまっすぐ行けば宇宙があったりするのかな?
早く宇宙適正を上げて、さっさと惑星間光速移動を取得したいな。
思わずそんなことを思いを馳せてしまう、どこまでも透き通った空。
ユーリアさんは視線を戻すと嫌な顔ひとつ見せずに、ほほ笑みを返した。
ちょっとお茶目な感じに、軽くウィンクをしながら、唇にひとさし指を当てて、
「まだ内緒よ」
あ、さっきまであんまり興味なかったけど、逆に興味出てきたかも。そんな、誘うようなお茶目さである。
いつか教えてもらえる日がくるのかな?
(それも気になるけど、そんなんよりも!)
ウィルベルはバッとユーリアさんの手を掴んだ。
……そんなんよりも?
「さっきのユーリアさんはほんとに強かったです! あの! うちも一度、相手してもらえませんか!」
さすが脳筋ゴリラ。ほんと戦闘民族っていうか、『俺より強いやつに会いに行く』を地で行くよね。
対するユーリアさんはやっぱり嫌な顔ひとつせずに、傍らに置いた模擬剣を手に取った。
「ええ。喜んで」
【マグロじゃない豆知識】
船のなかで絶対的に偉い人が船長です。
最高責任者として乗客だけでなくクルーの安全も確保する責任があり、事故が遭った場合には乗客、クルーの全ての避難を確認する義務があります。
映画とかだと、沈没する船と一緒に沈んでいく人です。
というか、現実でもひと昔前は殉職されるケースが多かったり……
※マグロ漁船などの漁船では、船長の上に漁労長や船頭がいることがあります。