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88.正しい資質

今回はアーニャ先生視点です

塩水の民(クロラド)が……逃げていく?」


 アーニャの見ている前で、塩水の民(クロラド)の船が去っていく。


 敵船と激突したジャイアント・バグの爆発は、ただちに運航を停止するようなものではなかったらしい。

 だが、どこか故障したのかその足取りは重い。


 そして――


「……」「……」「……」


 皆、ぽかーんとしていた。


 人はあまりにも驚きすぎると、呆れるという。

 その様子を間近で見ていた者たちが、あの新入生に抱いた感想は、まさにその呆れであった。


 誰もが大きな口を開けて、言葉を発することもなく――いや、一人だけ。


「く……くくく」


「ヴァン先輩?」


 あの(・・)クナギですら言葉を失ったその光景を見て、笑い始めたのはヴァン。

 ヴァンは、いぶかしげにする面々を見て、「いや、なに」と手を叩いた。


「これだから若い奴っていうのは面白い、と思ってな」


「若い……ですか?」


 いや、これは若さとかではなく、あの子が特別だから……。

 アーニャの考えを見透かしたのか、ヴァンはぽんぽんと頭を叩いた。


「なあ、アーニャ? ちょっと前まで、俺がクナギを――高等部の三年生を連れて塩水の民(クロラド)退治にやってくるなんて思いついたか?」


「いや、それはクナギさんが特別な――」


 言おうとしたアーニャの唇を押さえたのはヴァンだった。


「そう、特別さ。クナギは特別で、ウィルべルのやつも特別で。――そして、知っているか? リーセルって新入生がついさっき、精霊の複数召喚に成功したんだぜ?」


「精霊の複数召喚ッ!?」


 それは勇者でも至難と言われる、選ばれた者にのみ許された技術。


 アーニャたちの世代でも、最強と言われたククルとヴァンのみが……しかも勇者となった後に成し遂げた秘技。


 少なくとも学生の身で成し遂げれるようなことではない。そのはずだ。


(い……いったいこの学園に何が起こっているというの?)


 こんなの……100年に一人の傑物が発生しすぎではないか。


「それに見ろ。いま、目の前にだって」


 ヴァンが指さした先には、


「……アミティ?」


 アミティを中心とした学生たち。

 彼らの手元にあるのは、塩水の民(クロラド)の船につながっていた巻き(あみ)


 ウィルベルがバグおよびジャイアント・バグを引き付けている間に、網の元を断ち切りに行っていたらしい。


 いや、むしろ。あのときウィルベルが、悠長にバグに話しかけていたのは……このため?


 空の上でアミティが手を離すと、網がばさりと広がり、つかまっていたヘリングたちが逃げていく。


 白銀の群れが、一塊となって蒼穹(そうきゅう)へ去って行く姿はまさに壮観であった。


 そしてそれは、いままで我が物顔で空を蹂躙(じゅうりん)していた塩水の民(クロラド)に対する勝利の証左でもある。


 驚愕に身を固くするアーニャに対して、ヴァンはほほ笑みながら肩を叩いた。


「生徒達はまだまだ未熟だ。だからこそ、若者には誰にだって特別になる資格があって、いとも簡単に大人の想像を超えてくることがある。教育者としては、実にやりがいがあるな?」


「それは……ヴァン先輩だから言えることです。わたしは先輩とは、その……違います」


 少なくとも、アーニャがウィルベルを指導するなど無理だ。

 あの少女はアーニャが理解できる範疇を超えている。


 おそらくだが、トップレベルの勇者――ヴァンのような教師でなければあの少女を指導するのは無理だろう。


 アーニャは言おうとして――だが、それより早くヴァンは首をすくめた。


「そうか? 俺はそうは思わないけどな」


 言って、ヴァンが一人の生徒に目を向ける。他の生徒達が茫然とするなかたったひとり。まったく違う視線を向けている少女。


 その生徒の名は、


「……ニア?」


 高所恐怖症を嘆いていた、お調子乗りの生徒が目を食い入るようにその光景を見ていた。


『どうして、わたしはあの場にいないのでありますか』


 そう言わんばかりに唇を噛んでいた。目の端には涙さえ浮かばせて。


 ウィルベルという特別な生徒を見ても、心は折れず。それどころか、その視線から見て取れるのは、少しでも近づきたいという向上心?


「アーニャ、お前の生徒達は立派だよ」


 言われてアーニャは周囲を見回した。


 そういう目をしているのはニアだけではない。

 こちらに戻ってこようとしているアミティもレフェンディも。みんながみんな。


 ――遥か眼下。

 地上にいる見学の生徒や、他の船の大勢の生徒――あのリシアスすらもが呆然としているなか、少なくともアーニャ教室の面々はやる気に満ち溢れていた。


『アーニャ先生、前に、わたしがこの教室を選んだ理由を知りたいとおっしゃっていましたね』


 話しかけてきたのはユーリアだった。

 通信用の道具で、アーニャにだけ聞こえるように。

 

『え、ええ……』


 アーニャはユーリアに尋ねたことがある。

 学園のなかでもトップクラスの能力を発揮するユーリアに対して、アーニャ教室はあまりにも見劣りするのではないか、と。


 その答えをユーリアが言う。

 自分の生徒達を呆然と見るアーニャに対し、たしなめる母親のような、穏やかな口調で。


『それは、この教室の生徒がくじけない心を持っていて、そして『常に最善を考え続ける』という、生徒として正しい資質を身に着けているからですよ』


 そして、それはあなたの指導の賜物です、と。


 ヴァンがくしゃりと頭を撫でる。


「お前の教室はいい教室だよ、アーニャ」


 だから、その褒め言葉に、今度は自信をもってうなずいた。

 目の端にこぼれた少しの涙を拭いて。


「はい、ヴァン先輩。自慢の生徒達です!」


 その頭をさらにもう一度くしゃりと撫でられる。


「アーニャ。教師なんてたいそうな肩書はあるが、俺たちもまた未熟だ。だからこそ、こんなにも世の中は面白い」


 目の前には圧倒的戦果をおさめた生徒たちと、それを屈託のない笑顔で迎えるアーニャ教室の生徒達。


 そのなかでも(たぐい)まれな資質を見せた少女は、空からアーニャを見つけると、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。


「アーニャ先生!! うちは! うちは! この教室に入りたいんよ!」


 春の風は温かく、空には桜の花びらが混じって飛んでいた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。ブックマークやレビュー、評価ポイント(★ボタン)などいただければ幸いです。


ようやく教室が決まりました。

次章からようやく、『クエスト』という名の世界中を巡る実践演習が始まります。

(最初の予定だと、ここからが本編でした)


国家権力や大精霊からクエストを依頼されたり、世界を股にかけるテロ組織を相手にしたり。

お前ら、ほんとに学生かって感じになる予定です。

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