86.クロマグロは止まらない
――よくわかんないけど、ぼくはこの世界で精霊ってよばれる存在らしい。
いわゆる大自然の味方ってやつ?
だからかな?
違法漁業をする塩水の民って連中が気に食わなくて仕方がない。
「うわ。すっごい数」
彼らはウィルベルを難敵と認めたらしい。
他の空域をさておいて、たくさんのバグがぼくらに押し寄せてきていた。
できそこないのクローンのように、まったく同じ姿形をした黒い羽虫が、わが物顔で空を蹂躙している。
この世界に転生してからずっと、どこか他人事のような視点に徹してきたぼくだけど、その光景を見て、怒りに心が高ぶる。
「ミカがそんなやる気なのって初めて見る気がするんよ?」
「そかな?」
「うん。そなんよ」
ウィルベルの言うとおりかもしれない。
この獰猛さこそが、転生前のぼくが本来もっていた闘争心なのかな?
だから全速前進! 手加減なんてしてやんない!
迫りくるバグたち。距離はあとサン、ニイ、イチ――。
「とうっ!!」
ずどん。
雷の落ちたような音がして、先頭のバグの頭に風穴が開く。
その音の正体は、ウィルベルが踏み込みと同時に放った正拳突き。
スキル『空中制動(小)』を使ったぼくの頭をぎゅっと踏みしめることによって、地上と変わらぬ速度と威力を生み出したのである。
ぐえー。頭からツノトロが出そう。
破壊されたバグは一瞬だけ遅れて爆発。空の奈落へと落ちていく。
その光景を見送って、ぼくらは一度息を吐く。
そしてゆっくりと周囲を見回した。
「――なるほど」
バグの群れは、一様に凍りついたように足を止め、昆虫のような赤い目をぼくに向けていた。
爛々と輝く無数の赤い輝きが示す感情はたったひとつ……。
「これが敵意ってやつ?」
「ふふっ。なかなか刺激的な視線やね」
「刺すような視線ってまさにこのことだね。身がゾクゾクしちゃう」
略して刺し身、なんちゃって。
「「「GIIIII!!!」」」
ぼくらの軽口を皮切りに、怒り狂ったかのようなバグが雪崩のように襲いかかってくる。
仲間と同士討ちになろうが、ぼくらを殺せさえすればよいとでも言わんばかりに一塊になって、殺到してくる。
「ふぅぅぅ……」
ウィルベルがぼくの尾ビレに乗り、バランスを取るように大きく腕を広げる。身をひねり、大きく沈み込ませる。
やること自体はさっきのドロップキックとそう変わらない。
ただ、中トロモードの強大な魔力と、ほんの少しの横向きの回転を加えるだけ。
竹とんぼのように、って言うとわかりやすいかもしれない。
「ぅぅぅ……」
ウィルベルが限界まで体を沈め、身をひねる。
どこかピーンと張り詰めた緊張感。
それは弓の弦を引き絞るようで……。
そして限界まで引き絞ったところで――ぼくの尾ビレのキックと、ウィルベルの全身のバネを使って射出!!
「でやあああああ!!!」
バヂィッ!
――空が、鳴った。
あまりの回転の速さに、魔力と空気が激しい摩擦を生み出し、エネルギーの余波が雷すら生み出す。
ミサイルの爆発にも匹敵するような音がして、直撃したバグは赤熱化し、爆散した。
のみならず、衝撃は更に後ろにいた群れを巻き込んで、牙を剥く。
全身を覆う金属のような光沢の皮、人工筋肉、内臓、骨。バグを構成する全てのものがウィルベルと空気に押しつぶされてぐちゃぐちゃに四散していく。
驚くほどの暴虐の嵐が駆け抜けた後、一直線上にいたバグたちはことごとくが撃破されていた。
空にはその残り香のように、綺麗な花火がバチバチボーンとこだまする。
たーまやー。って、oh……なんじゃこれ。
「見た!? 見た!? いまのすごくない!? 超クールなんよ!」
遠距離魔法が使えない? じゃあ、自分自身が魔法になればいいじゃない。
そんな脳筋的な解決方法がいまここに。
「とぉぉぉぉうっ!!」
それだけじゃない。
手を大きく広げて回転したウィルベルが、まさに竹とんぼの要領で空を上昇していく。
「えぇ……うそぉ……」
そういう人間辞めたみたいな行動、いくないと思います。
うちのご主人様ってば、そのうち鳥みたいに手をパタパタさせて空飛びそうだよね。
そんなこんなで、この空域にいた連中をほとんど片づけて、ウィルベルと再度合流。次に狙うは敵船本体っ!
「――の前に。おっと、ボスキャラかな?」
ぼくらの視線の先。
敵船とぼくらの間に、一体のバグが立ちはだかっていた。
その大きさは5メートル。
それだけじゃない。バグは遠隔操作って言うけど、操縦者もいままでの普通の相手とは違う闘気を感じる。まさにボスキャラにふさわしい貫禄である。
『いけない、それはジャイアント・バグ! 塩水の民たちの切り札で、災害レベル2にも匹敵する――』
アーニャ先生が悲鳴のような声で言うけれど、ぼくらには恐れなんて欠片もなかった。
「だってさ、ウィルベル?」
「うーん……なんかよーわからんけど」
「わからんけど?」
「やっちゃおう! ごーごー!」
まったくうちのご主人様は無茶ぶりがひどい。
勢いでボスキャラに挑むなんて無理、無茶、無謀。
「でも、それがいいんだけどね?」
ウィルベルが「うひひ」と笑いながらぼくの気持ちを代弁してくれる。だからぼくはヒレでサムズアップして答えた。
「そういうこと!」
クロマグロは24時間泳ぎ続けるこで有名だ。
ひたすら前進あるのみな一直線なお魚さんなのである。
だから、いまのぼくらを止めれる敵なんていないのだ。
いわゆる超級覇王電影弾的な何かでした。
ちなみにヴァンやギギも同じことを鼻歌交じりでできます。