85.ガタガタ震えて祈る準備はいいか
「ふぅぅぅ……」
ぼくらは立ちふさがる。
カマキリにも似たバグたちの群れの真正面に。
『ウィルベルさん!? 無茶よ、やめなさい!』
驚愕の口調でアーニャ先生が言う。
でも、いまのぼくらはこれから起きることに思いを馳せていた。
固く閉ざされていた鍵がようやくひとつだけ開いた。
そんな感覚。
「GIAAAAAAA!!!」
迫り来るは40体近いバグたちの群れ。さっきまでのぼくらなら無理な数。でも、
「行くんよ!」
「おう。とおおおおううう!!!」
バグが動くと同時、マジカル・ラムジュート換水法で一気に加速するぼくマグロ!
その加速力は滑空のそれとは比べ物にならない。
さらに。
キュっ!
バグが振り回した鎌を、慣性の法則を無視した動きで回避!
スキル『空中制動(小)』の飛行能力自体は滑空に毛が生えた程度。
でも、その最大の特徴は一瞬だけ空中での運動エネルギーを止めることができることにあるのだ!
そして、一瞬だけ運動エネルギーを止めるということは、逆に言うと、『一瞬後には元の速度で突撃を再開することができる』という意味でもある。
すなわち――
「どりゃあああ!!」
突撃の勢いのまま、重心を変えて縦回転しだすぼく。その方向はバグたちに向けてまっすぐ!
そう。『空中制動(小)』の真骨頂は、停止中に重心を変えること。すさまじい回転を生み出し、攻撃の威力を底上げすることにあるのだ!
懐かしいな。ゲーム内ではこうやってエンガワアタックの威力を上げたりしたっけ。
でも、今回の目的はエンガワアタックじゃあ、ない。
ウィルベルがぼくの尾びれに足をかけ――
「おおおおおおお!!」
ぎゅん。
回転の力で、凄まじい速度でウィルベルを射出!!
狙いはもちろんバグ。
まだまだ有効射程外だと思っていたのか隙だらけ!
どごす。
「GA!?!?」
ちゅどおおおん!!
ドロップキック直撃! 直後にバグが爆発四散する。
ウィルベルの勢いはそれだけにとどまらない。
「おおおおおおお!!」
ちゅどどどどどぉぉん!!
被害者は一体にとどまらず、ウィルベルのドロップキックがバグの群れを引き裂いていく。
反撃するいとまもなく、バグたちがメキメキメキと音を立てて爆散し、空中に爆発の花を咲かせる。
「りゃあ!!」
それだけに飽き足らず、勢いを失ったウィルベルは人間離れした握力で、空飛ぶバグたちをひっつかむ。
「GHA!? GHA!?」
混乱するバグたちを確実に撃破、足場にしながら次から次へと襲い掛かっていく。
その動きは空中戦とは思えないほど。
わかりやすく言うと、木から木へと飛び移る猿に似てる。さすが野生児。脳筋ゴリラである。
遠隔操作の向こう側では、何か凶悪なエイリアンとかフェイスハガーだとか、そういう存在に映っているのではなかろうか。
「GAAAAAA!!」
指揮系統を失ったバグたちが、相打ち覚悟でぶんぶんと鎌を振り回してウィルベルを攻撃しようとする。
「でも、そうはさせーん。とーう!!!」
その頭上からぼくの尾ヒレがべしーん!
攻撃力はEなので大したことないけれど、動きを邪魔するのには充分!
そして、ウィルベルと合流したぼくは、バグたちよりも高い高度に上昇すると魔王のごとく睥睨した。
「……さて」
そして、思わぬ反撃にうろたえるバグたちに向けて、びしぃっと指と腹ビレを突きつける。
「違法操業ぜったいダメ! 限りある資源は、未来へツナぐ贈り物! だから――」
「毎晩、夢に見るくらいにギッタンギッタンにしちゃる!!!」
アーニャ先生は教えてくれた。
勇者とは仲間とともに戦い、勝利する存在だって。
「でも、それだけじゃないと思うんよ」
ときには己の信念に従い、孤高に戦わないといけないときがあるはずだ。
――それが今かどうかは知らないけれど。
なんにせよ、いまのぼくたちはマジカルラムジュート換水法で得た魔力をここまで温存し、溢れんばかりにパンパンにしている。
それを使わないって選択肢はなしだ!
「せやから……行くんよ。ミカ! 全力全開!」
「おうともさ!」
スキルの試運転はOK。手応えはばっちし!
この溢れんばかりの魔力をすべて強化魔法に変えて――中トロモード発動!
【マグロ豆知識】
TUNAGUと言えば、完全養殖クロマグロのブランド。
販売するのは日本の水産4大手のひとつ極洋。(生産は極洋フィードワンマリン)。
『つなぐ』の言葉はもちろん次世代にマグロ資源を繋ぐ、の意味です(他にもありますが)。
【人と人をツナぎ、未来をツナぐ】
そう。クロマグロこそがこの世で最も勇者にふさわしい武器なのです。