84.クロマグロ、レベル5
「お、おおお……。でかいんよ」
突然の海賊船の襲来に、ウィルベルが呆気にとられたように言う。
その視線の先は、モジャコより2回りは大きさな漆黒の船。しかも2隻。
その見た目を評するなら、なんていうか厨二病っぽい?
レヴェンチカの浮遊有船が空母なら、こっちは戦艦。
トゲトゲしい感じの突起物とか、ハリネズミのように備え付けられた砲台。
艦橋は増築に増築を重ねた無理な改造の結果、違法建築ビルのようにそびえ立ち、どこか禍々(まがまが)しさを思わせる。
学園の浮遊有船には見られない砲台も含めると、悪の要塞って見た目である。
その大きな悪の戦艦が。
ばさぁっ。
大きな網を放り投げる。その網の両端はそれぞれの船につながっていてヘリングたちを包み込んでいく。
地球で言うところの巻き網漁みたいって言うとわかりやすいかな?
ヘリングたちは学生たちに追い散らされて、魔力を使い切ってしまっていたらしい。無抵抗に網に包囲されていく。
「――って、あれ漁船なの!?」
まさかの戦艦の無駄遣い!? ダイナミック漁業すぎないぃっ!?!?
浮遊有船の動力は人間の魔力らしいので、燃料費効率とか関係ないから、そういうことができるんだろうけど……。
ばさぁっ。
それとはまた別に砲台から射出された丸い網の球が空中で広がり、巻き網の外にいたヘリングたちを捕まえる。
網の元は船につながっているようで、捕えられたヘリングたちはどんどん手繰り寄せられていく。
なんか昭和初期のニシン漁を見ているようでほのぼのしいね。
ヤーセイ ヤーセイ! エーンヤサ コーラヤサ!
ニシン網起こし音頭とか歌いたくなるような光景である。
ぼくらが大口を開けてその漁を見ていると、
『何をやっているの。ウィルベルさん早く逃げなさい!』
アーニャ先生の焦った声が聞こえた。
へ? あの漁船の何が危ないの――
「ミカ! 砲台がこっち狙っとる!!!」
いくつもある砲台のうちの一つがこっちを向いた。
ビシューンっ!!
砲台からこっちに撃ちこまれたのは……魔力光線?! しかも、大威力の!
避け――るわけにはいかない。ぼくらの後ろにはアーニャ教室の生徒たちがあたふたしながら撤退しようとしている。
ならば!
「よいしょぉっ!? ぶべらぁっ!」
迷わずにぼくを盾にするウィルベル。
ぎゃー! 大トロが炙り大トロになっちゃううう!
「うー。死ぬかと思ったんよ……」
「それはこっちのセリフなんだけど!?」
質量差にはぶっ飛ばされたけど、光線の方向を反らすこと自体には大成功!
クァイスちゃんの必殺魔法よりは弱いとはいえ、うひぃ……あんなの普通の生徒が喰らったら死んじゃうよ。というか……
「ちょっとぉっ! 何すんだよ、ばーろー! 危ないじゃないか! クロマグロは絶滅危惧種に指定されてんだから、もっと大切にしてよね!!」
『あれは塩水の民よ! 空の無法者。違法漁業集団。目的のためなら手段を選ばないテロリスト! いまのあなたたちでは危険です。早く戻ってきなさい!』
塩水の民。
アーニャ先生いわく、先史文明の遺産を利用して空を荒らしまわる存在。
目の前でおこなわれているように、空の資源を根こそぎにしていくため、彼らのせいで全滅しかかっている生物たちも多いんだとか。
いろんな国で指名手配されているけれど、非合法に裏で支援されていたり、あまりにも強くて手が出せないのだという
レヴェンチカやアズヴァルトでラムジュートボードが開発されたのも、主に彼らに空中戦で対抗するためという側面あるらしい。
「なにそのハタ迷惑な違法操業集団……」
見ている間にも、漆黒の船は次のアクションを開始。
デッキから羽虫のような生物っぽい物が飛び立ち、ぼくらのほうに向かってくる。しかもたくさん。
「なにあれ? でっかい虫?」
『いけない。あれはバグよ!』
やっぱり先史文明時代の代物で、遠隔操作で敵を制圧するものであるらしい。地球で言うところのドローンみたいなものなのかな?
「めっちゃデカくて怖いんだけど!」
大きさは約1メートル。
見た目はカマキリとスズメバチとトンボを混ぜて、3で割った感じ?
生物っぽいけれど、均一的なデザインで悪の軍団のような不気味さを感じさせる。
うひー。虫嫌いの人なら見ただけで鳥肌が立つレベルなんだけど。
しかも、一隻あたりから百匹近い大部隊!
ヘリング狩りに出かけていたレヴェンチカ勢――右翼、左翼、中央の反撃を封じようと展開していく。
ぼくらがいる右翼側を制圧しにきたバグの狙いは――殿を守るウィルベル。
幸いなことに、どうやらバグには遠距離攻撃が存在しないらしい。
「GIAAAA!!!」
鋭い機械音。
先頭のバグが切れ味のよさそうな鎌を振り上げながら、ウィルベルにせまる。――が。
「――せん」
ガシ。
その鎌を素手で掴んだのはウィルベルだった。
「GIIIっ!? GIAAAっ!?」
まさかの事態に混乱するバグ。
暴れて離れようとするけれど、そんな抵抗にかまわずに、ウィルベルが逆の手で頭を掴んでぐじゃあと握りつぶす。
oh……。いまの握撃っていつもぼくがやられてるやつ。
壊れたバグは、まるで生き物のようにオイルっぽいものをまき散らしながら、奈落の底へと落ちていった。
バラバラになったパーツを見る限り、生き物ではなくて有機的な材料を使ったロボットなのかな?
この世界の技術レベルってほんと謎だな。
いや、いまはそんなことどうでもいい。
「……あの、ウィルベルさん?」
ウィルベルの目が怒りで真っ赤に染まっていた。
その身体からは、収まりきらなかったらしい赤身モードのオーラがゆらりと立ち上る。
「GIAAAA!!!」
ウィルベルの怒りに気付かないバグがまた一匹、愚かにも真正面から襲い掛かってくる。が、
「許せんっ!」
バグの鎌を紙一重で潜り抜け、その顔面に裏拳を叩きこむ。
ぐじゃあ!
効果は抜群だ! またしても、きりきり舞いになって落ちていくバグ。
その動きに、バグの遠隔操作の向こうで動揺してるのが見て取れる。
そうだよね。まさかマグロに乗ったアホの娘がこんなに強いなんて思わないよね。
「あんたら、なんでこんなことするん!?」
怒髪、天を突く。
バグの群れに向かって、ウィルベルがキッと睨みつける。
怒っているのはウィルベルだけじゃない。ぼくもだ。
いまのぼくらのなかに渦巻いているのは純粋な怒りだ。
ぼくらが頑張って疲労させたところを横取りしようっていうのも気に食わないし、いきなり砲撃してきたのなんてもってのほか。
そして何よりも許せないのが違法操業!!
自然資源が無限にあると思うなよ!
セーフ・ジ・アース。
ここは地球じゃないけど、母なる自然を壊しすぎちゃいけません!!!
『やめなさい、いまのあなたではまだ早い――』
アーニャ先生が言うことは正しい。
"いまの"ぼくらがこの量の敵と戦うのは明らかに無謀。蛮勇だ。でも――
「ウィルベル!」
「もちろん!」
怒りパワーで覚醒するなんていうのは少年漫画の読みすぎだ。そんな奇跡はそうそう起きたりはしない。
じゃあどうするかって? では、これをご覧ください!! ステータス!
種別:精霊
レベル:5
攻撃:E
守備:B
魔力:E
攻撃補正:E
守備補正:E
魔力補正:E
総合ランク:E
所有者:ウィルベル・フュンフ
スキルポイント:3
基礎能力がぜんぜん変わってないじゃん、などと言ってはいけない。
なんと! 大量のへリングを食べてレベルが上がったことにより、残スキルポイントが3になっているのだ!
それがどうしたって?
よーし。じゃあ、このスキルポイントをすべて空中適正にイン!!
【空中適正が2になったため、スキル『浮遊』を覚えました】
【空中適正が3になったため、スキル『空中遊泳』を覚えました】
【空中適正が4になったため、スキル『空中制動(小)』を覚えました】
え? いままで好き勝手に飛んでたじゃないかって?
とんでもない!
あんなのはただの滑空だよ!
ぼくのVRMMOプレイヤースキルの半分も出せてない、ただの初心者プレイだよ!
嘘だっていうなら、ちょっと本気を出したクロマグロの動きを見せつけてやろうじゃないか!
【マグロじゃない豆知識】
ニシン漁の歌として有名なのがソーラン節。
その元ネタとなったのが作中で主人公の歌う『鰊場作業唄』とされています。
そもそも北海道はその発展経緯から地方のいろんな文化が混ざり合うカオスな状況になっているのですが、さらに元ネタをたどると『沖のかごめに』という唄なんだそうです。
ちなみに歌と言っても、この歌、遊びで歌っていたわけじゃありません。
ニシン漁は春。とはいえ、北海道の春といえばまだまだ雪が降る寒さ。
船の上で寝ると(落ちて)死ぬため寝させないの眠気覚ましだったり、網を牽くのが共同作業なのでタイミングを合わせるためだったり。
嫌でも覚える必要があったのだとか。