81.マグロの群れの先導者
この世界の空での戦闘は、地上戦とはまったく異なる。
それどころか地球における空中戦とさえまるで違う。
例えば空を飛ぶ魔獣も人間も、戦闘機のような大出力を持ち合わせていないし、そもそも外空の風の勢いは地球のそれの比ではない。
いわば、空の戦いとは(風の弱い内空ならともかく)嵐の海の上で戦うような荒々しさに満ちていると言っていいかもしれない。
――その風の中を。
「ウィルベルさん、無茶よ!」
ぼくらの後ろについたアミティさんが涙目で悲鳴をあげた。
それもそのはず。ぼくらが目指しているのはへリングたちのど真ん中!
「シャアァァ……」
真っ直ぐに飛行するぼくらに対し、迎え撃とうとするへリングたち。
攻撃用の体当たりの魔法で、その身を真っ赤に染め上げ、準備はバッチシである。
100万匹の群れが織りなす攻撃魔法。その威力はいったいいかほどのものか。
「ひっ……」
それを想像したレフェンディくんが思わず悲鳴を絞り出す。
でも、ぼくとウィルベルは構わずに全速前進!
まっすぐ突き進むぼくらと、まっすぐ突き進むヘリングたちは当然のように交差しようとして。
「シャアアア!!」
ついにへリングたちが魔法を発動!
ぼくらを貫こうとさらに加速してくる!
「でも、甘い!」
言った瞬間だった。
上から殴りつけるように、強い風が吹く。
空気の塊がぼくらを押しつぶそうと上から吹き下ろす。
変化する空気圧に、肺腑から息を吐く。
「ふっ!」
ぼくらはその風に逆らったりはしない。
押し付けられるがままに、いきなりフォークボールのように急降下!
「ええぇぇ!?」
アミティさんが驚きに声を上げるけど、そんな風に口を開けてたら危険だよ!? なぜなら――
「よし! どんぴしゃ!」
直後にやってきた上昇気流によって急上昇!!
ジェットコースターを超えるGがぼくらを押しつぶそうとする。
「ぐぅ……っ」
後ろの生徒たちがその重圧に苦しそうにあえぐけれど、たぶん大丈夫。いけるいける。
だって、今回はみんながギリギリ耐えれるルートを選んだんだから!
外空から流れ込んだ荒々しい気流がへリングたちの群れを翻弄する。小型魚な彼らは互いに体をぶつけあい、解き放とうとしていた魔法を解除する。
それは、ぼくらの読みどおりで――
「こ、これは!?」
気流を抜けてたどり着いたのは、ヘリングたちの群れのど真ん中。
必殺の突撃が不発に終わり、無防備になったへリングたちのど真ん中であった。
「驚いている場合じゃないわ! 撃って! 撃って!」
ここまでの経験だと、へリングらが再度攻撃開始になるまで約3分。
いきなり訪れた大チャンスに至近距離から魔法を撃ちまくる生徒たち。
どさくさに紛れて、ぼくもへリングを美味しくぱくっとな。
うーん。デリシャス! よし、じゃあ次は――
ぼくとウィルベルは周囲の生徒たちが魔法を撃ちまくるなか、次のターゲットを狙い定める。
「ミカ、ここは任せたんよ」
「おっけー」
言って、ウィルベルがぼくの背中からぴょいっと飛び降りる。
狙いは下から押し寄せるもう一つの団体さんだ。
ついでにアミティさんのラムジュートボードの端をひっつかんで、一緒に奈落の底へ真っ逆さまに落ちていく。
「へ? ひゃああああああ!?!?」
思わず素っ頓狂な悲鳴を上げて、パニック状態に陥ってしまうアミティさん。
いきなりボードを掴まれて失速し、ウィルベルとともに落下していく。
んもう! あれだけアーニャ先生に言われたのに、アミティさんってば魔法を撃つのに熱中しすぎてたらしい。
でも、落下は約10秒だけ。その次の瞬間には風が吹いて、浮遊板が風を取り込み、ウィルベルたちの落下が止まる。
そんな2人がたどり着いた先は――
「ひょ!?」
もうひとつのへリングたちの群れのど真ん中!
ちなみに間抜けな悲鳴をあげたのはアミティさん。
いまさっきの撃ち放題と違うのは、へリングたちがまだ魔法を使っていなくて、これから攻撃を開始しようとしてるってことかな。
「シィィィアアア……」
へリングたちが突撃するために真っ赤に輝き、至近距離からウィルベルとアミティさんの白い制服を赤く照らす。
「うひぃ……っ!」
「そいやっ!」
思わず頭を抱えたアミティさんの体をひっつかみ、ウィルベルが体重移動だけで突撃を避ける。
続く攻撃は手でひっつかみ、さらにラムジュートボードをくるりと回して回避。さらに次には――
「うひぃぃぃ!!」
たまらず、アミティさんが悲鳴をあげる。
でも、ウィルベルは二人乗りの浮遊板を器用に乗りこなし、へリングの攻撃をいなす。
「シャアアアア!!」
「そんなん、ぜんぜん当たらん!」
360度、ありとあらゆる方向から仕掛けられる攻撃を、曲芸のごとく避けるウィルベル。
その秘訣は、真上にいるぼくから送られるリアル俯瞰の視覚情報。
ぼくから共有された視覚情報によって、ウィルベルがラムジュートボードを利用し、縦横無尽に避ける、避ける、避ける。
「ひ、ひぃーっ!」
情けない悲鳴をあげながらも、アミティさんも腰の剣を抜き放ち、格闘戦をし始める。
なんだ。さっきはぜんぜん接近戦してなかったけど、頑張れるんじゃん!
(おお……やっぱり。この人すごい!)
その動きに、ウィルベルが感嘆の思念を送ってくる。
アミティさんは大学部の生徒だけあって、戦闘技術はこの場にいる誰よりもぬきんでている。
技術なら、あのクァイスちゃんにだってタメを張れるレベルかもしれない。
「そりゃあっ!」
「ひーっ!!」
互いにラムジュートボードを踏みながら、重力を無視するようにくるくると回るように女の子ふたり。
初めは慣れない空中での接近戦。
でも、突発的な事態にも関わらず、あっという間に慣れてってる感じ?
あの人、ホントすごいな。基礎技術がしっかりと理論的に言語化できている証拠だ。
モデラートの戦士ギルドの大人たちよりも遥かに洗練された動き。
地球風に例えると、そこらへんのおっさんの草野球と、甲子園常勝校のエースくらいの差って言えばいいかもしれない。
「ははっ! なにこれ! ぜんぜんいけるじゃないの!」
さっきまでとはぜんぜん違う光景にアミティさんがバーサーカーのように笑い出す。
知らないことを知るってことは楽しい。
できなかったことができるようになるのも楽しい。
いまのアミティさんは、まさしく学ぶことの楽しさを堪能しているのだろう。
「アミティさん。すごい! すごいんよ! ――ところで、こういうのってめちゃんこ楽しくないですか!?」
それを楽しいと思うのは戦闘民族だけだからね!?
「ふふっ。そうね!」
Oh……。ここにも戦闘民族が。
2人の息がだんだんと合い始め、いつしかダンスのような調和で整い出す。それはまるで長年連れ添ったコンビのようで。
むむむ……。ちょっとだけジェラシーかも。
無双まであと3話。