8.覚醒の鼓動
「よし、ウィルベル! いくよ!!」
「おうともなんよ!」
ぼくの呼び声に対して、ご主人様は元気のいい返事。
徐ろにぼくの尻尾の付け根をがっちりと握り、ハンマー投げのようにぐるぐると…… え? あの……? ウィルベルさん?
「でやああああっ!」
気合一投。クラーケンに向かってぶん投げた。
「あばばばば!?」
ちょっと待って!? 想像してた光景となんか違う!
っていうか、なにこの勢い!? さっきぼくをリフトアップしたときもそうなんだけど、ウィルベルってば筋肉ゴリラすぎない!?
まあ、いいや。
ただいまのぼくの速度は時速30キロメートル也。
小さなイカたちを吹き散らして進む姿は魚雷にも似ているかもしれない。
ステータスはともあれ、200キログラムの肉塊が激突すれば、でっかいクラーケンだってタダじゃすまないハズ。
懐かしいな、この空を飛ぶ感覚。
マグロ・グランドフィーバーではこうやって空を飛んで、釣り人プレイヤーのもつ玉網とつばぜり合いをしながら鎬を削ったっけ。
スキルは使えないけど、ただちに問題はない。軟体生物ごときが相手であれば、通常攻撃だけで充分だ!
迫る巨大イカの顔面に向かって、最大限の威力を発揮できるよう体をひねり、
「くらえ、エンガワアタァァァック!!」
寿司ネタでエンガワと言えばヒラメだけど、マグロだって尻びれの付け根をエンガワと呼ぶのだ!
ぼくの紡錘型の肉体は、ヒップアタックをするように、尾から巨大イカの顔にドベチーンと大当たり!
「どうだ、このやろう!」
「……ギ?」
ミス。ダメージを与えることができない。
クラーケンは、ぼくがぶちあたったところを、不思議そうに撫でると頭をかしげた。
「あれー……?」
どういうこと!? 完璧なタイミングだったじゃん!?
体勢こそ崩したけれど、打ち身の痕すらなし。ぜんぜん平気な感じである。解せぬ。
「ならば!」
ぼくはクラーケンの胴体を尾ビレで蹴って、そのまま巨大イカの頭上、上空へと舞い上がった。
そして、くるりと後方二回宙返り一回ひねり。
「くらえ。天空一文字・ツナアタァァァック!」
これぞ、グランド・マグロフィーバーの序盤の重要テクニック! スキルなしの基礎攻撃にして序盤最強の攻撃!
200キロの体重で相手を押しつぶすという荒業である。
「わははー! イカごときがマグロ様に敵うと思うなよ!」
ひゅー……ぽてん。
ミス。ダメージを与えることができない。
「……?」
200キログラムの体重を受け止めたんだから、少しくらいダメージがあってもよさそうなもんだけど……どーゆーこと?
ぼくが頭にハテナを浮かべていると、見ていた誰かがが叫ぶ。
「無謀だ! 攻撃力も攻撃補正もEクラスでは……っ!」
なるほど!
ぼくは早速理解した。
クロマグロにはDHAが豊富に含まれている。すなわち、ぼくはとても賢いのである。
さすが異世界! 物理法則なんて大空のかなたにぽーいって感じなわけね!
攻撃力だとか攻撃補正だとかてんで意味がわからなかったけれど、この世界ではステータスが物理法則よりも上位にあるってこと!
つまり、どうやってもぼくの攻撃は通じない!
「なるほどなるほど。……って、そんなの絶対おかしいよ!?」
「エギギギ!」
勝ち誇ったように巨大イカが身体を震わせて笑う。
おにょれ! ならば――
「うっせぇバーカバーカ! ダメージがないってんなら、遠慮なくもっとビタンビタンしてやる!」
びたーんびたーん!
跳ねる跳ねる! クラーケンにのしかかり、体の上でめっちゃ跳ねる!
「エギ……ギ……!?」
クラーケンは触腕を振るおうするけど、その目の間にさらにビターン!
これこそマグロ・グランドフィーバーで巨大なダイオウイカと戦うときの基本戦術。
イカは両目の中央付近が見えていないので、ここでビタンビタンしてれば攻撃が命中しづらいのだ!
身動きできないように、ひたすらストンピング! ストンピング!
この世界のダメージとやらがどうなってるか知らないけど、我が体重はメタボすら超越した200キログラム。物理法則を無視したこの世界でも存分に活躍できるのだ!
「君の敗因はステータスなどという表面上の数値に慢心したことだよ! ふはは!!!」
「エギー! ギギー!」
「わははー! イカごときがクロマグロ様に敵うと思うなよ!!!」
びたーんびたーん つるっ!
「ああああ! しまった! 調子乗ってたら滑って落ちた!」
なんてこったい! ストンピング無限地獄はマグロ・グランドフィーバーでは簡単イージーなハメ技として有名だったのに!
「やっぱりゲームと現実ってちょっと違うなー、なんて……」
ガシっ。
そして掴まれるぼくの頭骨。そろーっと振り向くと顔を真っ赤にして怒る巨大イカさん。
吸盤でがっしりとつかまれてるので逃げることは不可能である。
「あ、やば」
短気なのはダメだと思います!
「カルシウムを取るにはマグロよりも小魚のほうがおすすめだよ!?」
「エギィィィィィ!」
ぼくの説得も虚しく、巨大イカの触腕にバチバチと雷がチャージされる。さっきの雷ってやっぱりこのクラーケンの仕業だったのね。
電気ショックはマグロ・グランドフィーバーでもよく味わった感触だけど、船を墜落させるほどの威力ってどれくらいなんだろう? ゾクゾクしちゃう。
「そうはさせーん!」
電気ショックを阻止したのは、小イカたちのなかを突っ切ってダッシュしてきたウィルベルだった。
勢いよく放ったキックがクラーケンの両目の間にめり込み、巨体を吹っ飛ばす。
「エギィィ……っ!!」
吹っ飛んだクラーケンは、横倒しになった浮遊有船の甲板に激突、破壊。
悲鳴を上げると、イカ墨を噴水のように飛散し、芝生をイカ墨色に染めた。
なにその威力!? Cクラスって聞いてたけど、この世界の人らってこれが標準なの!?
っていうか、ぼくの攻撃はダメージないのに、キックは効くのね。どういう原理なんだろう?
って、ウィルベル! スカートからパンツ見えてる! パンツ見えてる!
(ふふふ、これはうちのセクシーさをみんなにアピールしとるんよ!)
さいですか。でも、だったらそういう色気のない下着はどうかと思います。
やれやれ、まったくもう! うちのご主人様ってば野蛮なんだから。
もう少しぼくのスマートさを見習うべきではなかろうか。
「エギギ……」
蹴りとばされたクラーケンが船の設備のどこかを触ったのか、浮遊有船が動き出した。
くしゃりと潰れていた風船状の装置が、いびつな形ではあるけれど膨れだし、ゆっくりと船が浮かび始める。このまま飛び去ってくれれば面倒がないけれど――
「ウィルベル! クラーケンに捕まってる幼女を取り返さないと!」
「言われんでも!」
言いながら、ぼくを掴んだウィルベルが、空に浮かびつつある甲板の上に飛び乗った。
甲板の上は控えめに言っても惨状という言葉がよく似合う。
着地の衝撃やさっきの一撃、クラーケンの雷で破壊されまくっていて、さながら嵐にあって難破した船にも似た悲惨な状況。――そしてなによりも、
「エギぃぃぃぃぃっ!!」
ぼくらがやってくるのを予想していたかのように、待ち受けていたのは巨大クラーケン。
「ウィルベル!? 何をしているの、早く降りなさい!」
浮遊有船の向こう側。模擬剣っぽいもので、小さなクラーケンと戦っていたルセルちゃんが、ぼくとウィルベルに気づいて叫ぶ。
でも、ウィルベルもクラーケンから目を反らさないまま答える。
「女の子が捕まっとるんよ!」
「もう一度言いますわ。早く降りなさい!」
それは……捕まっている幼女を見捨てろ、ということだ。
ぼくは、この世界における人命の重さを知らない。けど、ルセルちゃんを非難しようという人は、いなかった。
「ひっ」
見捨てられる恐怖に、幼女が泣きそうに表情を歪め、だけど、ウィルベルは幼女に優しく微笑みかけた。
「大丈夫。うちに任せとくんよ」
絶対に見捨てたりしないって意思がビンビンに伝わってくる声だった。
……とはいえ、ぼくの攻撃は、クラーケンにダメージを与えられない。
ウィルベルのほうも擦り傷だらけの徒手空拳。もっているのはマグロのみ。
そして、簡単に逃げることのできない空飛ぶ船の上。
控え目に言って死地である。
異世界転生1時間程度でこんな状況って色々おかしくない?
でも、不思議なことに、ぜんぜんやられる気がしない。
それはもしかするとただの慢心かもしれない。
だけど、ぼくとウィルベルなら、BクラスだとかEクラスだとか、そんなものを越えた奇跡くらい起こせるような気がするんだ。
「ミカ」
ウィルベルがぼくの尾の付け根を握りなおす。
低空をふよふよと漂うように飛ぶ浮遊有船の上で、対峙するクラーケン軍団とぼくら。
それは、周囲を見渡せる代わりに、みんなからもよく見えるってわけで……。
ぼくらは、いつのまにか広場にいる人たちの注目の的になっていた。
だからかな?
「ミカ。こんなときに不謹慎なんやけど、うち、すっごいワクワクしてきた」
「奇遇だね。ぼくもだ」
どくんどくんと手から伝わる血流が、ぼくの心臓の鼓動とシンクロして、まるで同化するような不思議な高揚感を生みだしていた。
【マグロ豆知識】
マグロの投擲といえばオーストラリアのポートリンカーンで開催されるツナラマ・フェスティバル。
マグロ投げ選手権が開催されており、紐を通したマグロをハンマー投げの要領で40メートル近く投げ飛ばします。
ちなみに2014年の優勝者は赤穂弘樹選手(ハンマー投げ)、準優勝者は照英さん(タレント)。