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79.スペシャリテ

今回もサブキャラ視点です

「あれは……なん(・・)でありますか……」


 その光景を前に、船酔いも忘れてニアは思わずつぶやいていた。

 ブカブカのウィルベルの制服を着て、コソコソと甲板(こうはん)の生徒に(まぎ)れながら、である。


 ニアの目に映るのは、クロマグロを駆って凄まじい速度で空を飛んでいった新入生――ウィルベルの姿。

 新入生はアミティの危機に瀕して、何を思ったか真上から生身で突っ込み――あろうことか素手で制圧しきったのである。

 しかも突撃の勢いを吹き散らしただけでなく、驚異的な集中力で複数のへリングの魚体を掴み取るという離れ業付きで。


 そしてラムジュートボード代わりのマグロの口に、捕まえたヘリングをぽいっ。


『うーん。とってもデリシャス。よっしゃ、やる気でてきた!』


 クロマグロは咀嚼(そしゃく)すると、すぐに一番大きな群れに向かって突撃し、蹴散らしていく。


 その光景を見て、乗り合わせていた別の教室の生徒がつぶやく。

 

「……あの娘、まともに魔法が使えないのかしら? 呆れるわね」


 言ったのは船に乗り合わせているレニ教室の生徒。ニアとちょうど同級生の少女だ。

 プライドが高く、あまり他人をほめることがない皮肉屋で、たぶん、その言葉も強がってのことだろう。


 が、彼女の言うとおり、ウィルベルのやり方は他の生徒とはまったく違う。

 普通の生徒が至近距離とはいえ魔法攻撃――あくまでも遠距離からの攻撃をするのに対して、武器すらも持たぬ超超近接戦。


 へリングの突撃に対して、自分もそれ以上に身体強化をして突撃していくという力技。

 レヴェンチカのほとんどの生徒が備えているはずの優雅さの欠片もない。


 少女はその戦い方にさらに皮肉を言おうとして――だがしかし、直後にその表情をひきつらせた。


『そーい!』


 くるりと回転したマグロの背中を蹴って、凄まじい速度で下方向へと飛び降りた(・・・・・)のである。


「ちょっと、あの子。死ぬ気!?」


 その光景に、ニアですら思わず息を呑んでしまう。

 甲板に見学に来ていた新入生に至っては、まるで自分のことのように顔を青くする者まで出る始末だ。


 だが、ウィルベルの方はというと気にした様子もなく、他の生徒に突撃しようとしているへリングたちを自由落下しながらの奇襲でばーんと()でシバキ落とす。


 それだけではない。


『いやっほー!!』


 マグロはマグロで、蹴られたときの勢いを速度に変換すると、ウィルベルとは別の軌道で落下しながら、へリングたちを口で捕らえて丸呑みにしていく。


 しかもウィルベルの方も落下するだけではない。

 制服の袖をウィングスーツのように使い、すさまじい速度で落下&軌道をコントロールし、へリングたちを手や足で殴り倒していく。


 そして位置エネルギーを速度に変えきったところで、マグロがウィルベルを拾い上げ、何事もなかったかのように合流して急上昇!

 その速度はこの空域にいる誰よりも速く、その軌道は誰よりも鋭い。


 ニアはほうっとため息をついた。


「あれは……なん(・・)でありますか……」


 空を飛ぶのがうまい?


 とんでもない!

 他の誰かが彼女の真似などしようものなら、あっという間に奈落の底に落ちていくことだろう。


 少なくともニアには無理だ。

 アーニャ教室のエースであるアミティにすら無理だろう。

 いや、中央ですさまじい活躍を見せる大学部3年の勇者候補生のリシアスですら、おそらく……。


「これは……。ひとりだけ別世界ね。ヴァン先輩に話を聞いたときは、さすがに話を()っていたと思っていたのだけれど。ねえ、ニア?」


 ニアの隣に立って嘆息したのはアーニャ先生だった。その目は呆れるというか、なんというか。


「げっ、であります」


 アーニャ先生は「あんなので誤魔化せるわけないでしょうに」と言って、逃げようとしたニアの首をひっつかまえた。


「うにゃー……」


 同郷(どうきょう)同種族(どうしゅぞく)なアーニャ先生に、ニアは頭が上がらない。貴族社会的にも完全に格上であるし。

 降参と言わんばかりにお腹を見せると、アーニャ先生はベシっとそのお腹を叩いてくる。


「……アーニャ先生。ウィルベルさんを知っておられるでありますか?」


「ええ。昔の知り合いにちょっと話を、ね。

 あの子、災害レベル1のスパチュラ・ドラゴンをたった一人でなぎ倒したって」


「ど、ドラゴンをでありますか!?」


 災害レベル1と言えば、文字の通り、人の手に負えない災害だ。

 勇者を呼び出す理由になりうるほどの強大な獣――一般人からしてみれば、いわば魔獣を超えた怪獣である。


「ええ。さすがに聞いたときは話を盛りすぎだとは思ったのだけど、どうやらまぐれ(フロック)ではなかったようね。いえ、むしろ――その話でさえ、控え目だったのかも?」


 いま、ここから見えるその戦い方はそう思えるほどに特別(スペシャル)だ。


「毎年、勇者候補生の身体能力には驚かされるけれど……」


 艦橋を見渡すと、新入生どころか大学課程の生徒たちすらその動きに目を丸くしていた。

 気がつくと、右翼の展開が遅いと焦っていた状況はどこへやら。へリングたちはウィルベル一人に怯えるように、その勢力を減じつつあった。


 その様子を見て、立ち上がってぐっと手を握るのはデッキから魔法を撃っていた少女。


「あの子、すごいです! 今日、うちがMVP狙えますよ!」


「(まったく……。替え玉で――教室に仮所属すらしてない娘の成果で、MVPをもらうわけにはいかないでしょうに。ねえ、ニア?)」


「にゃー……」


 睨みつけられて、ニアはぶんぶんと首を縦に振った。前述したとおり、猫人(ネコサント)は厳格な序列社会なのである。


 リトルコンクエストでは最優秀(MVP)を獲得した教室に対して特別報奨金が与えられるのだが、さすがにこれでいただくわけにもいかないだろう。


「まあ、なんにせよ。あなたたちを見逃した甲斐があったというところかしら。

 最近、成長が頭打ち気味だったアミティたちにとっては、刺激になったでしょう」


 周囲を見ると彼らがウィルベルに向ける視線は、一種の憧憬(どうけい)。一種の羨望(せんぼう)


(あれが勇者候補生……)


 ニアは思わずぎゅっと手を握った。

 この憧憬の視線こそが、世界の守護者となるべく選りすぐられた存在であることの証明なのだろう。


 そんななか、ぽつりとつぶやいたのはアーニャ先生だった。


「――にしても。ヴァン先輩から聞いてましたが、あの子ったら」


「?」


 ニアは首を傾げた。


 この教師がこうやって、生徒の動きに対して不満をあらわにするのは珍しい。というより、


(いったいアーニャ先生は何が不満でありますか?)


 勇者候補生のリシアスすらかすむほどの成果を見せているというのに。


 ニアがいぶかしむなか、こほんと咳払いをしてから、アーニャは通信機に向かって言った。


『ウィルベルさん、もっとちゃんとやりなさい』

【マグロじゃない豆知識】

もっとも身近なニシン由来アイテムといえばヘリンボーン柄。

へリング(ニシン)のボーン(骨)を意味し、『≫≫≫』みたいな柄を指します。


例えば駅の歩道の地面(長方形を組み合わせた奴です)なんかによく利用されています。

他にもスニーカーの靴底なんかもそうですね。


ある意味において、ニシンはもっとも身近な魚だったりします。

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