77.クロマグロ。テイクオフ!
「……」「……」「……」
アーニャ教室の生徒に引っ立てられたウィルベル&ぼくは、デッキの上でみんなの注目の的になっていた。
なんでって? そりゃあ、もちろん……
「なあ、ニア。お前……。ニアだよな?」
「は、はいでありますなんよ!」
「でも、どう見てもお前それ、つんつるて――」
「突然やってきた成長期でありますなんよ!」
「それに、手に持ってるのってクロマグ――」
「これこそが! 最新のラムジュートボードでありますなんよ!」
びしぃっ。
有無を言わせず、無駄にカッコいい動きで軍隊式の敬礼をするウィルベル。
こいつ……っ! 強引に誤魔化しにかかりやがった!
(偉い人は言いました! 勇者とは! 信じられるものではなく、信じさせるものやって!)
確かに言ってたけど!? でも、あの人のそーゆーところは真似しちゃいけません! ほら! みんな呆れてるよ!?
ぼくが腹ビレで指し示す先はニシン突撃隊第二陣の皆様。
みんな「ええぇ……」と、何か言いたげなご様子である。
「よーし! では出発しましょうでありますなんよ。えいえいおー!」
でも、開き直ったウィルベルは有無を言わせず、カタパルトにスタンバイ。
「お前……ほんとにこれで飛ぶ気なのか?」
心配そうに尋ねてくるのは甲板長。工学部機械設備のオラン君(高等部3年生)。
さっきは空に向けてバンバカ魔法を撃っていた生徒のひとりだけど、本業は浮遊有船のメカニックなんだとか。
ちなみに甲板長っていうのは、文字通り、甲板全体の指揮をとる人のことである。
オラン君は心配そうに言うけれど、ぼくは余裕の貫禄で胸を張った。
「ふふふ。クロマグロを舐めてはいけない。こんなことお茶の子さいさいってもんよ!」
「ほんとに大丈夫かな。落ちそうになったらちゃんと助けを求めるんだぞ。デッキに先生が待機してて、すぐに助けに出てくれるから」
なるほど。落ちたら即死っていうわけではなく、一応、セーフティが存在するらしい。
ぼくらの安全を見守る先生ってどんな人?
チラッ。ペチャパイ。
「あ。アーニャちゃんじゃん。やっほー。こんなところで何してんの? お留守番?」
「やっほー! じゃありませんし、ちゃん付けで呼ばないでください! わたしはここで皆さんの安全のため、真面目に待機してるんです!」
でもやっぱりぷくーっと頬を膨らませる様子は中学生にしか見えないんだけど。
「もちろん、落ちそうだって思ったら、すぐに助けにいくので安心して飛んでくださいね!」
言って、ない胸を叩いてふふんと笑うアーニャ先生。
「ねえ、オラン君。そんな大切な役目をこんな中学生に任せて大丈夫なの?」
「な……なんて失礼なクロマグロなのでしょう!! わたし、こう見えても祖国に帰ったら、騎士団幹部候補なんですよ!?」
「あー……そういう設定なんだ」
「もしかして、ごっこ遊び扱いされてます!?」
だって……ねえ?
見た目が中学生で騎士団。しかも幹部候補だなんて、フェミニスト団体が集団で押しかけてくる事案だよね。
「はいはい。言い争いはそこまでにしな。さっさと準備する!」
「おっけーい」
言って、改めてウィンチ曳航式のカタパルトにスタンバイするぼくマグロ。
ご主人様の耳には貸し出された通信用の魔法道具のイヤリング。
虹色に輝くダイヤモンドのような石がはめ込まれていて、下手なアクセサリーよりも高そうな感じ。
「久々の空でワクワクするんよ」
覆面の奥で、ウィルベルが期待に満ちた顔でつぶやけど――ちょっと想像してほしい。
カタパルトデッキに鎮座するクロマグロと、やる気満々でマグロにまたがる覆面つんつるてんな女の子。このシュールさはどうにも誤魔化せぬ。
「よし、準備はいいな!?」
射出用のカタパルトを準備完了したオラン君がぼくらに尋ねる。
浮遊有船のデッキにまっすぐに伸びる滑走路はそのまま空への直行便。墜落したら奈落の底に真っ逆さま。
まあ、そうなってもいいようにアーニャ先生がスタンバイしてるんだけど。
「おーけーおーけー。まかしといて。だいじょぶだいじょぶ。慣れてるから!」
でも、クロマグロを舐めてはいけない。
VRMMO『マグロ・グランドフィーバー』では太平洋上を航行してる原子力空母からの離着陸なんて日常茶飯事だったのだ。
オラン君が装置に魔力を注ぎ込むと同時、ウィンチからぷしゅー、っと音がする。
「クロマグロ、いきまーっす!」
どんなアニメでも発艦シーンってかっこいいよね! いまのぼくがまさしくそう!
ギチギチ……ビシュン。
すさまじい加速がぼくを襲う。けれど、これなら原子力空母のカタパルトのほうがよっぽど加速力が強い!
ばしゅ。
「そーいっ!」
10メートル近い滑走路をすべて使って加速し、空に放り出され……テイクオフ!
ふわり。
外空と内空の間の風はとっても不安定。でも、その風が逆に気持ちいい!
スキル『滑空』発動! そして、秘技! マジカルラムジュート換水法!
魔力いっぱい胸いっぱい!
第一陣の生徒たちを遥かに上回る速度で、一気に空を駆けのぼる!
「やっぱり空を飛ぶのって、すっごい気持ちいいんよ!」
ウィルベルの気分も高揚してるけど、ぼくのほうがたぶん興奮している。
相手はニシンで食べ放題!!
そう! これは待ちに待ったレベルアップチャンスなのだ!
【マグロ豆知識】
コンベア上を転がるクロマグロといえば、函館空港(戸井)。
手荷物受取所のベルトコンベアーではクロマグロのオブジェが出迎えてくれます。
「Welcome to HAKODATE!!」【日本一! 戸井のまぐろ】
はい! ここで「日本一って大間じゃないの?」って思ったそこのあなた! 戸井に行ったら気をつけましょう。
北海道函館の戸井と、青森の大間の漁場はほぼ同一です。
(海を挟んで大間の向かい側が戸井です)