74.アーニャ教室、戦闘準備
ぼくらを乗せた浮遊有船が、ふわりと桟橋から離岸する。
アーニャ教室の所有する浮遊有船『モジャコ』が、たくさんの新入生が見てる前で、ニシンの群れと戦うために上空へと舞い上がっていく。
凄まじいニシンの数に臆することなく撃退に向かうその雄姿は、戦艦のように頼もしい。
その内部で。
(おおお!? すごいんよ! ほんとに、生徒だけで飛ばしとるんよ!)
(なんていうか、戦艦の指揮所みたい!)
浮遊有船を飛ばしている生徒たちを見て、ぼくたちは興奮していた。
前にお空のヒッチハイクをしたときはずっとデッキにいたもんだから、こうやって艦橋にはいるのって初めてだしね。
高度を上げる船の各所に指示を出している艦橋は喧々囂々。
「機関室! 魔力薄いよ、もうちょっと出力挙げれないの!?」
艦橋で船の動力を監視している生徒が、伝声管に向かって叫ぶと、
『てやんでえ! これ以上上げたら、いざってときに魔力不足になっちまう! どうしてもって言うなら戦闘水準まで上げるけどよ。艦長! ほんとにいいのかぃ!?』
なんてべらんめえ口調の罵声が返ってくる。女の子の声ではあるんだけど、すごい圧力……。
そのあまりの剣幕に、やっぱり学生だけで船を飛ばすのには無理があるんじゃ……って思うんだけど、それをまとめあげるのがユーリアさん。
「ミミ機関長の言うとおりです。
フラウト一等航海士。いまの時点で戦闘水準まで上げる必要はありません。この出力のまま戦闘空域に向かいます」
「――ユーリア艦長! 扶翼のスタンバイ終了しました。いつでも出れます!」
「14:40に接敵します。それまで待機をお願いします」
(かぁっこいい!)
ウィルベルがはしゃぐのを見て、ユーリアさんがほほ笑む。
「今日は船員が少ない方よ? 普通の演習なら他の教室の子たちももっと相乗りするから、もっと賑やかになるんだから」
ユーリアさんはそう言うけど、
(いまでも充分多いんじゃ……)
というのも、いまこの船に乗り込んでいる生徒たちはアーニャ教室だけじゃなくて、他にも1つの教室の教師と生徒が乗り込んでそれぞれ与えられた役割をこなしているのだ。
ちなみに教師たちは、それぞれの専門分野の場所で指導にあたっているとのこと。
船のなかにいる見学者もぼくらだけじゃなく、艦橋だけでもぼくらの他に4人。みんな緊張した面持ちで、先輩と船の進路を眺めている。
「すごいね。これがレヴェンチカの演習……」
「うん。すごいんよ」
ぼくらに話しかけてきたのは、航空学部の新入生の女子。こちらはアーニャ教室ではなくて、相乗りしている教室の見学に来たらしい。
でも、航空学部って関係からか、その目は船長さんであるユーリアさんに釘付けだ。
その視線は熱っぽく、放っておくと百合の花に目覚めそう。
(百合の花って?)
(おおっと! ウィルベルはそういうのを知る必要はありません!)
さて、空に視線を戻すと、この空域を飛んでいる浮遊有船はモジャコの他に4隻。
これが今回のリトルコンクエストの当番に当たっている生徒たちってわけだ。
ちなみに全体の指揮をしているのも生徒の一人である。
艦橋にある魔法装置から声が響く。
『アーニャ教室はそのまま東の方向から。ライド教室はそこに停止。魔法による遠距離攻撃を中心に、必要に応じて右翼と左翼に遊軍を送る準備を』
今回の演習の旗艦は元勇者であるウーナ先生が担当する名門、ウーナ教室。
所有する浮遊有船のはひときわ大きな船で、さすが名門教室って感じ。
その旗艦からの指示にしたがって、4隻の浮遊有船がシステマチックに展開していく。
生徒とは思えないほどの見事な操船。まるで小魚を追い込むイルカのような連携で、飛来した大群を迎え撃つ。
浮遊有船の高度はずいぶんと高くなり、ニシンの群れがくっきりと見えはじめる。
「ふぉおおおお!!?」
近い! 多い! ど迫力! 一匹一匹は大したことないんだろうけど、その数がやばい。
モジャコの艦橋から見える景色は魚が9割、空が1割!
さっき、数百万の群れって言ったけど、実際に近づいてみると、もうひとつ桁が上に感じる。
ちなみに今回の目的は魚の全滅じゃなくて、あくまでも【撃退&捕獲】。
魚という名の通り、食用になるらしく、捕獲されたへリングはそのまま学生食堂に払い下げられたり、学園都市の港に卸され、塩漬けにされたりするらしい。
そこらへん、いたって普通のニシンの扱いだけど、この世界の漁業ってどんな危険作業なんだろう……。
それでもって、それが教室の運営費の一部に充てられるもんだから生徒たちもやる気満々だ。『他の教室に負けてらんねえ』みたいな気合が感じられる。
撃退のほうは、ある程度叩いて追い返せばいいらしいけど……それにしてもすごい数!
その大迫力を前にウィルベルが「ふぁあ……」と大きな口を上げる。もちろんその心は、
(あんなにいっぱいおるなんて……めっちゃウズウズするんよ!)
うちのご主人様ってば、戦闘民族すぎない!?
(む。そういうミカだって、おいしそうって思ってるんよ?)
仕方ないじゃん! だってニシンってクロマグロの獲物なんだから!
あーあ! あれ、全部食べれたらレベルが一気に上がるのに!
というのがぼくらの感想なわけなんだけど。
「ひぃ……」
隣の新入生が悲鳴を上げて、意識してかどうかは知らないけれど、ぎゅっとウィルベルの袖を掴む。
彼女だけじゃなくて、他の子たちも同様なのでこれが普通の感覚なのかな?
とはいえ、先輩たちは臆することなくへリングに対して接敵の準備を整えつつあるので、こういうのにも慣れていく必要があるのだろう。
高度は上がって外空ぎりぎり。
内空の穏やかな風のなかに、たまに外空の強い乱気流が吹きこむデンジャラスゾーンにはいる。やがて――
『中央。接敵しました!』
報告の通り、その中央で生徒たちの戦闘が開始される。
手順はというと、まずは船からの魔法による遠距離攻撃。その後、勇者候補生らしい生徒を中心にラムジュートボードに乗って、何人かが切り込んでいく。
勇者候補生じゃない生徒たちも見受けられるけど――
「あれが扶翼って役割よ」
ユーリアさんが教えてくれる。
いわく、扶翼の言葉の意味は『力をそえて助けること』。
そこから転じて、勇者を助ける戦士たちを扶翼と呼ぶのだそう。
将来、戦士ギルドの主力になる生徒や、騎士、将官――いわゆる荒事担当の生徒たちが担っているとのこと。でも――
(こうやって改めて見ると、勇者候補生って化け物みたいな強さしてるね)
(せやねえ)
レヴェンチカの生徒だけあって、扶翼の人たちの動きもすばらしい。
ベルメシオラの近衛兵だったあの2人よりも良い動きをしているように見える。
でも、それすらも霞ませるかのように、さらに遥か上をゆくのが勇者候補生。
単体での戦闘力も他の子と比べて隔絶してるんだけど、戦場を支配する王様のような圧倒的な戦術眼もすごい。
いくつかの集団で手分けして迎撃にあたっているんだけど、彼が率いる一団だけは、まるで一個の生物のようにへリングたちを仕留め、吹き散らしていく。
そしてヘリングたちが魔力を失って無抵抗になったところを、浮遊有船からの網でバサぁっと捕まえる。
「すごい! 強いっ!」
ウィルベルや他の新入生の目はその先頭を切って戦う勇者候補生に釘付けだ。
「あれは大学部3年生、次席のリシアス・クレイね」
すごいな。大学部の生徒というだけあって、クァイスちゃんよりも洗練された動きに見える。
「あれが大学部の人……」
それを聞いて、「オラ、ワックワクしてきたぞ」って言いたげなのが我がご主人様。
やめて。そういうのノーサンキューだから! ぼくはオレツエーなキャッキャウフフな学園ハーレム生活を希望するものであります!
(ミカったらまたそんなこと言うて。いざとなったらうちよりも喜んで突撃してくくせに。うち、知ってる。そういうのツンデレっていうんよ)
ぜんぜんちげえし!?
そんなぼくらのやりとりをよそに、アーニャ教室の船も戦闘準備にはいる。
艦橋がにわかに騒がしくなり――そしてユーリアさんが伝声管に向かって言う。
「さて第一陣、準備はいい? 機関室、ここからは戦闘水準よ!」
【マグロ豆知識】
クロマグロの追い込み漁といえば、イタリアはサルディーニャ島の『マッタンツァ』。
サルディーニャでは『ジーロ・トンノ』と呼ばれるマグロ祭りがおこなわれるほどにクロマグロが親しまれています。
そのなかのマグロ料理のコンテスト『ツナ・コンペティション』では2017年には市川晴夫シェフ(ミラノ在住)が優勝しました。
以前に書いたツナラマ・フェスティバルの赤穂弘樹選手といい、マグロを見ると日本人の血が騒ぐのでしょうか?