73.ニシン群来(くき)(☆)
「あら、ニア。先生たちと一緒ではなかったのね。後ろに連れているその子は?」
浮遊有船へと続くタラップの元、ユーリアさんが首をかしげた。
その視線の先はニアが引っ張り込んだぼくらである。
「はい、ユーリア先輩! リトルコンクエストの船内見学希望者であります!」
「見学?」「希望者?」
なんかいつのまにか、ぼくらはリトルコンクエストとかいうものの見学者希望者になっていたらしい。
っていうか、そろそろ誰かその『リトルコンクエスト』なるものが何かを教えてくんないかな? なんて思うんだけど、
「まあ! まあ! それは素晴らしいわ!」
ユーリアさんは「大歓迎!」と言わんばかりに思わず両手を叩いた。
ともあれ、ぼくらが首をかしげているのは気にしない方向であるらしい。
これはいかん。さっきからニアの強引さに流されっぱなしじゃないか。
なので、ぼくはカプっとニアの頭にかみついた。
「(あのさ、そろそろ何をお願いしようとしてるか教えてくんない? 見学希望者ってどゆこと?)」
「(むむ? もしかしてウィルベルさんは、すでに入る教室が決まっているでありますか?)」
「(それはまだやけど……)」
ニアと出会ったのって、勧誘から逃げてたときのことだしね。
「(それならばちょうどいいでありますよ! ――っと)」
ニアが言葉を切って、ウィルベルの向こう――ぼくたちの後ろに視線を向けた。
? なんだろな?
ウィルベルはニアを見たまま、ぼくだけが振り返る。そして視界を共有。
なんだかんだ言って、こうやって感覚を共有するのはもはや慣れたもんである。
(なんだろ、あの団体さん)
わいわいとやってきたのは10人くらいの生徒たちだった。
リボンやネクタイを見てみると色とりどり。色んな学部やコースの生徒たちが入り混じっているようだ。
あれ? でも先頭にいるちっちゃい子だけ制服とは違う服を着てる。なんでだろ? 高校生に見えないから、船を見学にしにきただけの中等部の学生とか?
そんなことを思っていると、先頭の女性に対してユーリアさんが優雅に挨拶をする。
「あら、アーニャ先生おかえりなさい。勧誘はいかがでしたか?」
「う……。ユーリア、あなたはいつも意地悪なことを聞きますね。ここに新入生がいないことから察してくださいよ」
アーニャ? 先生?
ぼくは先生と呼ばれた女の子をじーっと見た。
ちっこくて可愛らしい。
ニアと同じ種族らしく頭にはネコミミがついているけど、動物で例えるならハムスターみたいな感じ?
びしっとしたスーツに身を包んでいるけれど、童顔すぎてコスプレみたい。そしてぺちゃぱい。チンチクリンさで言うと、小柄なニアよりさらに小さい。
「ええええ!? 一番手前のちんちくりんがが先生なの!? 中学生教師がいるなんてはんぱねえな。レヴェンチカ」
「ちゅ、中学生じゃありません! これでも立派な大人ですよ!? クロマグロさんの目は腐ってるんじゃないですか!?」
でも、ぷくーっと頬を膨らませるその様子は小学生と言っても通じる幼さである。
「先生、そんなことより!」
そんなアーニャ先生の抗議をぶったぎったのは、その後ろにいた赤毛の女子生徒だった。
向こうのほうにある時計を指で示すと「急いで、急いで」と急かす。
「ああ、そうでした。こんなことしてる場合じゃなかったんでした。ユーリア、リトルコンクエストの準備は?」
「もちろん、すぐにでも出れますよ」
準備って、どういう準備?
ぼくらが尋ねようとするよりも早く、
カーンカーン
またしても湾港に騒々(そうぞう)しく響きわたったのは、甲高い鐘の音だった。それと同時にマシロの声が学園全体に対して発せられる。
『予定通り群れが来襲しました。これよりリトルコンクエストを発令します。当番の教室は迎撃に当たってくださいね! よろしくお願いします』
迎撃!? 当番!? え、この学園、物騒過ぎない? っていうか、迎撃って何から――
「ミカ、あれ!」
ウィルベルが指さしたのは空の向こう。飛来してきたのは銀色に輝く魔獣の群れ!
「レヴェンチカは魔力が濃い島だから、こうやって定期的に魚類や魔獣がやってくるのよ」
教えてくれたのはユーリアさん。
いわく、浮遊有船を駆って、来襲してきた魚類や魔獣を撃退するのが簡易征伐演習。
赤毛の少女が双眼鏡をのぞきながら、アーニャ先生に告げる。
「今回の目標は例年通り、春告ヘリングです。先生」
……ヘリング?
どこかで聞いたような気が….?
ぼくはじっと空を見た。その群れを構成するのは、ドラゴンみたいなびっくり生物ではなくて、例の如く空飛ぶ海の仲間たち。
ヘリング……どっかで聞いたような気がするけど、なんだっけ? まだまだ遠いからクロマグロなぼくの視力じゃ見るのはちょっときつい。
(ちょっと太った感じの可愛い魚なんよ?)
(え!? ウィルベルってばこの距離で見えてるの!?)
なにこの野性児、視力も半端ないんだけど。なのでウィルベルの視覚にちょっとお邪魔することにする。
大きさは平均約30センチ。背側は青黒色、腹側は銀白色。細長いといえば細長いけれど、どこか平べったい愛らしさ。
むむむ。あれはマグロ・グランドフィーバーでもおなじみだったお魚さん。その正体は――
「鯡だーっ!!」
ニシン。英名でへリング。学名『クルペア・パラスィイ』。日本では春とともに回遊してくるので、別名『春告魚』とも。
なるほど。入学式典直後の飛来してくる魚としては申し分ない海の仲間である。やってきたのは海じゃなくて空だけど。
ウィルベル曰く、春告ヘリングは脅威度Dランクのお魚さん。だけど――
「うわ……すごい数」
その数、数百万匹! あまりの数に空が真っ白に染まってるんだけど!
それを見て、アーニャ先生が船内へと続くタラップへと向かいながら、自分の教室の生徒に檄を飛ばす。
「よーっし! それではみなさん! 新入生にいいとこ見せるチャンスです! 他の教室に負けていられませんよ。がんばりましょう!」
よく見ると、出発準備をしているのはアーニャ教室だけではない。
他にも桟橋から離れて魚の群れへと向かう船が数隻。
「新入生にいいところ見せるチャンスって? ――ああ、そういえば」
丘のほうを見る。
さっき丘の上にたくさんの人がいるって言ったけど、制服がまだ着こなせていないところを見ると、そのほとんどが新入生っぽい感じ。
ミーハーな視線もあるけれど、そのほとんどが超真面目。
なるほど。このリトルコンクエストっていうのは、教室の勧誘的な意味で恰好のデモンストレーションってわけだ。
「おおー!」
アーニャ先生の掛け声に鬨の声をあげ、ずだだだと船内に駆けていくアーニャ教室の面々。
「ごめんなさいね。騒がしい教室で」
ユーリアさんもぼくらに告げて、モジャコに乗り込んでいく。
そして、ぽつーんと残されたのはぼくとニア。
そのニアに、ぼくはじとーっとした目を向けた。
「で、そろそろお願いっていうのが何か聞かせてくんない?」
「はい。お願いというのはですね――かくかくしかじか」
「まるまるうまうまって……ええええ!?」
ニアから聞かされたお願いとは、ぼくらが思いもしないものであった。
【マグロじゃない豆知識】
鰊群来
かつて1900年ごろ、明治末期から大正期にかけて、北海道ではニシン漁が盛んでした。
(有名なマンガだと、ゴールデンカムイでも描写がありましたね)
その当時は100万トン近い漁獲高を誇り、逆に言うとそれだけのニシンが群れをなして押し寄せていました。
ニシンの重さは平均で一匹200g程度なので、5,000,000,000匹くらいが漁獲されてたってことなるんですかね?
ちなみに、このときにニシンの産卵・放精によって海の色が乳白色になった現象を『群来』と呼びます。
【つまり、作中で空が白くなっているのは精子の色です】
一時期はニシンの数が激減していましたが、最近は回復傾向らしく、小樽なんかで鰊群来を見ることができるそうです。
精子で空を白くするのは
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> マグロでホームランだけ! <
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