72.その船の名はモジャコ(★)
「手伝いって言われても……。何すればいいの?」
「説明している暇はないであります!」
ぼくらはニアに手をぐいぐいと引っ張られて西の方へ向かっていた。
歩いているのは、緑豊かな遊歩道。
ランニングとかしたらきっと気持ちいいだろうな! って美しさ。
とはいえ、いまは通りにはたくさんの新入生がいる。さっきアナウンスされたリトルコンクエスト? とかってやつのせいで、みんな同じ方向へ向かっているのかな?
うーっぷす。混雑しすぎぃ! こんなの、普通に並んでたら30分なんてあっという間だよ……。
「すいませーん、どいてくださいでありますー!」
ニアはなんとか強硬突破しようとしてるみたいだけど、凄まじい混雑っぷり。
サイレン鳴らした救急車ですら通るのが無理なレベルである。なので、
「ミカ」
「おうともさ」
ウィルベルがぶんぶんとジャイアントスイングでぼくを振り回し、空に向かってぼくを投擲!
スキル『滑空』発動! &ウィルベルがニアを抱えてライドオン!
高所恐怖症だというニアのために、みんなの頭スレスレ低空をゆっくりと漂いながら西へと向かう。
でも、やっぱり風はあんまりなくて、速度はランニングより少し速いくらい。
「ひぃ……。ウィルベルは空を飛ぶのが上手でありますね」
この高さでも怖いらしく、ニアがウィルベルにぎゅっと抱き着く。いったいどっちが先輩なんだか……。
「このまま道なりでいいの?」
「はい。お願いしますであります」
場所はセレクションのときに、ぼくがマシロに拉致された付近。
あのときは丘の向こうに会場がなかったらどうしよう、なんて思ってたわけだけど、今日はニアという道案内がいるから気楽なもの。
ふよふよと漂いながら、丘のほうへ向かう。
あの丘の向こうにはなにがあるんだろうね? 聞こうにも、ニアは高いところが怖くて目を瞑ってガクガクしてるし。
そうしてさらに飛ぶこと5分くらい。丘のうえにたどり着いたぼくらが見たものは、
「おおおお?」
ウィルベルが思わず声をあげる。
丘から見下ろすように見えたのは島の端っこ――湾口状になった切り立った崖と、その断面に並ぶ船の停泊場。そして大桟橋!
前にグランカティオが停泊していた桟橋がお客さん用だとしたら、こっちは裏口って感じ?
ちょっと雑多な感じはするんだけど、それが逆にいい味をだしている。
それになによりぼくたちの目をひきつけたのは、そこには居並ぶ無数の浮遊有船。
「す、すごい数の船なんよ……」
その数なんと100以上! しかも、前にキスリップクラーケンに襲われていたような小さなやつじゃなくて、外空にまで飛んで行けそうな大きな船!
さすがのぼくも金魚のように口をパクパクと開けてしまう。
はっきり言って、アホみたいな数の浮遊有船が、ずらりと並ぶ光景は壮観と言うしかなかった。
ウィルベルが島の向こうから流れてくる風を気持ちよさそうに受けて、目を細める。
「すごい光景なんよ! こんなにたくさんの大型船を見たの初めてかも! ニアさん、レヴェンチカってこんなにいっぱい船長さんを雇っとるんです?」
ウィルベルの問いに、ニアは目を瞑ったままぶんぶんと首を横に振り、「雇っているわけではないであります!」と答えてくれた。
「ええ!? じゃあ、あれ乗り手なしの全部張り子の虎ってこと!? うわー、もったいない!」
ぼくが驚いて言うと、ニアがまたしても「違うであります」とぶんぶんと首を横に振った。
「ミカ、見て見て! 船の付近にいっぱい人がおるんよ」
「ほんとだ! でも……行き来しているのは大人じゃなくて、生徒っぽい感じ……? ってことはもしかして?」
「はい。あの船を操るのは全てわたしたちレヴェンチカの生徒なのであります! 船長さんは雇われているのではなくて、わたしたち生徒の仕事なのであります!」
「生徒があんなに大きい船を!?」
ニアは「ハイであります」とうなずいて、船のことを説明してくれた。
なんでも、レヴェンチカの生徒たち――教室に課せられる演習と言うのは世界中を飛び回るものなんだって。
――その名も、通称『クエスト』。
依頼主は国家であったり、女神マシロだったり、島に祀られている大精霊だったり。
クエストの内容も多種多彩。騎士団では手が出ない魔獣の討伐や、飢饉の際の物資輸送。あるいは治水の指導などの技術支援までするのだという。
「そのクエストの移動手段となるのが、あのたくさんの船というわけなのであります!」
すげーな、レヴェンチカ。学校の実習ってレベルじゃねーぞ。
――そして同時に腑に落ちる。
(なるほど。だからみんな、あんなに必死だったんだね)
(せやね)
生徒たちがあれだけ必死だったのは、なにもコネづくりのためだけってわけじゃない。これからの学園生活でともに命をかけて世界を飛び回る、文字通りの命を預けるに足る仲間と師に出会うということ。
教室を選ぶっていうのは、つまりそういうことなのだ。
「おっと。ここまでで大丈夫でありますよ。ありがとうでありますっ!」
と、ここでようやく桟橋の元へとたどり着き、ニアがひょいっとその上に飛び降りる。
新入生たちの群れは桟橋の手前でストップしているので、ここからは自分の足で、ってことなんだろう。
そして停泊している船に向かって、ぼくらを引きずりながらダダダとダッシュ。
桟橋のすぐ脇は奈落の空なんだけど、それは大丈夫なんだろうか……。
「ユーリアせんぱーい。船長ぅー! きゃぷてーん! まだ間に合うでありますか!?」
ニアが向かう先――その船は、まだタラップを用意して待っていてくれた。
「あれがニアさんの?」
「はいであります、あれがわたしたちの――アーニャ教室の船『モジャコ』なのであります」
ウィルベルの問いにニアがうなずく。
桟橋に停泊している浮遊有船のなかでは小型なほうだけど、それでも外空を飛ぶ船のなかでも中の上くらいに入る大きさ。
だいたい遠洋用のマグロ漁船くらいの大きさって言えばわかりやすい?
大きいながらもしゅっとしたシルエット。
船体を構成する材質が独特で金色の縦縞を持っているようにも見えるのがちょっと面白いかも?
魚で例えるならブリの稚魚!
(やっぱりレヴェンチカってすごいんやね。生徒だけでこんなのを動かすなんて!)
ウィルベルが思わず「はえー」とため息を漏らす。
田舎の人間からしてみれば想像もできない、高度に恵まれた学習環境。それがレヴェンチカなのだ。
そのモジャコの手前、深窓の令嬢のような落ち着きをもって佇んでいるのがニアいわく、ユーリア先輩。
ちょっと紫がかったシルバーブロンドは美しいウェーブがかかり、モデルのような8頭身。たたずむ姿はそれだけで絵画を見ているよう。
動物で例えるならば白いラブラドールレトリバーって感じ。どこかの王女様って言われても「やっぱり?」って気品のある優しげな美人さんである。
ユーリアさんはニアの「間に合うか」の問いに対し、ハンドサインで『ノープロブレム』とのご返答。
よかったよかった。出港に間に合わずに取り残されて新入生たちの晒し者になってプークスクスって笑われる可哀そうな女の子が出なくて!
じゃあ、ぼくたちはこれで――
「待つであります! お願いはここからなのであります!」
立ち去ろうとしたところで、がしっとつかまれた。