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71.猫とマグロ

 ――猫人(ネコサント)

 この浮遊世界には、いわゆる人間以外にも複数の人類が存在するという。


 猫耳をつけた背の低い人種もそのうちのひとつ。小柄だけど俊敏しゅんびん。ちょっとオツムは足りないけど好奇心旺盛で、でもヘタレ。


 ニアと名乗った高等部の2年生は軽くぼくらに軽く自己紹介をすると、落下の衝撃で壊れたラムジュートボードを盾にするよう、ウィルベルの顔を見上げた。


「あうあう。新品のボードが割れちゃったであります……」


「だ、だいじょぶなんよ?」


 その反応に、犬のお巡りさんのごとくアタフタする我がご主人さま。いったいどっちが先輩なんだろね?


 でも――。


 チラッ チラッ。


「うひぃっ!!」


 たまにこっちを見る視線は、獲物を狙うドラ猫そのもの。

 ぼくの魅惑(みわく)のボディに釘付けである。猫な人だからね。仕方ないね。

 油断したら(かじ)られそうで怖いんだけど。


「ところでなんで自殺なんて……?」


「自殺じゃないであります! 飛行の練習であります!」


 おびえるぼくをさておいて、ウィルベルが尋ねると、ニアは否定するようにブンブンと首を横に振った。


「練習?」


「そうであります! 実は――」 


 かくかくしかじか。まるまるうまうま。


 ニアの言葉を要約するとこんな感じ。


 レヴェンチカには政治部とかの他にも荒事(あらごと)担当の課程(コース)があって、そちらでは今年から空中戦――ラムジュートボードによる飛行が必須科目になったらしい。


 と、ここで問題発生。ニアは重度の高所恐怖症。ラムジュートボードを乗りこなすどころか飛ぶこともままならぬ! とのこと。


 えー……猫なのに高所恐怖症なの? って思わなくもないけれど、このままじゃ新学年早々、留年危機!


 こいつはやべえ、ということで思い切って、命をかけて特訓のために飛び降り(フライハイ)

 ちなみに靴を揃えていたのは、新品のラムジュートボードを汚すのが嫌だったから、とのこと。


「はえー……」


 話を聞いたウィルベルが、なんとも言えない表情を浮かべる。


 ウィルベルにその気持ちがわからないのは仕方ない。


 だって、うちのご主人様ってば、お空の上でイカと戦ったり、外空をヒッチハイクしたりした恐怖知らずの空飛ぶ脳筋ゴリラだもんね。高所恐怖症を理解しろというほうが難しいのだろう。


 っていうかこの(ニア)、アグレッシブどころか無謀すぎない?


 ぼくが助けに入らなかったらホントで死んでたんだけど。命の価値なんて人それぞれかもしんないけどさ。


(ミカってばドライすぎん?)


 ウィルベルが思念で伝えてくるけど。だって、ぼくマグロだし。


 ちっこい脳みそに、他人に同情するような余計なリソースなんてナッシング!

 だいたい、マグロは生鮮食品なのでクールなものなのである。輸送時の温度的な意味で。


「にゃあああ! このままじゃ留年であります!」


 ズーンと肩を落としていたニアが、絶叫して頭を抱える。

 そんなニアにウィルベルが声をかける。


「げ、元気出して! うちらに出来ることなら何でも協力するから!」


 あーあ、ウィルベルってば安直にそんなこと言っちゃって!

 ぼく知ってる。こういうことばっか言ってると、将来困ったことになっちゃうんだ!


 それに、ぼくらもいつまでもここでニアに付き合ってるわけにはいかない。


(ウィルベル、そろそろ教室探しにいかないと)


 そう。ぼくらはキャッキャウフフな青春に向けて、教室を選ばなきゃいけないのだ!


(でも……)


(ほらほら時間は待ってはくれないよ!)


 渋るウィルベル。背中を押すぼく。


 ――とそのとき、カーンカーンと講堂の天辺にある時計台の鐘の音が鳴り響き、それと同時にマシロの声が学園全体に響き渡る。


『お知らせします。これから30分後にリトルコンクエストを発令します。担当の教室は準備をよろしくお願いします』


 そのアナウンスを聞いて、ぼくらは首を傾げる。


「リトル」「コンクエスト?」


 ってなんだろね? 大通りのほうを見ると、新入生たちも結構な人数が西の方に移動し始めてるっぽいけど?


「あ、あわわ! もう、リトルコンクエストが始まるでありますかっ!!」


 ニアのほうはやけに慌ててるけど、ほんとになんだろね?


「なんかよくわかんないけど、行ってみる?」


「そうしよか」


 なんてミーハーな心持ちで、ぼくらも集団についていこうとして――


「待ってください、であります!」


 ガシッと手を掴まれた。

 手を掴んだのはもちろんニア。荒事担当の課程(コース)に在籍してるっていうだけあって、そんじょそこらの男よりも力強い握力。


 彼女はすがるような目で、ぼくらを見た。


「……ウィルベルさん。さっき、やれることならなんでも協力してくれるって言ったでありますよね?」


 ……フラグ回収早すぎない?

【マグロ豆知識】

江戸時代のクロマグロといえば『猫またぎ』――すなわち不味い魚とも呼ばれ、特にトロの部分は捨てられていました。

というのが流布されてますが、実は正しくありません(・・・・・・・・)


詳細は豆知識補足に書きますが

1.天保時代にマグロ漁の事情が変わり、大量に採れるようになった。この頃に江戸で猫またぎと呼ばれるようになった。

2.江戸=江戸時代ではなく、あくまでも【地名としての】江戸だけの話。

3.腐りやすい=安価だっただけで、トロそのものは江戸庶民に親しまれた味。

4.以前に書きましたが、そもそもマグロにおける猫またぎの意味は『猫も食べ飽きるほど採れた魚』という意味。


というわけなので、この猫またぎという言葉。

クロマグロにとってはいわば『食べ飽きるほどに虐殺(ジェノサイド)された』という恐怖の称号なのです。


陸地におけるクロマグロの天敵が猫なのです。

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マグロ豆知識補足はこちら
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