70.選ばれし者よ。我を引き抜くがいい
「あばばばば!!!」
降下するぼく。目の前に迫る女の子!
あぶなーい。ぶつかるぅっ!!
だが、クロマグロを舐めてはいけない!
クロマグロの反射神経は人間の数十倍! 視界の悪い水中を、凄まじい速度で泳ぐため、非常に発達しているのである!!
「ふんぬぅっ!!」
慌てて背びれを最大限にオープン! 緊急回避!!
よし完璧! 避けきれ――
「にゃあ゛あ゛あ゛あ゛! 落ちるでありまーす!?」
って、おおおおおい!?
この娘、飛ぶの下手すぎぃぃぃっ!! ぼくと関係ないところで普通に失速してるんだけど!?
というのも、ラムジュートボードは前面に開いた穴から取り込んだ風圧によって推力を得るので、前進しながら乗らなきゃいけない。
……なんだけど、この娘ってば真上から押し付けるようにして乗ってるもんだから、普通に墜落してるんだけどぉっ!?
ええい。仕方ない! ぶつかるのをギリギリで回避したその速度のまま、クッションになるようにその下へ潜り込む!
ずどぉぉぉん。
「あばー!」
結果。ぼくは速度を緩めなかった代償として、地面に頭からぐっさりと突き刺さっていた。
その姿はスケキヨそのものである。
そしてさらにその上に、落下した女の子の体重がドーン!
「ぐえぇっ。ガチで口からネギトロが出そう」
なんて言ってる場合じゃない! 女の子の無事を確認するために、さっさと起き上がらないと!
ふん! ふん! じたばたじたばた。びたーんびたーん……。ぜーぜーはーはー……。
あっかーん。背中のトゲトゲ――小離鰭辺りまで地面に突き刺さちゃって、身動きが取れなーい!!
ハッ!? でもこれって、たぶん周囲から見たら、どこぞの岩に突き刺さった聖剣みたいな感じ?
ふはは、選ばれし者よ。我を抜くがいいぞ。
「はいはい。無事そうで良かったんよ」
呆れながら、片手でずぼっと抜いてくれたのは我がご主人さま。
んもう! そこはそれらしく両手で捧げ持ってほしかったな。うーん。10秒ぶりの太陽の光が眩しいぜ。
「って……あれ?」
よく考えたら、あの速度で落下したぼくを10秒後に引き抜くウィルベルって時間法則的におかしくない?
それに見上げた校舎の壁に足跡があるんだけど……さっきまであんなのあったっけ?
その答えは自信満々なご主人様が教えてくれた。
「ふふふ。壁を駆け下りてきたんよ!」
得意げに言うけど、これ6階建ての校舎だよ!?
うちのご主人様が筋肉ゴリラなのは今に始まったことじゃないからいいけど、人間辞めすぎじゃない!?
「それはともかく、さっきの女の子は?」
「だいじょぶ! 怪我はしとらんっぽいよ!」
ミカのおかげやね、と褒めてくれる我がご主人様。
その視線の先にはぼくらを背を向け、うつむく女の子。
まったくもう! 飛ぶ練習だったら練習だって言ってよね! 靴まで脱ぐから何かと思っちゃったじゃん!
そもそも、あんなに空飛ぶのがヘタなのに一人で練習しちゃいけません!! 屋上に飛行禁止って書いてたでしょ!!!
マグロ・グランドフィーバーでだって、初心者だったらまずは【ボラ】あたりで練習なんだからね!!
いきなりクロマグロで空を飛ぼうみたいな、無謀なことをしちゃいけません!! ゲームだったら運営に通報しちゃうところだから!?
「……。ボラ?」
ウィルベルが首をかしげるのでここで説明をば。
よく海の近くの河口でぴょーんって跳ねてる魚がいるけれど、たいていの場合、あれがボラ!
スズキとかブラックバスだと「バシュ」とか「バチャーン」みたいな跳び方だけど、ボラは「ぴょーん――ぱちゃ」って感じ。
初心者が空を飛ぶ練習にもってこいの愛され魚だったのだ。
ぼくはエビのようにプリプリしながら、女の子に文句を言ってやろうと近づき――
「にゃあ゛あ゛あ゛あ゛ん!! ボードが壊れちゃったでありまあああっす!!」
その前に、女の子は大粒の涙を見せて泣き始めた。っていうか、「にゃあ」ってそんな猫みたいな……。
(? そんなん言うても、あの子、猫人なんよ?)
ねこさんと?
ぼくはふとその頭を見て、その瞬間、ひきぃっと顔をひきつらせた。
少女の頭にあったものは――ぴょこんと立ったネコミミであった。
【マグロじゃない豆知識】
海の近くの河口にいる魚といえばボラ。
昔から日本人になじみのある魚として愛されてきました。
出世魚としても有名で(地域にもよりますが)
オボコ→イナッコ→スバシリ→イナ→ボラ→トドなど
どれくらい馴染みがあるかと言うと、それぞれの成長過程がいろんな言葉の語源になるほどです!
オボコ:『おぼこい』(可愛い様子)
イナ:『いなせ』(粋な様子)
トド:『とどのつまり』(これ以上大きくならないことから「行きつくところ」を意味する)