7.それくらいがちょうどいい。
「でやあああああ!!」
ぶーんっとすさまじい勢いで振り回されるぼくのマグロボディ。
びゃああああ! こわいいぃぃぃぃ!
ジェットコースターも真っ青の速度で地面が迫ってきて、体が地面に叩きつけられると同時に、ボコンと芝生がえぐられる。
ウィルベルはその反動をつかって、ぼくの肉体の重さを利用してクラーケンと打ち合おうと――
「ところがどっこい。ひょいっとな!」
全力で体を反らしたぼくの眼前を、クラーケンの触腕が過ぎていった。
ふう。ギリギリセーフ!
「ミカ、なにするんよ!?」
ぼくが身体をひねったせいで目測を誤ったウィルベルが抗議の声を上げる。
「『なにするんよ!?』はこっちのセリフ! ぼくはか弱いマグロだから! そういう乱暴なのはよくないと思います!」
以心伝心って素晴らしいね! どう振りたいっていうのが伝わってくるから、それに合わせて体をひねれば簡単に避けれるんだもん!
おっと。ぼくだって、もちろん逃げ惑ってるだけじゃないよ。
ちょこまか攻撃をしかけようと小イカをペシペシはたき倒してるんだからね。
でも、さすがにでっかいイカはノーサンキュー! 質量的に絶対に当たり負けしちゃうもん!
ぶーんぶーん。ひょいひょいっとな!
「あーん、もう! 勝手に動かんといてよ!」
「絶対にノゥ! マグロイジメ反対!」
「エギ!」「ギ!」「ぎー!」
ぼくらの言い争いを見て、クラーケンさんたち大爆笑。
くそったれえええ! イカごときがマグロ様を笑ってんじゃねえ! 天日干しにしてスルメにすっぞ、この野郎!
「きゃっきゃっ!」
さらには囚われていた幼女すらも大爆笑。あれ、幼女さんってば思ってたより余裕あるの?
そんな女の子を見て、ウィルベルが真剣な表情でぼくの頭を撫でる。
「ミカ。想像するんよ。うちらがやらんかったら、あの子はあの触手に無残な目に合わされるんよ。やから――」
「え、なにその薄い本みたいな展開。超見たい」
「……。」
「やめて! そんな目で見ないで!? ジョークだから。真黒ならではのブラックジョークだよ!?!?」
……ごほん。
ぼくらは改めてイカ軍団と向かいあう。
イカ軍団の狙いは完全にウィルベルに絞られたようだった。
「ぎぎぎ」
ぼくとウィルベルの意思疎通の不良をあざ笑うように、巨大イカが牙を打ち鳴らす。
むむむ。なんか上から目線っぽくてむかつく。
そんなぼくの心が伝わったのか、ウィルベルがふと首をかしげた。
「そういえば――ミカは怖くないんよ?」
「え、めっちゃ怖いんだけど?」
「その割にはずっと暢気やよ?」
そういやそうだ。なんとなくだけど、このキスリップ・クラーケンが、ぼくを刺身にして余りある力をもっているのがわかる。でもあんまり怖くない。
なぜって? 答えは簡単。
「なんだかんだ言って、ぼくはウィルベルの精霊なんだろね」
尻尾の付け根を持つ手から伝わってくる熱さが、ぼくの心を落ち着かせてくれるんだ。
どうしてマグロに転生したのか、とか、そもそも精霊ってなんぞや、っていう疑問はつきないけれど、いまわかっているのは、ぼくがウィルベルの精霊で、相棒だってこと!
「うちの精霊だから……なんよ?」
「うん。さっきはごめんね。ちょっとはしゃぎすぎた」
ぼくが素直に謝ると、ウィルベルは苦笑した。
「わかっとるんよ。急に召喚されたんやもん。しゃーないんよ。せやから怒っとらん」
「ほんと?」
「うそ。ほんとはちょっとだけイラっとした」
わーお。うちの主様は短気でいらっしゃる。
ウィルベルがぎゅっとぼくの尻尾の付け根をにぎって、改めてクラーケンと相対する。
ちょっといい話風にまとめようと思ったけど、第三者の目から見ると、とんでもなくおバカな光景である。
でも、たぶん。ぼくらにはそれくらいでちょうどいい。
「こっからが本番だ!」
それに――知っておられるだろうか。イカはマグロの餌なのである。
【マグロ豆知識】
マグロの語源は、背が黒くて真黒、または目が黒いから目黒、という説があります。
真黒、目黒の記述が出てくるのは江戸時代。
書物としては「本朝食鑑」。
鮪(この時代では鮪という漢字はシビと読みます)の小さいものを真黒(1.2-1.5m)、あるいは目鹿(60cm-90cm)とし、特に京阪地方では目鹿を目黒と呼ぶ、としています。
マグロの呼び名の語源は、真黒あるいは目黒とされていますが、どちらも同時期に出てくるのが興味深いところです。