69.気をつけて。マグロは急に止まれない。
「「「うおおおお!!! 補助金んんっっ!!!」」」
「うひぃっ!?」
暴徒のように迫りくる在学生たちに対し、ウィルベルの動きは早かった。
ぼくが悲鳴を飲み込んでいる間にも、
「とう!」
一瞬の迷いも見せず、空に向かってぼくを投擲&自分はジャンプ!
そしてぼくの上にランディング!
「ミカ!」
「おうともさ!」
滑空スキル発動! 風が弱いのでそんなに速度を出せないけれど、一時的な避難としては充分!
VRMMO『マグロ・グランドフィーバー』で鍛えたプレイヤースキルで、なんとか風を読んで安定した飛行状態を保つ。速度は時速5キロメートルなり。
懐かしいな。マグロ・グランドフィーバーではこうやって、鳥人間ならぬ鳥魚類コンテストとかいって、琵琶湖フィールドで他のプレイヤー――カツオやスズキたちと滑空による飛行距離を競ったものだっけ。
ふよふよと空中を漂いながら広場の様子を見下ろすと、逃げそこねた勇者候補生たちが、欲望にまみれた在校生に飲み込まれていた。
「うわぁ……」
「あれに巻き込まれなくてよかったんよ……」
空に逃げたぼくらを追う視線はあるけれど、それはどちらかというと空飛ぶマグロに対する好奇心。
ふよふよ。
なんとか視線すらも振り切りたいけど、滑空じゃこれが限度なんだよね。
ちなみに、いま余っているスキルポイントは1。
空中適性に振ったとしても、得られるのは浮遊とかいうスキル。
でも、ウィルベルという発射台が存在するので、浮遊なんてあってもしかたないんだよね。
それなら何かあったときのために、余裕をもたせておいたほうがいいし。
あーん、もう! 早くレベル上げたい!!
空中適正3で得られる空中遊泳も微妙だし。せめてもう3ポイントあれば、空中制動(小)ってスキルを得られるんだけどな。
「ところで、どこまで飛んでくの? 結局、教室選びはやらなきゃだし、いつまでも逃げてられないよ?」
「そやね。どこか人の少ないところ――あそこの屋上で降りよっか」
ウィルベルの指示したのは西の方にある校舎棟。広場みたいな落下防止柵に囲まれた屋上。
普段は賑わってそうな感じだけど、今日はみんな勧誘に駆り出されているのか人気はない。
「おっけー!」
ご注文のとおり、ふよふよと漂い、ふわりと華麗に屋上に降り立つ。
ふっ、着陸までの動きが完璧すぎて教科書にでも載りそうだぜ。
「ウィルベル、褒めて褒めて! ……って、ウィルベル、どしたの?」
「しっ」
ぼくに「しーっ」とジェスチャーして、ウィルベルが覗き込んでいるのは――給水塔のようなものが建っている物陰?
あ、柵に取り付けられたプレートに『飛行禁止』って書いてる。
(ねえ、ミカ。あの人、何をしてるんやと思う?)
ウィルベルと視界を共有すると、そこにいたのは一人の女子生徒。
何やら屋上の端っこのほうで何やらうつむいているけど、なにか抱えてるっぽい?
ぼくらが怪訝に思っていると、彼女は「うんしょ、うんしょ」と落下防止の柵を超えて――
あ。これどっかで見たことあるやつだ!
いじめ系のドラマで「それ以上近づいたら死んでやるんだから!」みたいな。
レヴェンチカでもイジメとかってあるのかな? だったらちょっとガッカリだな。
見てる間にも女子生徒は、靴を脱いで。揃えて。
飛び降り!
「って、おおぉぉぉいっ!?」
あまりにもスムーズかつ躊躇のない流れだったもんだから、止める暇すらなかったんだけど!?
ここ、6階建ての校舎の屋上だから! ファンタジー世界の住人でも死んじゃうやつだから!!!
「ミカ!」
「おうともさ!」
ぱっと柵を超えて校舎の縁に立つウィルベル。ビターンと跳ねて、その手元に吸い付くように納まるぼく。
さっきの女子生徒は――いた!! ただいま絶賛落下中!
ウィルベルがやり投げの要領でぼくを構え、思いっきり腕に力を入れて、
「いっけぇっ!!」
投擲!!
高度に余裕はない。でも、ギリギリ大丈夫! ぼくの飛行技術ならなんとか受け止めれる!
ぼくは落下する女子生徒を抱えあげるように姿勢を制御し――
「よっこいしょであります」
ひょい。
その瞬間、女子生徒は抱えていた何か――ラムジュートボードに足を乗せて、減速!!
「あんやだばー!?」
気をつけて。マグロは急に止まれない!!
はわわ! ぶつかるぅーーーー!!!
【マグロ豆知識】
海の鶏肉と書いてシーチキン。
ツナ缶=シーチキンというイメージがありますが、「シーチキン」ははごろもフーズの商標です(登録は1958年)。
前にも豆知識で書いた葱鮪といい、鶏肉とマグロには妙な縁がありますね。
そう考えると、やはりマグロは空を飛んでなんぼな気がします。
「飛べねえマグロはただのマグロさ……」by紅(赤身)のマグロ