68.勇者候補生が来たぞ
「おおお……。すごい数の人なんよ」
入り口の隙間から外の様子をうかがうと、講堂の外は教室の勧誘をする人であふれていた。
講堂から校舎へと続く、ピンク色に染まったサクラ並木の通り。
その両端には、何やら露店の屋台みたいなのがいっぱい並んでいて、縁日のにぎやかさを思わせる。
なんていうか、お祭り好きの日本人的な血が騒ぎ出す感じって言えばいいのかな?
屋台みたいって言っても、別にお菓子を売ってるわけじゃない。
自分たちの教室の実績をまとめたパンフレットを配布していたり、生徒同士による演武だとか。
そんな通りの中央では、ひとつひとつ吟味していこうっていう新入生と、さっさと奥の方へと向かいたい新入生が押し合いへし合いをしていて揉みくちゃ状態。
「うわ……。あんなところに出て行ったら、せっかくピンと切り口が立っている赤身だって、ネギトロみたくぐちゃぐちゃになっちゃいそう」
「そうは言うても、ここで待っとってもしゃーないんよ?」
「それはそうなんだけどさ」
「ほらほら、あきらめてさっさと行こ」
言いながら、ウィルベルが開けっ放しになった講堂の扉から、一歩を踏み出した瞬間だった。
――ざわっ。
講堂前の広場がざわめき、その場にいる人々の視線がいっせいに集まった。
「……え?」
なに、この視線の集まりっぷり。超気持ちいい!
気分は初競りのときのクロマグロ!
はい! みなさん。 3億円で落札してくれてもいいんだよ!
「……」
「……」
でも、初競りのマグロって言うにはちょっと不穏?
やっぱりマグロ担ぎ系女子って、この世界でも珍しい感じ?
でも、ぼくらを見るのは、どっちかっていうと鰹節を前にした猫みたいな、ギラギラとした殺気めいた視線。
ええ……なにこれ。
その答えは一番手前にいた、勧誘要員の在校生が教えてくれた。
「……勇者候補生だ」
おや? ウィルベル個人に興味があるわけではない?
と、ここでぼくは心当たりを思いつく。
「そういえばさっきリーセルが言ってたっけ。ははーん。なるほど」
「どういうことなんよ?」
「リーセルが言ってたでしょ。レヴェンチカっていうのは勇者育成のために様々な仕組みがあるって」
そして、そのうちのひとつに『勇者学部の生徒がいる教室には多額の補助金が出る』ってものがあったはず。
「そういえばそんな気も……」
レヴェンチカにある教室の数は1000。そして勇者候補生の数は、今年ならセレクションから7人。内部昇格で30人の一学年37人。
しかも、進級のたびに減っていくので高等部3年&大学部4年の7期合計で多くても150人程度!
さらに言うなら、リーセルやリンちゃんみたいなめぼしい生徒はすでに有名教室に抑えられているってわけ!
そしてさらにさらに。いまぼくらの後ろには、『そろそろ俺たちも教室探しに行くかな』って勇者候補生たちが行儀よく並んでいるのだ。
つまり――
「勇者候補生だ……」「勇者候補生がきたぞ……」「補助金よこせぇ……」
「ひっ……」
クァイスちゃんに対してすら一歩も引かなかったウィルベルが、思わず後ずさりをしてしまうほどの圧力。
「「「うちの教室に入りませんかぁぁぁぁぁっ!!!」」」
「うひーっ!?」
欲にまみれた雪崩が押し寄せてきた。
【マグロ豆知識】
クロマグロの初競りの最高値は2019年の3億3360万円(2019年4月現在)。
豊洲初のクロマグロの初競りで史上最高値をつけたことでニュースになりました。
ところで、初競りにかけられるクロマグロって青森県大間産のイメージがありますが、実はその選定基準は、売主(大卸問屋)さんがそのときに一番良いと目利きをしたものなんだそうです。
なので、たまに大間産以外のクロマグロが初競りにかけられることも。
過去の初競りを出身地を見てみると
(記録に残っているのが1999年以降)
1999年~2005年青森県大間
2006年長崎県壱岐
2007年~2010年青森県大間
2011年北海道戸井
2012年~2019年青森県大間
まさかの90%(19/21)以上が青森県の大間産!!
しかも戸井は漁場的には大間とほぼ同じなので……2006年の長崎ってすごいですね!
ちなみに日本で最初のクロマグロの初競りがおこなわれたのは江戸時代の三崎港(現在の神奈川県)。