67.入学式典が終わって(下)
「でも、なんであんなすごい勢いで走ってく必要があるわけ?」
ぼくの問いに答えてくれたのはリンちゃんだった。
「教室選びっていうのはそれくらい重要なの。所属する教室で今後の人生が大きく変わるから……。特に庶民出身の子たちは、ね」
「それって、教師の実力にばらつきがあるってこと?」
「それもあるけれど、どちらかといえば人脈というほうが大きいかしら? レヴェンチカの卒業生といえば勇者候補生以外の学部でも、各国の騎士団や官僚の幹部候補だから」
そのあたりの事情は異世界でも地球でも変わらんのね。
というか、それ以上のシビアな社会?
なんか話を聞いてると、大学レベルの授業ができる国ってけっこう少ないみたいだし。
そういや地球でも、アフリカなんかのほうでは自国に大学がない国ってあったよね。
「ちなみに定員に達し次第、募集は終了。生徒の目の色も変わるってわけね」
純粋に学力だけで進学してきた学生には庶民出身の子も多いらしい。
割と、って言っても庶民の割合は2割以下らしいけど。格差社会万歳である。
「じゃ、じゃあ……もしかしてうちも急いだほうがいい!?」
ウィルベルが慌てて腰を浮かせるけれど、リーセルは「慌てなくていいよ」とほほ笑む。
「オレたち勇者候補生は、定員を超えていてもほぼ無条件でどこでも歓迎してくれるんだ。レヴェンチカの本分は勇者を排出することだからね。そのあたりは徹底しているんだ。他にも例えば――」
かくかくしかじか。まるまるうまうま。
リーセルから聞いたところによると、勇者候補生が所属する教室には補助金が支給されたりするとか、色んな特典があるんだって。
「ところで、定員と関係ないからリーセルやリンちゃんはここに居残ってるの?」
ぼくが尋ねると、リーセルとリンちゃんが気まずそうに顔を反らした。
「あ……いや、オレたちは入る教室がもう決まってるから」
聞くと、リーセルはベルギス教室。リンちゃんはフリューゲル教室とかいう名門教室に所属することが決まっているとのこと。
ともに自国出身の教師が主宰している教室なのだという。
これが真のエリートか……。
一言でエリートって言っても、選んでもらうために走り回る程度の、いわば『普通のエリート』とは格が違うってやつだ。
周囲を見ると、他の勇者候補生たちも似たようなものらしい。みんながみんな、それぞれ知り合いやら隣の席に座った生徒と歓談している。
特に、中等部から内部昇格してきた子たちの真のエリートっぽさと来たら!
具体的にどれくらいエリートかというと、順位で言うのがわかりやすいかもしれない。
レヴェンチカには広報機関紙ってものがあって、全世界で発行されている。
そのなかで勇者候補生だけは各学年ごとに順位が付与されてるんだけど、セレクションで2番だったリンちゃんで32位。
内部昇格生が30人。セレクションからの入学生が7人。合計37人のなかの32番目。
要は内部昇格生のなかで最低順位の生徒ですらリンちゃんより上ってこと!
さすがのリンちゃんもセレクションのときの自信満々っぷりが消えて意気消沈してる気がする。
さすがにリーセルだけは3位だったけど、逆に言うとセレクションでダントツトップだったリーセルより上がまだ2人もいるのだ。
え? ウィルベルの順位?
見事に37位だよ! まったくもう! 言わせないでよ。恥ずかしい。
学力最低。魔法制御最低。たまにすごいパワーは出すけど安定してない=人々を守るのに向いてない=安心して見てられない。ということらしい。
そう言われちゃうとぐうの音も出ないね!
しかも、広報に記載されている順位の表記では『37.ウィルベル・フュンフ(モデラート/ピロモーテン)』なんて出身国&出身都市も併記されてるもんだから、なんか母国に申し訳ない気になってくる。
国家的には『モデラートなんて小国が勇者候補生を!?』くらいの慶事ではあるらしいけど。
ともかく、自分たちのしてきた努力と、周囲から認められているという自信。そして何よりも【いざというとき最終的には実力でどうにかできる】という自分自身に対する信頼。
そういうもんがぱっと見ただけでわかるエリート集団が勇者候補生たちなのである。
「オレはヴァン先生に師事したかったんだけどね」
「そんなこと言ったらわたくしだって……」
2人がちょっと愚痴るけれど、貴族とか王族っていうのも大変だなー。
ぼくがそんなことを思っていると、リンちゃんが首をかしげた。
「ヴァンと言ったら――ウィルベルさんはやっぱり推薦者のヴァン先生の教室に入るのかしら?」
「やっぱり、っていうことはそれが普通なの?」
「ええ。まあ」
ヴァンのおっさんのところは人気っぽいから、いろいろと不自由しなさそう?
でも、なんだかんだ言ってぼくらってば、ヴァンのおっさんがどういう人かってあんまし知らないしね。むしろ、見た目だけで判断したら……不安?
「うーん……。ミカはどう思う?」
「へ? ぼく? そんなの、ウィルベルの好きにすればいいんじゃないの?」
「むむ……。ミカってば他人事すぎん?」
だってぼくクロマグロだし。
餌さえ食べてりゃ幸せなご身分なので、そういうことには興味ナッシング!
人間ごとき煩悩に惑わされる存在とは格が違うのである!
とはいえ、せっかくご主人様が頼ってきてくれたのだ。
これは我が体内に豊富に蓄えられたDHAによって、迷える子羊を導く場面であろう。
「そだなー。ロリ巨乳な先生がいて、生徒も可愛い女の子がいっぱいで、マグロをちやほやしてくれるハーレムワンダーランドがいいな! ――ヤメテ!? 頭をギリギリってしないで!?」
「大声で何を言っとるんよ……」
呆れた様子のウィルベルが、握力でぼくを黙らせようとする。
だが! ここはあえて言わせてもらおう!
「学園生活にきゃっきゃうふふな青春と煩悩を求めて何が悪い!!」
ビバ! モラトリアム!
ぼくが求める学園生活とは、更衣室に間違って入ちゃってキャーエッチ! とか、廊下の曲がり角で女の子とぶつかってパイタッチ! とかそういうものなのである!
「煩悩に惑わされすぎとらん!?」
うるせえ! クロマグロは脳みそちっこいアホなので、本能=煩悩オンリーで生きてるんだい!
「そう! クロマグロの生き方とは煩悩そのものと見つけたり!
ひれ伏せ人間。ぼくこそは迷いを克服し、悟りを開いた超生命体であるぞ! ――あんやだばー!?」
ギリギリギリ。びたーんびたーん。ぴくぴく……。
ああ、三途の川の向こうで死んだおばあちゃん(日本人)が「ひさしぶりー」って手を振ってる。
でも、そっちに行くのはちょっと待っててね。
三途の川は淡水なので、海水魚なクロマグロには難易度が高いの。具体的に言うと、水中適正を上げたら会いに行くよ。
「ふー。死ぬかと思った」
というわけで、臨死体験から無事蘇生。
まったく。うちのご主人様ってば暴力的で困っちゃうよね。
「常識的なことを言うなら……そだね。とりあえずひと通り、見に行ってみたらいいんじゃない? 気に入るところがあるかもしれないし」
「それもそやね」
ぼくの意見に同意して、ウィルベルが「うーん」と一度背伸びをする。
講堂のなかはだいぶ人が減って、周囲の勇者候補生たちも「そろそろ行くかな」って感じに腰を浮かせたあたり。教室を探しに行くにはちょうどいいタイミングってやつだ。
「じゃあ、そろそろいくんよ。2人ともまた後で!」
ウィルベルはぼくを担いで立ち上がり、リーセル達に別れを告げ、講堂の外へと向かった。