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65.序章:アーニャ・ヨヨイヤセッセ(★)

2部に入る前に、ちょこっと教室選びの話が入ります。

なお、2部開始は93話からとなります。

※この話だけサブキャラ視点です。次回から主人公に戻ります。


オムレットマト(https://www.pixiv.net/member.php?id=14000684)様より学園編の表紙を描いて頂きました!

挿絵(By みてみん)





 レヴェンチカ。

 この浮遊世界における唯一神マシロが顕現(けんげん)し、住んでいる島の名であり、それと同時に島全体を敷地とする世界で唯一の勇者育成機関の名前でもある。


 ……と、それだけのものと勘違いしている者は多い。

 実際のところはちょっと違って、世界最高の名門学園という顔も持ち合わせている。

 確かに将来、勇者となるべく選ばれた候補生たちも生活をしているが、所属する生徒の大半はそうではないのだ。


 生徒数はすべての学科学部を合わせて(ひと)学年3000人。

 その学習科目は広く、また水準においても浮遊島世界の各国家が自国で行っている高等教育と比べると卓越している。

(そもそも高等教育の機関をもっていない国も多いが)


 魔術研究、浮遊有船(ふゆゆせん)を動かすための航空学、あるいは国土を守る騎士の士官課程まで。


 在籍期間は高校課程4年。大学課程4年の計8年間。

 高等部課程を卒業した後、大学部まで修了するのが1000人。さらにレヴェンチカに残って研究者としての実績を積み、『博士』の号まで得られるのは100人ほど。


 博士号とまではいかずとも、大学課程まで修了すれば、その後の人生は約束されていると言っていいだろう。


 士官課程であれば当たり前のように一国を率いる将に。

 航空学であれば、外空を移動できる高価で貴重な大型浮遊有船の船長に。

 政治学であれば外交大使やあるいは官僚に。


 ――とはいえ、その栄光が入学しただけで得られるものでないのも事実。

 高等部を修了した後、大学部への進学を諦め、帰国する者は70%近くもいるのだから。

 生徒たちは入学した時点で、すでに国家を背負っていく才能と自負と覚悟があり、ゆえに努力を欠かすことはない。


 それでもなお遥か高くそびえ立つ壁。それがレヴェンチカという場所なのである。


 ☆


 リーンゴーンと鈴の音色が鳴り響く。


「ひーん。みんな待ってくださーい」


 レヴェンチカに在籍する女性教師、アーニャは両手に荷物を満載にして、学園の中央棟から北棟に続く廊下を走っていた。


 窓からは、初春のやわらかい日差し。

 今日から学園生活を始める新入生たちを歓迎するように、春の訪れを告げる風も気持ちいい。


「アーニャ先生、しっかりしてくださいよ……」


 そんな絶好の入学式日和だというのに、呆れたような表情を浮かべるのはアーニャの生徒たち 

 アーニャ教室の面々。大学部高等部あわせて6人。


「みなさん冷たくないですか!?」


 生徒らは呆れたように言うだけで、誰もアーニャの荷物運びを手伝ってくれはしない。

 とはいっても、彼女らが意地悪なわけではない。彼女たちも同じように荷物を満載にしている。


 条件は一緒。

 客観的に見ればアーニャが生徒を頼ろうとするのが間違っているのだろう。


 でも、仕方ないじゃないの。

 アーニャくらいの身長だと、荷物のせいで前方が見えなくなってしまうのだから。


「ああ。どこかにわたしを手伝ってくれようという、心優しい生徒はないのでしょうか」


 わざとらしくアーニャがぼやいたところでカーンカーン、と鐘が鳴る。

 中央棟に設置された時計台の鐘の音だ。


「ああ、もう! このままじゃ間に合わなくなっちゃいますよ。

 アーニャ先生、さきに行ってます!」


 生徒たちは言って、各々荷物を持ち上げるとさっさと目的地のほうへと向かっていく。

 精霊を召喚しているだけあって、荷物を両手いっぱいに抱えているにも関わらず、その足取りは軽い。


「ま、待ってくださーい!」


 結果、一人だけ取り残されたアーニャは満載の荷物をもったまま右往左往してしまう。

 そして、彼らの姿が完全に見えなくなると、アーニャは「はあ……」と嘆息した。


「わたしに教師なんて向いていないんでしょうか」


 アーニャ・ヨヨイヤセッセ。

 肩書は学園都市レヴェンチカのいち教師。


 出身は『城の国』フェンブレン。種族は小柄だけど俊敏さが特徴の猫人(ネコサント)


 レヴェンチカの騎士過程(コース)を大学過程まで修了し、卒業。その後、教室運営の手伝いを5年経験。正式な教師となって歴は現在3年目。

 31歳、独身。彼氏いない歴=年齢。学業に身命を注いできた真面目なタイプ。


 現在はレヴェンチカの片隅でアーニャ教室と呼ばれる講座を開いており、まあ、それなりに慕われている自信はある。

 ちなみに公表されている教室の順位(ランキング)は1000教室中798番。

 ビリッケツとは言わないまでも、客観的に見ると優秀なほうではないだろう。


 その実態を知っているわけではないのだろうが、実家からは『教師なんてやめて帰ってきなさい』とかいう手紙が毎月のように届き、アーニャの心を折りにくる。

 いっそのこと、祖国に帰って騎士団に入ろうと思わなくもないが、


(そういう考えって、生徒たちに失礼ですよね)


 考え込むと萎えてしまいそうになる心を叱咤するように首を横に振る。

 そして顔をバシバシと叩いて気合を入れる。


「まったくもう! あの子たちは先生に対する敬意がなってないのです!」


 ちょっとだけ愚痴を言うと、ぐいっと腕をまくって荷物を抱え直し、アーニャも目的地に向かって歩き出す。


 アーニャが目指しているのは北棟のさらに北、サクラ並木の大きな通り。

 現在、入学式典が行われている大講堂へと続く大きな通りだ。


「おい、押すな押すな!」


「こっちは急いでいるんだ。さっさとどけ!」


 講堂へと向かう道はいつも人通りが少ないが、入学式典が執り行われている今日だけは別。


 レヴェンチカに存在する各教室の教師たちと、そこに在籍する生徒たちが、怒号と物理暴力による押し合いへし合いをしている光景が目の前にあった。


「う……」


 こんななかを荷物を持ったまま突っ込む?

 無理。絶対に無理。


(なんて言ってられないんですよねー……)


 去年だったら諦めていたかもしれないけれど、今年はそんなことを言ってられない。


「よし……」


 えいや、と気合を入れて特攻!


「すいません、とおしてくださーい! とおし――ええい! 肘で頭を叩かないでください!」


 そんなこんなをしながら、なんとか無理矢理に突破すること約10分。


「よ、ようやくたどり着いた……」


 ぼろぼろになりながらも、学園の事務部から指定された場所にたどり着くと、すでに生徒たちは荷物をほどき、準備にかかっていた。


「よしよし。頑張りましたね、アーニャちゃん」


 アーニャが荷物を降ろして「ふー」とため息をついていると、大学課程2年生の生徒が頭を撫でてくる。


 騎士過程(コース)を専攻している生徒で、赤髪の少女で、名をアミティという。

 実践演習では魔獣相手に切り込み隊長を務めることが多い。


 それを皮切りに、


「アーニャちゃん、よくできました。えらいえらい」


「一個くらい壊れてるかと思いましたけど、ちゃんとぜんぶ無事じゃないですか。すごいすごい」


「ええい、みなさん。いつも言っているでしょう。頭を撫でないでください!」


 ぷんぷん。と言わんばかりに頬を膨らませてみせる。


(まったくもう。この子たちってば、先生をなんだと思っているんでしょう!)


 アーニャの身長は低めの150センチ。栗毛がくりりんとしたくせ毛を三つ編みにしている。


 幼い顔だちも相まって中等部生に見間違われることすらある。

 一応、それをなんとかするためにビシっとしたスーツに身を包んでいるのだけれど、生徒たちいわく『コスプレにしか見えない』そう。


 こんなちんちくりんだから、生徒に舐められてしまうのだ。


(お父さん、お母さん。なんでわたしをもっとクールビューティに産んでくれなかったのですか!

 具体的に言うと、ククル学園長のような豹みたいなモデル体型がよかったです!)


 この場にいる生徒は合計4人。

 大学部3期生から高等部2期生まで。その年齢や所属学部は幅広い。


 このほかに演習の準備をしている生徒が4人。

 それがアーニャ教室。学園の末端になんとかぶらさがっている教室(ゼミナール)だ。


「アーニャ先生。落ち着いている暇はないですよ。

 さっさとノボリを持ってください!」


 悲鳴を上げるように言ったのは、アーニャ教室最年長の大学部4年生、魔導設備部の生徒。

 アーニャの持ってきた荷物のなかにあったノボリを取り出すと、手早く組み立ててハイっと渡してくる。


「ええ!? もう!?」


 アーニャが振り向くと、入学式が行われていた講堂から一際大きな拍手が聞こえてきた。

 入学式典の最後のあいさつが終わったらしい。


「……」

「……」


 アーニャ教室だけではなく、周囲にいた生徒や教師たちもぐっと息を呑む。

 この場にいる全員が見つめているのは講堂の扉。


 みながごくりとつばを飲み込むと同時、


「くるぞっ!」


 誰かが叫び、同時にばーんと講堂の出口が開け放たれる。

 現れたのは――大量の新入生!

 

「あ、あわわ……」


 レヴェンチカに在籍しているのは勇者候補生だけではない。

 魔道工学、科学、経済、政治学、航空、騎士その他もろもろ、ありとあらゆる学部が揃っている。


 そしてそれらすべての学部の学生の人数を足すと……1学年で3000人超!

 雪崩(なだれ)のようにやってくる新入生を迎え撃つは、レヴェンチカに教室を構える教師&在校生。


 慌てて生徒からノボリを受け取り、バッと一度風になびかせるように振るう。

 そこには『熱烈歓迎。アーニャ教室』という文字が。

 

「いいですか、アーニャ先生。今年、勧誘失敗したらうちの教室解散(・・)ですからね!? しゃきっとしてください!」


 レヴェンチカにおける教室の維持には10人以上の生徒が必要とされる。

 それ以下になった教室は問答無用で解散となってしまうのだ。

 

 そして、卒業して去っていった生徒がいるため、アーニャ教室の現在の在籍者数は8人(・・)


 つまり、アーニャたちはこの3000人のなかから、最低でも2人を勧誘せねばならないのだ!

 

 ヴァンのような有名人だとか、ベルギスといった超実績持ちな人気教室なら黙っていても生徒たちがやってくるが、アーニャのような辺境国出身の、大した実績もない教師にわざわざ師事しにくる生徒は少ない。


 なので、こうして必死に勧誘せねばならないのである。


「よ、よーし!」

 

 アーニャは気合を入れるために頬を叩いて、


 ――どどどど。


「……うひぃ」


 でも、向かってくる生徒たちの勢いに負けて、情けない悲鳴が漏れてしまう。


 新入生たちも必死だ。

 それはそうだろう。ここで培った縁がそのまま今後の栄達(えいたつ)につながるのだから。

 

 勇者候補生のような花形ならともかく、その他の学部の者はここが正念場。

 そのぎらぎらした殺気にあてられたアーニャは思わず後ずさりをしてしまう。

 

 どどどど。

 

「にゃあ゛あ゛あ゛あ゛ーッ!」


 教師と生徒と新入生の、仁義なき死闘が始まる。

※案外、知らない人も多いのですが、現実でも国際線のフェリーやタンカーの船長さんは、当たり前に年収2000万を超えるエリートです。

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