64.4章エピローグ3:強敵(とも)は静かに牙を研ぐ
今回はリーセル視点です
すでに合格が決まっている新入生に用意された席は、沈黙で支配されていた。
もちろん、いま目の前で繰り広げられた光景に対して、である。
「リーセル」
隣に座っているリンネが驚愕に目を見開きながら口を開く。
「あれは、いったい…………何なの?」
あれ、とはもちろんウィルベルのことだ。
この場にいる新入生の数は6人。この世界の同年齢の者のなかで、トップ6として選ばれた卓越した者たち。
その誰もが目の前の光景に目を奪われていた。
いまの光景はそれほどにありえなかった。その態度は至極当然なのだろう。
"普通ならば"。
リーセルは笑いたくなった。
目の前の光景に対して、腑に落ちているのはリーセルだけだろうか?
あるいはここにいないエリオやベルメシオラ、ギギはどう思っているんだろう。
「なに、だって?」
ありえなくなんかない。
あのグランカティオでの出来事を鑑みれば、リーセルとの最終試験を思い出してみれば、むしろあれこそが――
「見てわかるじゃないか。あれこそがウィルベルさ」
「リーセル……?」
リンネが異様なものを見る顔で、リーセルを凝視した。
その表情からは、セレクションのときにあれほどに溢れていた自信は消え失せていた。
さらにその隣では、別の入学予定者が心底ゾッとしたような口調でつぶやく。
「わ、わたしたちの競争相手は内部昇格生だけでなく、リーセルと……さらにあの娘が加わる……の?」
そのつぶやきを聞いたリーセルを除いた5人が、その意見に同意するような視線を向ける。
さもありなん。卒業時に勇者として認められるのは、最大でも5人の狭き門。
内部昇格で上がってくる者たちは例年なら30人。
ここにいる者たちはみな、学園の仲間であると同時にその枠を争うライバルでもあるのだ。
手ごわい競争相手が増えることは、自分たちが夢を諦めねばならないことを示している。
(だけど、それがどうしたというんだろう)
リーセルの胸中に湧きあがったのは純粋な思いだ。
(オレは……自分が最高の状態で、最高の状態のウィルベルさんに挑んでみたい)
そう思うのはおかしいのだろうか。
クァイス・バルハラーロは、いまのリーセルよりも遥かに強い。
そして、クァイスに勝利したウィルベルはさらに……。
だが、負ける確率が高いと知っていて、なお挑みたいと思うことは変なのだろうか?
そんなことを思っていると、リンネがリーセルの表情をうかがいながら、恐る恐る尋ねてきた。
「リーセル……あなた笑っているの?」
「笑っている? オレが?」
手で唇を触ってみると、確かに唇が笑みの形に歪んでいた。
(そうか、なるほど。オレは笑っているのか)
だから、リーセルは心のままに笑みを浮かべた。
「もちろん。――だって、楽しみなんだ。これから始まる学園生活が、とても」
同級生たちが打ちのめされるなかでたった一人。
リーセルだけは肉食動物のような獰猛な笑みを浮かべ、来たるべき学生生活に心を馳せた。
入学編、終了しました!
入学するだけでこんなに長くなってしまった拙作にお付き合いいただき、読者の皆様には本当に本当に感謝しております。
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