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57.炎の女

 世の中には不倶戴天(ふぐたいてん)の敵がいるという。

 性格、主義主張、身振り手振り、ありとあらゆるものが気に食わない相手。いわゆる『絶対に叩き潰すリスト』ってやつだ。

 ぼくたちはクァイスはろくに話したこともないけれど、あの子の『絶対に叩き潰すリスト』にウィルベルが入っていることは理解できた。


「……身の程を教えてあげるわ」


 クァイスの周囲に渦巻いていた炎が霧散した。

 代わりと言ってはなんだけど、クァイスが赤いオーラを纏う。


 炎を凝縮したかのような赤。炎の揺らめきすら見える気がする。

 上級精霊が本気になると、ああやって補正値が目に見えるらしい。

 

 その姿を見た瞬間、ぶわっとぼくの鱗が逆立った。

 

「っ! くるんよ――ぶげらっ!」


 声を上げた瞬間には、ウィルベルがぐるぐると回転しながら吹っ飛んでった!

 裏拳で殴られたからだ、とわかったのは、クァイスが観客に見せつけるように残心ざんしんをとったからに他ならない。


 つーっと冷や汗が額を流れていく気がした。

 ぼくにはクァイスの動きが……ぜんっぜん見えなかった。


「まったく。さっさと諦めればいいのに面倒な……」


 クァイスがぼやくけれど、ほんとに心の底からめんどくさいって思ってる声だ。

 それもそうだろう。ぼくらとクァイスの実力差はそれほどまでに開いているのだから。


 絶対に勝てない。


 リーセルの言っていたことは嘘じゃなかった。

 根性だとか、戦いの中で成長すればとかそういうレベルじゃないほどの差がぼくらとクァイスの間にはある。


 ウィルベルが吹っ飛んだ方向を見て、クァイスが言葉を投げかける。


「……まだやるの?」


「も、もちろん、まだやるんよ!」


 瓦礫から這い出してきたウィルベルが「あいたたた」と言いながら立ち上がる。


 クァイスはウィルベルが動き出すのを待ってくれてるようだった。

 さっきまでとは打って変わって、実力差を見せつける方向に転換したらしい。


 ぼくは地面を蹴って、浮遊しながらウィルベルの手元にもどり、改めて構えを――その瞬間に、ウィルベルの手の甲が叩かれた。


「ひぇ!?」


 いつのまに!?

 痛がる暇すら許さず、さらにクァイスの拳が間一髪で倒れ込んだウィルベルの頭の上を通過していく。


 あっかーん。なんとかご主人様を援護せねば!


「おにょれ! これでも喰らえ!」


 天空ツナアター……


「邪魔よ」


「げぶー」


 げしっと腹を蹴られて、すぽーんと吹っ飛んで円柱の表面にひびを入れるぼく。

 ぐえー。口からネギトロが出そう。


 そのまま、びたーんとウィルベルの上に重なるように落ちてしまう。


「ぐえー」


 ヒロインらしくないうめき声。

 ごめんよー。ぼくってば体重200キログラム。無防備なところに乗ると重いよね。


「ウィルベル、生きてる?」


「な、なんとか……」


 ひえー……強い。


 ほんと、手も足も出ないってまさにこのことだ。クロマグロに手足はないけど。

 こんな化け物に勝つとかいったいどうやったらいいんだろうね?

 

「……あのさぁ」


 言葉を発したのはクァイス。

 髪をかきあげながら、ぼくらを冷たい目で見下ろし、周りに聞こえない程度の声量で言う。


「殺さない程度に加減するのが難しいのよね。さっさと降参してくんない?」


「そんなんできん!」


 言って、ウィルベルがぶーんとぼくを投げつける。


 すっぽぬけたようにクァイスのはるか頭上を通り過ぎていって、見当違いのところに投げたように見えるけど、それは計算通り!

 ぼくは滑空スキルを使用。体をぐいっと動かして背後からクァイスに体当たり!


 必殺! マグロブーメラン!


 ぶっちゃけ、これは見破られてるって前提の攻撃だ。

 所詮は、体勢を崩して仕切り直しできればいいな、っていう程度の。


「あのね? わかってないようだから言っておくんだけど」


 でも、クァイスは一切動くことなく、ぼくの腹――だいたい大トロのあたり――を掴んで、ぴたっと止めた。


「わたしたち、本気でやってんのよ。夢とか憧れで遊びに来られると困るのよね」 


 びたーんと地面に叩きつけられる。

 ぐえー! ネギトロどころか大トロをリバースしちゃう!

 

「あ、遊びじゃないもん!」


「そういう口調が遊びだって言ってんのよ」


 立ち上がって距離をとろうとしたウィルベルの足を踏みつけて動きを止めると、腹に掌底を食らわせる。


 観客席から悲鳴があがった。

 まるでパチンコ玉のように吹っ飛ばされたウィルベルが円柱にぶちあたり、衝撃で崩れた円柱がガレキとなってその上に降りかかる。

 あーん! うちのご主人様が死んじゃった。つぎのご主人様見つけるのってどこで就職活動すればいいのかな!?

 

(ま、まだ生きとるんよ)


 がらりとがれきを押しのけて現れたウィルベルの頭からは血が流れ出していた。

 たぶん、どっかの骨も折れてるんじゃないかな……。


 ぼくは体を跳ねさせ宙を飛ぶと、滑空スキルでウィルベルの手に戻る。

 にしても、こんなシリアスなシーンで、クロマグロを片手に立ち上がるってすっごいシュールだよね。

 

 その様子を見て、クァイスが心底からうんざりするようにため息をついた。


「ねえ? わたしとあなたの差がどれくらいあるかわかってる?

 勇者になれるのは1学年で多くても5人。言っておいてあげると、こんなに強いわたしでも学年で3番手なの。

 ね? 悪いこと言わないわ。諦めなさいな。田舎でちやほやされているのがあなたにとって幸せよ? 学園に入学しても、勇者になんてなれないんだから」


 クァイスは「優しい先輩からの忠告よ」とうそぶくけれど、


「なれる!」


 即答である。

 その答えに、クァイスは苛立たしそうにまなざしをさらに険しくした。


「じゃあ、あなたに足りないものを3つ教えてあげる。

 まず才能。幼少時に学園に選ばれなかった時点で才能のカケラもないって言われてるの」

 

 言いながら指を立てる。さっきので一本。そしてもう一本。


「つぎに努力。いまのわたしとあなたの実力差を理解してる? その程度しか努力してこなかったやつが、努力してきたって言うとイラッとするの」

 

 そして最後の1本。


「最後に生まれもった立場を理解なさい。勇者っていうのは国家同士の調停や紛争の代行もおこなうから、絶対的に貴族の生まれが有利なのよ」


 なるほど。クァイスの背骨バックボーンはそれか。

 ぼくは「ふーん」とうなずいた。

 

「なんだ。勇者ってのはやっぱしエリートばっかなんだね」


「そっちの精霊は頭がいいみたいね。

 そうよ。あなたのようなクズがわたしたちと同じ学園に通おうだなんてそれだけで反吐へどが出るわ。

 勇者とは高貴なるもの。名誉のために人々を守り、勝利を称賛されるべきものなのよ」


 そんなクァイスに、ウィルベルが首を傾げた。


「クァイスちゃんは名誉のために勇者を目指しとるの?」


「そうよ。悪い?」


 カッコよく立たずむクァイスとは対照的に、ウィルベルは「あいたたた」と腰を叩きながら立ち上がった。おばさんくさーい!

 

 ぼくはクァイスに向かってうんうんと頷いた。


「クァイスちゃんの言うことも、わからなくはないかな。

 やっぱり勇者っていうのは人類の希望であるべきだし、だったらカッコよくあるべきってのも一つの正解であるとは思うよ」


 それって別に不正解ってわけじゃないと思うんだよね。

 特殊な血統や恵まれた環境での努力、圧倒的な才能に憧れるのも人間として当たり前のことだ。

 

「――でも、うちのご主人様の考えはちょっと違うかな?」

 

「うちが思う順番は――人を守るために戦う、みんなの希望になる。だから勇者と呼ばれる。こうなんよ!」

 

 勇者って呼ばれるのは結果であって、手段であるべきじゃない。

 そういう考えだってあって然るべきだ。


「ああ、そう。あなたはそう思うのね。でも、あなたはここでわたしにボロキレのようにされる。残念、不合格! せっかくここまできたのにね!」


 とどめをさすために、クァイスが歩を進める。

 対抗しようとふらふらと立ち上がるウィルベル。

 

 次の攻撃をくらったら、もう立ち上がれないかもしれない。

 そんな絶望的な状況に真っ向から挑もうとしたちょうどそのときだった。


「ウィルベル!」


 そんな声が聞こえた。

 ウィルベルが声の方向を見ると、


「……ルセル、ちゃん?」


 そこには泣きそうな顔の金髪ツインロール――ルセルちゃんがいた。


【マグロ豆知識】

サケや鯉のような鱗は円鱗(棘がなく円形をした鱗)。

マグロのような鱗は櫛鱗((とげ)があり櫛形(くしがた)になった鱗)といいます。

(ぱっと見ではわかりませんが、ほおや背びれ,尾びれの付け根等に鱗があるのです)


面白いのはヒラメやカレイで、有眼側(眼のあるほうの体側)が櫛鱗、無眼側(眼のないほうの体側)が円鱗になっています。

だからヒラメやカレイを触ってみると有眼側はザラザラ、無眼側はヌルヌルした手触りなんですね。


さあ、本当かどうか確かめるためにお魚屋さんへGO!

(ちゃんと購入してから触りましょう)

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