55.誰がための
「うわぁ……ほんとにすっごい人なんよ……」
ぼくらがコロシアムに現れると、観客の皆さんから大きな歓声があがる。
同時に質量をもったかのような視線がビシビシと突き刺さってくる。
こんなたくさんの人の視線を受けるのって初めてかも。
コロシアムには障害物としてだろう、コンクリートのような素材でできた円柱が立っている。
高さはバラバラ、2メートルから5メートル。
素材もコンクリートみたいって言ったけど、金属っぽいものが混じっていたりしてバラバラだ。
これをどう使うかが勝負の分かれ目だろうな。
「せやなぁ」
前だったら怖気づいていたかもしれないけど、でもいまのウィルベルは堂々と指定された位置まで歩いていく。
観客の人たちからは「……マグロ?」「え、魚屋さん?」「あの輝きは……キハダマグロ!」とかってどよめきの声も聞こえるけど、恥ずべきことなんにもない。手を振って声援に応える余裕すらあるくらいだ。
びたんびたん。はろー! みんなのアイドル、クロマグロだよ!
ちなみに日本における、クロマグロの解体ショーを見たことある人の割合はなんと45パーセント!
アイドルやイルカのショーよりもメジャーで大人気なのだ!
……というか、キハダマグロと間違ったのはどこのどいつだ!?
誰がそんなしょうもないことを言ったのかちゃんとチェックしとかないと。って、
(あ、あそこにルセルちゃんがおる!)
(え? ほんと!?)
アホを探そうとしたぼくの眼に映ったのは特徴的な金髪ドリルロール。
家族旅行って言ってたけど、目的はマシロの生誕祭だったのか。
ルセルちゃんおよびその家族は、コロシアムにいるのがウィルベルだと気づくと目を丸くした。
FOOO! いいね、その態度。めっちゃ優越感があるね!
(はしゃぐのはそこまでなんよ)
ウィルベルが指定された位置に立ち止まると、反対側から対戦相手がやってくるのが見えた。
あの人が、クァイス・バルハラーロ。ぼくたちが乗り越えるべき壁。――って、
(ああああああ!! うちに嘘の道を教えてくれた人なんよぉっ!?)
(ほんとだ! どっかで見たことあると思ったら!)
なんてこったい。まさかこんなとこで出会うとは。運命のイタズラってすごいね。
もしも合格したらあれだな!
(あれって?)
(『かっこつけて【合格したら名前教えてやる】って言ってたのに、それより前に名前を知られるってどういう気分? ぷっぷくぷー』っておちょくったろ!)
(ミカはいつも通りやねえ)
(そういうウィルベルもね)
これから始まる死闘の予感に頬を紅潮させるご主人様。
いつも通りの脳みそ筋肉ゴリラウーマンである。
『……さて』
ぼくらとクァイスがにらみ合うなか声を発したのは、その中央に立つひとりの男性だった。
審判役を申しつかったヴァンのおっさんは神妙な態度に観客に向けて一礼をする。
『今回、セレモニーの最初を彩るこの試合は、レヴェンチカのセレクション――勇者候補生になるための最終試験を兼ねております』
言われて、静まり返る観客さんたち。
この世界の人々にとって、勇者っていう存在が神聖なものとして受け入れられている証拠だ。
そして、その試験が一人の少女の人生において、どれくらいの重要度なのかも理解しているのだろう。
しーんとしてしまったけれど、それは内部に熱を溜めこんだような静けさで、いまかいまかと熱狂の瞬間を待ち望んでいるようにも見える。
爆発寸前の静寂のなか、ヴァンのおっさんが観客のみなさんの語りかける。
『今回の最終試験の当事者は、これから試合をおこなう彼女らであり、皆さんです』
(へ? どういうこと?)
なんか、ぜんぜん聞いてないことを言いだしたんだけど、このおっさん。
(ウィルベル、なんか知ってる?)
(ううん。ぜんっぜん)
『マシロ様はおっしゃいました。勇者とは人々の平和の祈りを受け、その祈りのために戦う世界の守護者である、と。ならば本来、その候補生は人々が己の意志で決めるべきだと』
なんかとんでもないこと言い始めたぞ、このおっさん。
ヴァンのおっさんが手で合図をすると、コロシアムの後方中央に備え付けられたディスプレイに0という数字が表示される。
『この数字は『受験生が勇者候補にふさわしい』と認めている者の人数となります』
そう言っている間に、数字が0→1→2と増える。
ヴァンのおっさんが言うことが正しいのなら、たぶんどこかで見てるはずのリーセル君だとかエリオ君かな? あるいはベルメシオラやギギさんかもしれない。
『マシロ様が提示された合格の条件は、ここにいる10万人の、その半数である5万人分の信任の獲得。
それを満たすことができたなら、勇者の資質ありと認める。マシロ様はそうおっしゃいました』
それって多いのかな? 少ないのかな?
エリート層への嫉妬ととかありそうだし、けっこう難しい数字な気がする?
現在、表示されている数字は少し増えて4。
さっき言った4人だとするなら、見た目が可愛いから応援しちゃる、みたいなスケベなおっさんはいないってことだ。
(でも、わかりやすいんよ!)
(そだね)
プロの審査員の人たちに、技術であーだこーだ言われるよりも、こっちのほうがぼくらに向いてる気がする!
ヴァンのおっさんが最後に軽くぼくらとクァイスの自己紹介をし、そしてついにそのときは訪れた。
クァイスの眼がぼくらを威圧するように細くなる。
ウィルベルも集中するように息を細く吐く。
今回は、はじめっから赤身モード。
身体の休息もばっちり。特訓もした。やれることはぜんぶやった。
あとは全力をぶつけるだけだ。
『――はじめ!』
【マグロ豆知識】
マルハニチロが10月10日――魚の日にちなんで実施しているアンケートで、クロマグロの解体ショーについての記載があります。
それによると、解体ショーを見たことある人は45.1%。見たいと思う人は60.1%。
国民の半分近くがマグロの解体ショーを見たことがあるんですね。びっくりです。
アンケート結果を見たとき、「嘘つけ!」とツッコんじゃいました。
でも、周囲に聞いてみたら意外と見たことある人多いんですよね。
みなさんの周囲はどうですか?