54.いまの君なら出来る
特訓編書いたらさらに3万字増えたので、さすがに自重して省略しました。
入学編だけで15万字超えとか、展開遅いにもほどがありますよね…
そしてその日はやってきた。
「うわぁ……人がすっごいいっぱいおるんよ」
ぼくらがいるのはレヴェンチカにあるコロシアムのようなスタジアムの控室。
スタジアムでおこなわれているのは、ククル学園長によるマシロの生誕祭の開会の挨拶。
あれが終わるとさらにマシロからのお言葉。その後にVIPの人の祝辞と続いて、ぼくらの出番ってわけだ。
にしても、ウィルベルの言うとおり、すっごいいっぱいの人だなぁ。
東京ドームひとつ分の敷地に、東京ドーム一つ分の観客席があって、東京ドーム一つ分の観客がいる感じ。
人気アーティストの東京ドームライブみたいって言うとわかりやすいかも?
生誕祭でこんなに人が集まるだなんて、思ってるよりもマシロって人気者なのかな? この世界の人口と交通事情を考えると凄まじい人数だ。
控室のなかには、ぼくらの他にも演武をおこなう予定の在校生たちが数人。
さすがにこの人数の観客を前に、みんなピリピリしながらストレッチ中。
かくいうぼくもちょっと緊張してきたぞ。
「深呼吸しよ。ひっひっふー。ひっひっふー」
「それ、深呼吸とちゃうんよ……」
そう言うウィルベルが着ているのはいつもの貧乏くさい服じゃなくて、レヴェンチカの制服。
さすがにあのボロボロの格好で白覧試合をするのはまずいだろうということで、学園側が用意してくれたものだ。
ぱっと見た感じだと、ファンタジーにありがちなファンタジック制服っていうのかな? こう見えても防刃性が高い一級品であるとのこと。
世界最高峰の学園都市の名は伊達じゃないってことだ。
すーはーすーはー。うーん、ダメだ。なかなか緊張がとけないな。
なんて思っていると、さりげなくやってきた一人の女性がぼくのボディに突然タッチ。そしてお腹をスリスリ。
「ほぁっ!?」
あまりの突然のできごとに変な声が出ちゃった。
鮮魚のお腹を触るだなんて、いったいどこの変質者だ!?
「あらまあ、緊張しているの?」
その女性の正体は、グランカティオでお世話になった美人マッドサイエンティストことカッポレ・フーヴルさん!
「ヒィっ!? 電気ショックは勘弁して!」
あのとき食らった電気ショックを思い出して、思わずビクゥッ! としてしまうぼく。
電気ショックはクロマグロの天敵だからね。しょうがないね。
カッポレさんはぼくが怯えるのを見ると、「うふふ」と含みのある笑いを浮かべた。
「安心なさい。あなたのご主人様が気絶して運ばれてこない限り、電気ショックの出番なんてないから」
そのセリフ、うちのご主人様の気絶率を知ってて言ってんの!? 絶対に前振りじゃん!?!?
ふはは。常に死力を振り絞って戦うご主人様の気絶率は伊達ではないぞー! ……もう電気ショックはヤダー!
と、ぼくが不吉な予感に戦慄していると、
「ポレちゃん。もしかしてその娘が例の?」
さらに女の子が声をかけてきた。
服装を見ると演武に参加する在校生っぽいけど誰だろう?
全体的な雰囲気はリンネちゃんにちょっと似てるかな?
スタイルはぜんぜんこっちの子のほうがいいし、雰囲気もなんというか落ち着いている感じだけど。
ぼくとウィルベルが誰だろうって首を傾げていると、少女はにっこりと握手のために右手を差し出してきた。
「リンネとポレちゃんから話は聞いてるわ。わたしはクナギ・ハツトセ・ミヤシロ。リンネの姉よ」
(あー、なるほどー。これは……)
(せやねー)
ぼくらが納得してるのは、リンちゃんがコンプレックスを燻らせていた理由だ。
見るからに完璧超人な感じって言えばいいのかな? 天才のオーラをビンビンに漂わせているのに、ぜんぜん嫌味な感じがない。
努力に裏打ちされた自信。他人からの期待と憧憬。さらには嫉妬すらも受け止め慣れてるからこその堂々たる振る舞い。
そして、なにが一番やばいかっていうと、それを当たり前のように受け止めて、人懐っこい笑顔を浮かべてるところだ。
これがほんまもんの天才ってやつか。
確かに、こんなのと比較され続けたら誰でも劣等感を抱いちゃうよ。リンちゃんかわいそー。
「よろしくお願いします、なんよ」
差し出された右手をウィルベルが握り返す。その堂々たる振る舞いはクナギさんにも負けてはいない。
追加試験が発表されてから、たった2日間。ウィルベルに変化があったとすればこういうところだろう。
もちろん、特訓による自信の裏打ちっていうのもあるけれど、それ以上に。
「ウィルベルちゃん。その髪飾り、とても良く似合っているわ。この2日間、とても努力したのね」
「はい!」
手を握り返されたクナギさんが、ベルメシオラからもらった髪飾りに気づいて微笑んだ。
その言葉は、いまのウィルベルにとって一番嬉しい言葉に違いなかった。
コロシアムの様子をうかがっていたカッポレさんが振り向く。
「さあ、ウィルベルちゃん。出番よ。用意はできてる?」
聞かれるまでもない。
心臓の鼓動が一瞬だけドクンと高鳴り、ウィルベルがコロシアムの方へと1歩踏み出す。
その背中をそっと押してくれたのはクナギさんだった。
「頑張って。いまのあなたになら、できるはず」
「……はいっ!」