53.幕間:クァイス・バルハラーロ
レヴェンチカの一室、トレーニングジムでクァイスがトレーニングをしている最中のこと。
「残念だったね、クァイス」
声をかけてきたのは、クナギ・ハツトセ・ミヤシロだった。
「残念? なにが?」
ジムには筋肉トレーニングのためのマシーンが揃えられている。
が、今日は使用しているのはクァイスくらいのものだ。
キリのいい回数だったので、腹筋を鍛えるのをやめ、汗を拭きながら背筋を鍛えるためのマシーンへと向かう。
すると、トテトテとついてきたクナギが、マシンの準備をする手伝いをしてくれる。
「追加試験だっけ? セレクション生と戦うことになっちゃったじゃないの。
だから残念! せっかくわたしとあんなに演武の練習をしたのに」
「ああ、そのこと」
確か、相手の名前は……なんといったか。
覚えておく必要もないだろう。どうせ、一方的に押しつぶして不合格にする相手だ。
「正直、どうでもいいわ。そんなことより、クナギ。わたしよりも残念なのはあなたのほうでしょう」
「まあね。ズレるにしてももうちょいマシな相手にしてほしかったよ」
本来予定されていたクァイスとの演武。
その予定がずれ込んだ結果、クナギの相手は高等部3年生の学年主席に変わっていた。
本来はそれぞれ大学部の4年生が相手になるはずだったが、彼らが全力で嫌がった結果こうなった。
上級生が情けないというべきか、2人が化物すぎると称すべきか。
「はー、憂鬱。あいつ、わたしが相手だと手加減抜きで殺気まるだしなんだよね」
「仕方ないでしょう。あいつの相手ができるのは、あなたか一部の教師くらいのものなんだから」
ここでクナギを擁護しておくと、彼女はけっして弱くはない。
他の学年であれば主席――いや、それ以上の実力の持ち主である。
むしろ一般的な年代なら、第三席にいるクァイスが学年主席相当の実力の持ち主と言ってもいい。
世界最高峰の才能が集まるレヴェンチカにおいてなお100年に一人の天才と呼ばれるのがこのクナギという娘だ。
ただ、学年主席が200年に一人の天才というだけで。
クァイスのトレーニングの手伝いをしながら、クナギがぼやく。
「あーあ。わたしがウィルベルって子とやりたかったな」
「? あなたがそういうこと言うのは珍しいわね」
「そう?」
「弱いものイジメは趣味じゃないんじゃなかったの?」
お世辞を言うわけではないが、この学園には勇者らしい正しい性格の者が多い。
クナギもその例に漏れず、そのようなことを言うような娘ではないと思っていたのだが。
「いやいや、それがね。ポレちゃんがさ、面白い娘だって言ってたんだよね」
「ポレちゃん? ああ、カッポレのこと? そういえば昨日まで浮遊有船で、医学部の研修だったとかって言ってたわね」
カッポレ・フーヴル。
元は幼年部からレヴェンチカに所属していたが、途中から性格的なもので医学部に編入した、かつての同級生だ。
そういえばクナギとカッポレは仲が良かったっけ。いや、そもそもクナギと仲の良くない者を探すほうが難しいのだが。
「うん。そのポレちゃんが教えてくれたんだけどね。そのウィルベルって子、精霊の衣を展開したんだってさ」
「…………。は?」
一瞬。何を言ったか理解できなかった。
呆けたクァイスの表情を見て、クナギが「いいもの見たわ」と言ってくすくすと笑う。
「ね? どう? 面白いでしょう?」
「……ありえないわ。なにかの見間違いでしょう?」
「うちの妹も乗り合わせてたから聞いてみたんだけど、本当だって。見た人もたくさんいるってさ。
もっとも、完璧な精霊の衣じゃなくて、半透明なやつだったらしいけど」
精霊の衣は勇者の証。
いや、勇者として認証を受けても、なお展開できない者がいるくらいの代物だ。
不完全とはいえ、セレクション受験生ごときがそんなものを展開した? ありえない。
「さらにあのヴァン先生の推薦って話で、セレクションに大遅刻したにもかかわらず、この扱い。
気にならないほうがおかしいじゃない? しかも、噂によると追加試験を提案したのはマシロ様なんだとか」
「……セレクションに遅刻?」
――ああ。思い出した。
ウィルベル。
どこかで聞いたことがあると思ったら、あのときの田舎者丸出しのクソガキか。
「へえ……わたしの相手はあいつか」
「あらま? 知ってたの?」
「ちょっとだけね」
(そうか。あいつか)
あのとぼけた顔の田舎娘。
――世の中には、一瞬見ただけで気が合わないと理解できる相手がいるという。
一生、理解し合えない敵。
あいつはまさしくそれだ。あの何も考えてなさそうな顔を思い出すだけで、胸がムカムカしてくる。
決めた。
学園からは『生誕祭を白けさせないために、序盤だけは手加減してやれ』と言い渡されているが知ったことか。
圧倒的な実力差をもって、虫けらのように踏み潰してやる。