5.戦闘開始
「そもそも勇者って何なのさ?」
ぜーぜーはーはーと疲れ切ったぼくは、勇者像の台座にもたれかかりながら、ウィルベルに尋ねた。
マグロの本能かな?
キレイな断面を見せる銅像の台座の感触が、まな板っぽくて気持ちいい。頬ずりスリスリ。
「あれ、ミカは勇者のこと知らんの?」
「うん。ウィルベルの目指してるモノってくらいしかわかんない」
「ほほーう……それはそれは……」
あ、ウィルベルがちょっと元気になった。
聞いちゃう? 聞いちゃってくれる? って感じでめっちゃうずうずしておられる。
オタクに限らず、自分の好きなものを語る場を与えられれば元気になるっていうけど、このファンタジックな世界でもそれはおんなじみたい。
以心伝心。相手の思っていることが分かっているからこそ、余計にしゃべりたくてうずうずしてるのがわかる。
となれば、ここは僕たる者、ご主人様に気持ち良くなっていただかねばなるまい!
「うん、めっちゃ聞きた――「勇者ってのはね! 限りなくフリーダムでアジャイル、そしてイノベーションなコンティンジェンシープランのプラットフォーマー。いわゆるプライオリティにシュリンクされたイシューを――「オーケー、ストップ。もうわかった」
ごめん。ちょっと意味わかんない。
ティンコぷらぷら? ティッシュでシュッシュ?
ぜんぜんいわゆってないし。うーん……頭のネジがWin-Winしてきたぞ。
なんで、ウィルベルが語ったことを要約・整理してここに記す。
さっきも言った通り、勇者っていうのは女神様の加護を受けて、災害級の怪獣と戦うこの世界の秩序と平和の守護者。
品行方正。作法や頭脳、もちろん武技全般も。全てにおいて完璧を求められる超人で、すべての人々の憧れ。
その力はたった一人で国と戦争出来る程の力を持つという。
ここまではわかりやすいスーパーヒーロー像と言えるわけだけど……。
「一人で一国と戦えるって、なにそのやばい人」
歩く核兵器じゃん。
「そこは、ほら。勇者だから」
それで済ましちゃっていいのかな? この世界の人が言うんだからいいんだろうけど……。
個人的にはフェイルセーフ的なものがあるべきだと思うんだけどな。
そして、勇者の育成をおこなうのが、女神様直属、世界唯一の勇者育成機関にして世界最高の学園『レヴェンチカ』。
学園がある場所は、この世界の中心にある浮遊島『レヴェンチカ』。
浮遊島の名前がそのまま学園の名前になっているのは、島全体が学園になっているからなのだとか。
勇者を育成するだけでなく、各国の将来の指導者層を育成する名門学園としての顔も併せ持ち、真に優れた素質を持つ者でなければ入学を認められず、また全世界から厳選された学生同士の生存競争も激しい。
特に勇者候補生と呼ばれる生徒の競争は厳しく、2歳のころに才能を見出されて招聘されるのが全世界から1000人。そこから高等部に昇格できるのが約30人。
さらに高等部からは中途入学――いわゆる『選抜』で合格した子たちが混ざってきて合計40人。
この時点で「うへえ」って感じなのだけど、さらに最終的に勇者として女神様から加護を受けることができるのは毎年、多くて5人。
この世界には500ほどの浮遊島――すなわち国家があるらしいので、ぜんぜん数が足りていない計算である。
そんなわけで、各国は自国の勇者を増やすために、奨学金をつけたり武術の国際大会を開いたりして、競って自国の候補生を学園の選抜へ送りこんでいる、と。
なるほど。たったひとりで一国を相手にできるとかいう強さを考えたら、みんな育成に必死になのもむべなるかな。軍事力的な意味で。
「……あれ? 選抜を受験できなかったってことは、ウィルベルは武術大会でいい結果出せなかったの?」
「そもそも参加したことないんやよ。遠くの街で開かれるから大会に出るのにも色々費用がかかるし、お金を稼がなきゃならんかったし」
そういえば、15歳時点でギルドのCクラスに在籍って言ってたっけ。
現代日本で例えるなら小学校卒業で働いているようなもんらしい。
なんでも、幼いころに村が魔獣に襲われてほぼ全滅してしまって、遺された子どもたちは孤児院で共同生活しているんだとか。
あれ? 我がご主人様ってば、のん気な感じだけど意外と苦労人っぽい?
っていうか、え? 魔獣に襲われて村が全滅って、この世界ってそんなにハードモードなの?
ちなみにもう一人のCクラス、縦巻きロールお嬢様ことルセルちゃんのほうは、父親が戦士ギルドのマスターでそのコネ&家庭教師付きとのこと。
こっちは家業のお手伝いくらいって感じなのかな?
「ふむふむ。なるほど……。
オーケー、だいたいわかった。じゃあ、早速マグロダンスを再開だ!」
「何が『じゃあ』なんよ!?」
チッチッチ。
ぼくは腹ビレを横に振った。
「ふふふ。ぼくがスーパーでブリリアントなマグロだってわかれば、ウィルベルだってすぐにCクラスに戻れるはずなのだ!」
ブリじゃなくてマグロだけど。
マグロは前向きにしか進めないポジティブ・フィッシュ。
いまできることを一生懸命にするのみなのである。
くいっくいっ。うおおお! みんな、ぼくのダンスをみろぉぉぉぉっ!
我がご主人様の栄光のために、ひたすらダンシング!
3月ごろの、若干冷たい春の風がぼくのうろこを撫でる。
マグロ的にはもう少し冷凍的な温度であるほうがうれしいけど、ぜんぜんオーケー。
そのぶん周りの人たちが、あきらめないぼくに対して冷たい視線を投げてくるので、その温度差で|all all right!
マグロは冷たくされてなんぼなのだ。
大トロが赤身になるくらいに、脂肪を燃焼させたってかまわない! そんな気概で。
――と、そのときだった。
バチバチ!
後方からという万雷の拍手のような音が聞こえた。
やった! ちゃんと見てくれる人がいる!
バチバチバチ!
ふふふ。この音の大きさからすると、東京ドーム満員御礼くらいな人数が集まっているな! ――なんて思いながら振り向くと、
「あれ?」
さっき、ぼくの頭上を越えていった浮遊有船があった。
船首をこちらに向けて、低空飛行でスイーっと飛んでいるけど……なんだろ? ぼくの熱心なファンなもんだから、ツアー客をつれてきちゃったとか?
「……?」
よく見ると、その船首に白い触手が絡みついているのが見える。あれもなんかの設備なのかな?
バチバチバチ!
凄まじい音を立てて、触手が雷を放つ。
さっきのは拍手じゃなくて、あの雷の音らしい。しょんぼりだな。
そんなことはどうでもいいや。
せっかくこっちに来てくれるって言うなら、オーライオーライ。はい、そろそろ減速して――
「って……ぜんっぜん止まる気ないんだけどぉっ!?」
浮遊有船の大きさは、小型のフェリーくらいの大きさ。
それがまっすぐにぼくのほうへと突撃してくるのだ。
やばい。危ない。この世界の交通ルールは知らないけれど、完全に暴走してるよね。あれ。
周りの人たちは、広場でおこなわれている新人試験に夢中でまだ誰も気づいていない。
あんなにバチバチって派手な音を立ててるのに、なんでみんな気づかないんだろう? ぼくが精霊だから? それともマグロだから?
「――なんて言ってる場合じゃない。み、みんな逃げてぇぇぇっ!」
ぼくの叫びに周囲の人々がようやく異常事態に気付く。
あがる悲鳴。慌てる人々。
ほがらかに昇格試験がおこなわれていた芝生の広場は、一瞬のうちに怒号が飛び交う地獄絵図に。
その数分後――
ズドォォォン!
浮遊有船はぼくのすぐ脇を通って、派手な音を立てて広場に墜落!
地面に激突したくらいじゃ勢いは殺されず、派手な土煙を上げながら、広場の芝生をえぐっていく。砂利が飛び、砂が跳ねる。
「うひぃぃぃぃっ!!!」
ちっとぼくの鼻先を船体がかすめていく。
船はそのまま広場の地面を掘りながら突き進み、広場の隅――ちょうど試験会場とぼくらがいる場所とを遮る位置で止まった。
幸い、そこそこ避難する時間があったため、つぶされて死んだ人はいないっぽい。よかったよかった。
ぼくはビターンビターンと跳ねて、墜落した浮遊有船に近づく。
エビのようにプリプリと怒りながら、
「こらぁっ! 危ないじゃないか。どこ見て運転してんだ!」
船長はどこだ! 文句言ってやる! 鼻先を掠めてったんだもん。賠償金くらいもらわないとやってらんない!
横倒しになった船は甲板をぼくらのほうに向け、ぱっと見た感じは人影が見えないけれど、船内にいるのかな?
「船長出てこい! 鼻先を掠めてったぞ。お前も兜煮にしてやろう……か……?」
でも、ずるりと船首にからみつくそれを見て、ぼくは語彙を失った。
「エギぃぃぃぃぃ!!」
「なんっじゃこりゃああ!」
のそっと動たのは巨大な――イカだった。
【マグロじゃない豆知識】
イカ釣りと言えば餌木によるエギング。
エギングの発祥は江戸時代中期ごろとされています。
一言でイカと言っても、英語では
cuttlefish:甲イカ
squid:筒イカ
に分類されます。
ちなみにCalamariはイタリア語の筒イカ。
そのため、英米では特にイカリングのフライをカラマリと呼ぶこともあります。