47.決着
(すごいな、これは)
リーセルは目の前の少女――ウィルベルを前に、2つの理由で感嘆を隠し切れなかった。
彼女のことは七星サーディン戦の序盤から見てきた。
序盤はせいぜいBクラスの動きだな、と思っていた。が、動きはどんどん洗練されていき、最後には災害レベル1の魔獣すら制圧した。
エリオはその一撃に驚いていたが、目を見張るべきは成長の度合いだろう。
ゾーンと呼ばれる極限の集中状態に入り込み、すさまじい動きを見せる者はたまに出る。
が、普通は一過性のものであって、次にまた同じ動きができる者など滅多にいない。
しかし、この娘ときたら!
むしろ、あの時の動きよりもさらに洗練された動きで自分と渡り合っている!
「いぃぃやああああ!」
ウィルベルの攻撃がどんどん激しさを増してくる。
マグロで、拳で、足で、ヒレで。そして他の受験生すらも使って。ありとあらゆる距離、ありとあらゆる攻撃手段を使って。
左腕が折れているにもかかわらず、あいも変わらぬ二人を同時に相手しているような感覚。いや、あまりにも息のあったコンビネーションに3,4人を同時に相手にしているような錯覚すら覚える。
(楽しい)
戦闘行為にこんな感情が生まれたのは初めてだった。
ディオルトは大国である。
リーセルよりも強い者は大人にならいくらでもいる、がリーセルは王子であるため、みんなどこか遠慮気味であった。
それは真っ向から競う剣術大会でも同じだった。
この世界では15歳で精霊が得られるため、どんな大会でも年齢制限がある。
そして、同じ大会に参加する年齢ではリーセルと互角に戦える者などいなかった。
少なくとも6歳のとき、初めて出場したときからそうだ。他国からも我こそは、と参戦してくるが、挑んでくる者たちでは物足りぬ。
「ちぃっ!」
と、足元に転がった気絶した受験生に足を取られかかる。
その瞬間を予測していたように、ウィルベルの攻撃の激しさが増す。
(本当にすごいな。この娘は!)
なによりも感心するのが、この視野の広さだ。
リーセルが一本とったあと、真っ向からは敵わないと判断した彼女は周りを巻き込むように動いたが、あれほど大きな俯瞰をもって動ける者はそういない。
実際、リーセルとウィルベルの真似をしようと試みた受験生は何人かいたが、その殆どがむしろ自分の隙を晒すことになって相手に打ち倒されている。
(いったい、彼女らには何が見えているのかな?)
その成長と視野の根源は、あのとぼけたクロマグロの精霊だろう。
話していてわかったが、あの精霊は観察力が高い。
それと少女が持ちあわせている地頭の良さとすさまじい体力があわさって、高い成長力と広い視野をもつことを可能としているのか。
「(……! ……!)」
感嘆していると、光の精霊スピカ――個体名をレイという――が拗ねたような感情を表わす。
普通の精霊はこの程度の漠然とした感情しか伝わってこないし、表わすこともない。あのクロマグロの精霊はあまりにも規格外すぎる。
「はぁっ!」
(本当に、すごい!)
目の前の相手は、凄まじい成長を見せて、いまやリーセルが本気で戦わねばならぬ好敵手になりつつある。
まだ実力はリーセルのほうが数段上。だが、想定外の動作を見せてくるので、どこまでも油断がならぬ。
「うおおおお!」
「やぁぁあっ!」
残り時間はあと1分。
つまり1時間、乱戦のなかで休みなく戦い続けてきた。
たった一人を相手どって制限時間を終わらせる者は彼らの他にはいない。
双方、集中力は限界に達しつつある。ともすれば零れ落ちそうな集中力を、爪の先でひっかけているような感覚。
集中力はほぼ互角。切らしたらその一瞬で叩きのめされる確信すらあった。
(……互角?)
そして、ふと思う。
戦闘開始時の条件は、誰が見てもリーセルのほうが良好だったはずだ。
七星サーディン、スパチュラ・ドラゴン、遅刻しかけたことによる全力疾走。
この娘の集中力はどこから湧いてくるんだろう。そんな考えに気を取られた瞬間――
「あ」
とんっと後ろに触れるものがあった。
(他の受験生か!)
油断。
そう評するのは目の前の少女に対して失礼だろう。
これはウィルベルの『攻めきる』という気迫に押された結果だ。明確に相手が成し遂げた成果である。
★☆★
(きたっ!)
ぼくらが得た最後の最後にやってきたチャンス。
ここまで完璧な戦いを見せていたリーセルの一瞬の綻び。
(ウィルベル!)
マジカルラムジュート換水法は、空気中の魔力を空気圧によって圧縮して効率的に体内に取り込む呼吸法だ。
1時間ずっとぶんぶか振り回されてギリギリ溜まったのは、ほんの一瞬分の魔力!
(うん!)
刹那の一瞬だけ、ウィルベルの体を透明な不完全な精霊の衣エレメンタルローブが包み込む。
その一瞬だけで、ウィルベルの速度が一気に本来の最高速以上にまで加速する。
ぼくを棍棒のように使った、大きく薙ぎ払う一撃!
「でやぁぁぁぁっ!! マホぉぉぉぉっ!!!」
とっさに盾代わりにされた模擬剣をバキィンと折って、ぼくの頭がリーセルのお腹に――