46.絶対強者
「せい!」
リーセルが一歩踏み込もうとした瞬間、後の先をとるように一足で懐に飛び込む。
さっきまでの奇襲メインとはまったく異なる、超接近戦で押す展開。
展開が切り替わったことに、リーセルが対応できないうちに押し切りたいところ。
ウィルベルの狙いは関節技。この世界の戦闘技法は主に対魔獣が想定されているので、武器による中近距離戦よりは実力差が少ないはず!
それだけじゃない。ウィルベルにはぼくマグロという体重200キロの恵体がサポートについているのだ。むしろ有利!
「やあああぁっ!!」
ウィルベルが左手でリーセルのブレストプレートを引っ掛けてを掴もうとする。
「ちっ!」
が、それは模擬剣の柄で阻止される。
ガツンと手の甲を殴られて、ウィルベルが苦痛に顔を歪める。一瞬、棒立ちになったところを、リーセルがさらに踏み込もうとして、
「そこぉっ!」
ウィルベルがバックステップしながら右手で投げたのはその辺に落ちていた模擬剣。すでに失格した誰かの落とした上等そうなやつ。
リーセルに気づかれないように、ぼくが口で咥えてウィルベルに渡しておいたのだ。
「くっ!?」
咄嗟に、リーセルが剣で巻きあげて上空に跳ね上げる。
バックステップで距離をとったウィルベルは、さらに地面の砂を蹴り上げて目潰し!
「スピカ! 光の渦」
が、その砂礫は精霊の起こした質量のある光の粒子に吹き散らされてしまう。
(よしっ!)
ここまでは想定どおり!
ぼくはほくそ笑んだ。ぼくの位置から見えるのはリーセルの背中。地面から放たれた目潰しへの対応によって、上空への警戒を一瞬忘れた無防備な背中だ!
奇襲が失敗したことを悟ったウィルベルは、すぐにぼくを空に投げていたのだ。
空中にいるぼくは滑空スキルをつかって落下地点を微調整。
――体重200キロアタックをくらえ!
直前に精霊が気づき、その動きを邪魔するように動くけれど体格差で押しつぶす!
「ちぃっ!」
どん! っとぼくの肉体が地面に落ちる。
避けられた!! けど、それすらも想定の範囲内! 徒手空拳になったウィルベルが、剣の間合いよりも近くに入り込んで、ようやく狙い通りの超接近戦へ。
「もらったんよ!」
ウィルベルが掴みかかる。が、リーセルの判断は早かった。
「それはこっちのセリフだ!」
ぱっと剣を放り捨てると、ウィルベルの伸びきった左腕に対して飛び付き腕十字固めを敢行!
あっかーん! 関節技の技術も向こうのほうが完全に上だった!
よく考えてみたら、うちのご主人様が魔獣と戦ってお金を稼いでる間にも、向こうは大会に出て対人戦の経験積んでたんだもんね。そら勝てないよね。――ならば!
「ウィルベル!」
ぼくはリーセルの手離した剣を、お口で空中キャッチ。ウィルベルの右手に向かってほいっと渡す。
「ナイス、ミカ! でやああああっ!!!」
剣を逆手でキャッチしたウィルベルは腕を取らせたまま逆の手で、繊細な装飾のされた模擬剣を乱暴にぶん回す。
狙いはもちろん腕にしがみつくリーセル!
バキィィン!
リーセルのプレストプレートが割れ、同時に模擬剣のほうも粉々に砕け散る。
「ぐっ」
リーセルがうめきながら関節技を解いて飛び退く。ウィルベルの追撃は――ない。
無傷で脱出したリーセルは、もう一度大きくバックステップ。安全を確保できる距離を取ると、満足そうに笑った。
「……ほんとに君は強いな。いまのは危なかった。……本当に危なかった」
言って、割れて用を成さなくなったブレストプレートを捨てる。
そして、そのまま油断なくぼくらを警戒しながら、他の受験生がつかっていた模擬剣を拾い、構え直す。
アンラッキー、ではない。
いまのはウィルベルの攻撃を避けれないことがわかった瞬間、体を入れ替えてわざとブレストプレートで受けたのだ。
そしてきっちりとウィルベルの左腕の骨を折っていった。
「せやったら一本くらい取らせてほしいんよ」
「ほんとにね。なんであれを避けれんの? おかしくない?」
ほんとに嫌になっちゃうね! ニュータイプとかエスパーも真っ青の反応速度だよ!
ウィルベルのほうも地面に落ちていた誰かの模擬剣を拾う。右手にぼく、左手に模擬剣の2刀流でリーセルと対峙する。
と言っても、模擬剣のほうは柄の尻を小指と薬指でギュッと掴んで投げる気まんまん。
左腕が折られたので、振り回すことなど初めから考えていない。投げるにしたって次の一投で左腕はオシャカだろう。
体はボロボロ。集中力も限界。体力はとうに限界を超えている。まさに満身創痍。
誰が見たってゲームオーバー。詰みってやつだ。でも、
(だからこそ。ここで勝ったら超かっこいいんよ?)
うちのご主人様ってばいつもこう!
この脳筋ゴリラはピンチになると目を輝かせちゃうマゾっ子なのである。
ぼくがウィルベルに召喚された理由がわかった気がするよ!
「ほんとうにもう! こんな状況ばっかりの主人なんて、普通の精霊だったら逃げ出しちゃうからね!」
だから、ウィルベルはぼくにめっちゃ感謝すべきなのである。こんなご主人様ウィルベルに付き合うのってぼくくらいのもんじゃななかろうか!
「ふ、普通の人だってミカみたいのを召喚したら逃げちゃうし!? だからオアイコ! ギリギリセーフ!」
「セーフじゃねーし! アウトだしっ! 召喚されてから何回死にかけてると思ってるのさ!?」
「そう言うミカだって、セクハラパワハラでとっくの昔にアウトやし!」
ぼくとウィルベルでツーアウト。
スリーアウトのゲームセットまで崖っぷち。
でも、ゲームセットまでまで何があるかわかんないのが人生ってやつだ。
――大きく息を吸って。吐いて。
指先の爪でひっかけるようにして残りの集中力をかき集める。
ここまでボッコボコにされてるって考えると、すでに試験は落第かもしんない。
けど、絶対にあきらめないっていう強い意志が、ウィルベルを突き動かすのだ。
「でも。ぼくはウィルベルのそういうところ結構好きだよ」
「奇遇やね。うちもミカのそういうとこ結構好きやよ」
試験終了まであと10分。