45.VSリーセル
「でやああああああっ!!」
ウィルベルがとった作戦は速攻! ちょっとだけ回復したとはいえ、すでに体力が限界近いウィルベルにとっては順当な作戦だろう。
もちろん、リーセルにはお見通しだとは思う。でも、想像以上の速度でもってかかれば!
ぼくも身体全体をつかって、地面を叩いて勢いをつける。
筋肉ゴリラの腕力も相まって、その速度はまさに音速!
これでどう――
「あまいっ!」
「げぶぅっ!?」
1歩前に踏み出してきたリーセルの掌底。ぼくらが攻撃するよりも早くウィルベルを打ち据え、2メートルほどすっ飛ばす。
開始1秒の出来事。周りの受験生ですらぽかーんとするほどの速度で、まずはリーセルが一本先取。
でも、甘いのはリーセルのほう!
ウィルベルは掌底を食らう寸前にぼくを空に向けて投げていたのだ。
いまのぼくの位置――上空からは見えるのは、隙だらけのリーセルの背中!
ふはは! バカめ、君が倒したのは本体だ!
「うらぁ! くらえ、犬殺し!」
マグロの尾の付け根は犬殺しと呼ばれるのだ!
リーセルの背中に向けて、かつて『漆黒のヴォーパルツナ』と呼ばれたぼくの尾ビレが唸る。
卑怯というなかれ。試験のルールは戦い続けること! 油断するほうが悪いのである。が――
「君の動きも想定内だ!」
「あひぃん!」
リーセルはこちらに視線を向けることなく、ぼくの尾ビレを掴み取った。おかしいね。完全な奇襲だったはずなのにね。
「いやん、どこ触ってるのさ。エッチ! そこお尻だから!? ――やめて! 振り回さないで! 地面に叩きつけないでー!? ぐえーっ!」
べちーん! べちーん!
地面に叩きつけられ、さらにジャイアントスイングからの放り投げでウィルベルの方へ!
何度も言うけど、ぼくってば体重200キログラムだからね!?
やっぱりこの世界にはゴリラしかおらぬというのか。って、そんなこと言ってる場合じゃなーい!
ぼくの投げられた先にはウィルベルがいて、さっき食らった掌底でまだピヨピヨしてる。あぶない、どいてーっ!
でも、ぼくの必死のお願いも虚しく、
「あばー!」
ごつーん!
オデコとオデコがごっつンコ!
「きゅー……」
あっかーん! 気を失ったら試合終了だから! 試験終わっちゃうから! 最速失格で記録に残っちゃうから!
「おおい! しっかりしろぉっ! 寝たら(社会的に)死ぬぞぉぉぉっ!!」
べちちちち!
「あぶぶぶぶ」
マグロ、気合の腹鰭ビンタ!
おかげでウィルベルが、息を吹き返す。
「い、一瞬、死んだお婆ちゃんがお花畑で手を振ってたんが見えたんよ……」
頭を軽く振ったウィルベルがぼくを支えに立ち上がる。向き合う先は模擬剣をビシッと構えたリーセル。
よーしよしよし。空気読めないマンならすぐにトドメを刺しにくるかと思ったけど、そこは空気を読んだらしい。
「まだやるかい?」
「もちろん、まだまだぁ!!」
そうは言うものの、いまの一合だけで分かったことがある。
――ぼくらとリーセルの間には大きな実力差がある。
いや、エリオくんやリンちゃんのおかげでリーセルが強いということはわかってたんだけどさ。でもさすがに、ここまで実力差があるとは……。
赤身モードがここまで通じないなんてのは初めてなんで、ぼくもちょっと動揺中である。
中トロモードになるには魔力が足りないし、どうしたらいいんだろう?
とぼくが思っていると、
「こうするんよ。えい!」
言って、ウィルベルが他の受験生の後ろに回って、リーセルのほうへ蹴り飛ばした。
「へ?」
間抜けな声をあげた受験生はリーセルのほうへと、ととと、と倒れ込んで、
「おりゃああああっ! 必殺マホーを食らうんよ!」
その受験生ごと殴り飛ばそうっていうダイナミックなフルスイング!
ちょっとぉ!? ウィルベルさんってば野蛮過ぎない!?
「甘い!」
リーセルも負けじと、隣にいた他の受験生が具現化させていた精霊をむんずとつかんでウィルベルに投げつける。
「ちぃっ!!」
べちこーん!
「ぶげらぁっ!?」
哀れ、蹴られた子だけが、目測を誤ったマホーの餌食になってかっ飛んでいった。
もちろん戦闘不能。不合格である。
「あはは! あの子ってば、試験とは関係ない相手にノックアウトされてやんの――って、ちょっとぉっ!? 君ら周りの迷惑を考えなよ!?」
「そ、そうですわ! いったい何をしでかしてくださってるの!?」
ぼくの抗議に乗っかってきたのはリンちゃんだった。マホーでかっ飛んで行ったのはリンちゃんの相手だったらしい。
おかしいね。背中に気をつけろとはいったい誰のセリフであったのか。
でも、ウィルベルは不思議そうに首を傾げ、
「でも、これはそういう試験なんよ?」
「えー……」
でも、周囲を見るとまさにその通り。
受験生たちはお互いの立ち位置で相手の動きを制限したり、流れ弾を利用したりしながら、戦いを繰り広げていた。
「いや、それでも他人を蹴飛ばしたり、精霊を投げ飛ばしたりしてる子はいないんだけど!?」
ぼくの指摘に、ウィルベルとリーセルの2人は心底から不思議そうに首を傾げた。
「「油断してるほうが悪い?」」
さよですか。君ら、案外似たもの同士だよね。
でもそれも一瞬だけのこと。
「――いまなんよ、隙ありぃっ!」
「甘いと言った!」
言って、彼らは戦いを再開。
おお……。もう……。
確かに周囲もみんな他人を利用する動きはしてるんだけど、この子たちの傍迷惑さはまじでやばい。
コロシアム全体を走り回りながら、ぼくをブーメランのように投げて死角から狙ったり、光の精霊が放つ目つぶしで周囲の人間ごと戦闘不能にしたり。
あ、他の受験生が2人の真似をしようとして、隙だらけになった腹を相手に突かれて気絶した。
――そう。
リーセルとウィルベルがやばいのは、ちゃんとコロシアム全体の戦況を把握しながら、この傍迷惑な行為をしてるってこと。
ウィルベルのほうは、ぼくの視界サポート付きでってことなんで、まだ理解できる。けど、リーセルのほうはどうやってんだろうね。すごい。
現在、戦闘が開始されて半分の30分が経過。
300人いた受験生のうち、200人くらいは今の時点でノックアウト済み。
そのうち100人くらいがこの2人に巻き込まれて失格、と言うとどれだけはた迷惑かってことが理解していただけよう。
「次、20番と1003番」
対戦相手を失った子が試験官から次の相手をゼッケン番号で指名されて次の戦いに身を投じる。
相手を探す観察力も含めて試験ということなのだろう。
あ。でもその対戦相手。いまちょうどリーセルに蹴たぐり倒されて戦闘不能になりました。
「いくらなんでも、お前ら迷惑すぎだろ!?」
ゼッケン番号20番――対戦相手をぶっ飛ばされたエリオ君が思わず叫ぶ。
まったくその通りです。ごめんなさい。
でも、それよりなにより目下の問題は、
「つ、強すぎる……」
ぼくはうめいた。問題はここまでやって、リーセル対して有効な一撃を当てることすらできていないってことだ。
比べて、向こうの攻撃はすでに10本ほどくらっていて、ウィルベルのからだはあざだらけ。
「ほ、ほんまになんよ……」
ぜーぜー、と荒い息をつきながらウィルベルも同意する。
(でも、勝ちたい)
口にはしなかったけど、ウィルベルが思ったことがぼくに伝わってくる。
ぼくはため息をついた。
「やるの?」
「やるんよ。……全力で」
それは最後の最後に残されていた、ぎりぎり最後の体力の一片すらも使い果たすってこと。
もしもリーセルに勝てたとしても、次の相手に対しては動けずにボコボコにされるくらいに消耗する覚悟があるってことだ。
……戦っている受験生が減ったせいで、さっきまでよりももっと実力が試されるようになってきている。
実力差を埋めて、奇襲で一本をとるには、いまここしかない。
「ふぅー……」
ウィルベルの集中力が一気に高まって、その意識がぼくの中に流れ込んでくる。
いま必要なのはドラゴンを打ちのめしたような強大な力じゃなくて、あらゆる攻撃を見切る集中力だ。
――赤身モードを限界まで研ぎ澄ませ。刺し身の切り口がツンと立つように。
【マグロ豆知識】
マグロの尾の付け根辺りの部位を高知県では『犬殺し』と呼ぶそうです。
物騒な名前ですが、『美味しすぎて犬が死んでしまうくらい食べすぎるから』というのが由来です。
猫(猫またぎ)や犬(犬殺し)など、身近な動物で例えられるマグロですが、昔からマグロが庶民の魚であったことの証明なのでしょうか。