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42.リンネ・ハツトセ・ミヤシロ

 その女の子は実力に裏打ちされた自信に満ち溢れていた。


 黒髪の美少女。髪はポニーテールにまとめられていて、全体的に動きやすそうなスポーティな格好をしている。

 地球で言うなら色白の陸上女子。つまり、動物に例えるならカモシカって感じ!

 その背後にはメイド姿の侍女さんが3人。大正ロマンを思わせる、どこか和風な感じのメイド服である。


 少女は腕組みをして座っているぼくらを見下ろすと、つーんとした表情で、


「リーセル、このわたしを見忘れたとは言わせませんわよ?」


「ごめん。君、誰だっけ?」


 この流れでまさかの赤の他人!?


 女の子はガーンと頭を打たれたようによろめいた。

 取り巻きのメイドさんたちが「リンネ様! お気を確かに!」なんて慌てて支える。


 リンネと呼ばれた女の子は、額に青筋を立ててリーセルに向けてびしぃっと指を突きつける。


一昨年(おととし)の同盟統一選抜大会の決勝!

 あなたを苦戦させつつも、いま一歩及ばず敗北したリンネよ! わたくしはあなたに負けてからずっと血のにじむような……ってあなた、その顔は本気で覚えてないですわね!?」


「(ほんとにあと一歩だったの?)」


「(いや、リーセルを苦戦させてたなら話題になってるはずだから……)」


 ぼくとエリオ君がコソコソ話してると、リンちゃんの矛先は(くだん)の女の子こと、一心不乱にご飯をかっこんでいるウィルベルへ。


「あなたも! なに知らないふりしてご飯を食べていらっしゃるの!?」


 バンバン! とテーブルを叩く。んまっ。お下品!


 ウィルベルのほうは、食事の邪魔をされたことが気に食わなかったらしく、視線だけ向けて一言。


「え? 要はサクっと負けたってことなんよ?」


「おぉぉぃ!? ぼくらがせっかくこそこそと内緒話してんのに、デリカシーなさすぎぃっ!」


 案の定、振り向くとリンちゃんが「さ、サクッと負け……!?」とショックを受けていらっしゃる!


「ごめんね。リンちゃん。うちのご主人様ってば大会に参加したこともない田舎者だからね。そういう機微(きび)がわからんアホだから! ほんとごめんね!」


「う、うるさい! マグロにリンちゃんと呼ばれる筋合いは――ってどうしてここにクロマグロぉっ!?」


 はっはーん。ひと目でクロマグロと見分けがつくあたり、さてはこの娘、相当なマグロマニアだな?


 お詫びにぼくの腹ビレと握手! と腹ビレを伸ばしたら、「生臭いものを近づけないでくださいまし!」ってめっちゃ叩き落とされた。しょんぼり。


 ともあれ、

 

「大会に参加したことがない?」


「どうやってレヴェンチカの受験資格を得たんだ、お前」


 リーセルとエリオ君の興味はウィルベルのほうに向いたようだった。

 いや、リンちゃん&メイドさんズのほうもそれはおんなじだ。うんうん、とうなずいている。


 結局、なんだかんだ言って受験生(ライバル)だからね。競争相手の情報はあるだけいいもんね。仕方ないね。


(あとミカに任せたんよー。うちはご飯食べてるから)


 当のご主人さまは目の前の美味しい食事に夢中。

 仕方ない。食事を再開した食欲魔神(ウィルベル)を尻目に、ぼくはボディランゲージも合わせて説明することにした。


「あのね、ヴァンの教師っていう人から推薦状をもらって……かくかくしかじか」


「まるまるうまうま、と」


 ぼくの説明を聞いた受験生たちの反応はだいたい一緒だった。


「ヴァンって、あのヴァン・エゼルレッドか!?」


魔法石(ルーンジェム)を食べた!?」


大空嘯(だいくうしょう)を単独飛行!? し、信じられないことを……」


 みんな大げさだよね。彼らはぼくの太平洋のような穏やかな心を見習うべきではなかろうか。


(……穏やか?)

 

 ウィルベルがいぶかしげにするけど、考えてもみてほしい。

 ぼくってば異世界に来てから、マグロだし、何回も死にかけてるわけ。

 なのに、PTSDにもならずに今日も元気にマグロしてるんだもん。これはもう太平洋どころか銀河系くらいの広さの大らかさの持ち主と言ってもよかろうもん!


 まったくやれやれだな! っていうか、ウィルベルみたいなのってそんなに珍しいのかな?


「そういや聞いてなかったけど、エリオ君たちってやっぱりエリートなの? 戦士ギルドとかいうやつならどれくらい?」


 ぼくが尋ねるとエリオ君が食堂の向こうで友人と談笑している赤毛の男の子を指し示した。


「――例えばあそこのやつ」


「あの子がどしたの?」


「あいつはクロード。ガイナートって国の戦士ギルドのSクラスに所属していて、そこでレベル2の魔獣相手に活躍したって話題になってる奴だ」


「それは……すごいね?」


 スパチュラ・ドラゴンがレベル1だったから、もうひとつ強い魔獣だってことなんだろうけど、ぼくこの世界のことよくわかんないし。


 ぼくが頭にクエスチョンマークを浮かべていると、今度はリンちゃんが別の受験生を指し示す。


「あちらの受験生もSクラスですわ。そして、あちらはルートブルームのAクラス。向こうの受験生はバルバンティラの賢者の秘蔵っ子って呼ばれていて――」


 リンちゃんってそういうののマニアなのかな? めっちゃ詳しい。


 とにかく、なんかすごい子たちばっかりなのはわかった。

 ならば! 今度はうちのご主人様を褒め称えねばなるまい!


「ふはは。ならば聞くがいい! うちのウィルベルはBクラスどころか、Eクラスに降格させられたんだ! すごくない!?」


「ほんとに逆にすげえよ!?」


「Dクラスから降格なんて都市伝説だと思っていましたわ……」


 おかしい。なんかめっちゃ呆れられた。

 ここは「えー!? 落ちこぼれのはずなのに、精霊の力でセレクションにっ!? さすがクロマグロ! さすマグ!」みたいな展開があるべきではなかろうか!


「まあ、まあ。ぼくらのことはいいじゃん。それよりもリンちゃんのことを紹介してよ」


「だからリンちゃんと呼――」


「よくぞ聞いてくれました!」


 ぼくが尋ねると、取り巻きのメイドさんが懐から「ばっ」と印籠を出した。


 おお! ファンタジーにありがちな日本風の国もあるってことなのね! メイドさんも大正ロマンな感じだし!


「この方こそはミヤシロ皇国の第四皇女リンネ・ハツトセ・ミヤシロ。その御方にございます!」


 ひかえーい、ひかえーいって言いたそうだけど、ここにいるのは王子様と公子様だからね。仕方ないね。でも、


 ――エリオ君、知ってる?

 ――ぜんぜん知らない。


 知らないんかーい!

 ぼくらがコソコソと話していると、リーセルが口を開いた。


「エリオ、ミヤシロ皇国ならクナギさんが有名だろ?」


「クナギ? ああ、あの『霞の神刀(ヤ・ミラーシェ)』クナギか。まだレヴェンチカの在学生だったか?」


「そうそう。2歳のときにレヴェンチカに招集された皇族。オレたちの2つ年上だ。えーと……君はもしかしてクナギさんの妹?」


 リーセルが尋ねると、リンちゃんの目尻にじわりと涙が浮かび上がった。


 あ、これ地雷踏んだ。どう見ても優秀な姉にコンプレックスを抱く妹です。本当にありがとうございました。


「あ、あの! クナギ様のことは……っ!」


 メイドさんが慌ててフォローに入ろうとするけれど、


「そうそう。一度だけクエストをご一緒したことがあるんだけど、クナギさんは本当にすご――」


 ぼくはあきれ果てた。

 リーセル君。どうして君はそんなに空気が読めないんだい? マグロだって、それは言っちゃダメな言葉だってわかるよ?


「お姉ちゃんのことはどうでもいいじゃない!」


 リンちゃん大爆発。ぐぎぎと歯を食いしばるその顔にはちょっと涙。

 あーあー。泣かしちゃった!


 ぼくは地球のシティボーイ出身なので、こういう涙には弱いのだ。なので、


「そうだよね。ひとまずお姉ちゃんのことはおいといて、リンちゃんは可愛いよね! ね、エリオ君!?」


「お、おう! リンちゃん、めっちゃ可愛い!」


「マグロの言うとおりにございます リンネ様は可愛い!」


「ええ、ええ! 可愛い! 可愛い!」


 ぼくらは必死であった。空気の読めるエリオ君とぼくとメイドさんたちは手を叩きながら「可愛い」の大合唱!


 食堂にいた受験生が「何アレ」という視線でぼくたちを見る。でも、ぼくらは止まらない。


 手拍子でリズムをとりながら「リンちゃん、可愛い! リンちゃん、可愛い!」と言い続ける!


「なんですのこれ!? 逆にイジメ!?」


「ほら、リーセルも!」


 ぼくが彼女の意中の人であろうリーセルにも(うなが)す。でも、リーセルは大真面目な顔で首を横に振った。


「ミカ。エリオ。彼女はここに可愛いと言われるために来てるんじゃないんだ。そういうのは失礼だよ」


「クソっ! ウィルベルとおんなじでこっちも割と脳筋だった!!

 エリオ君。ほんとにリーセル(この子)、社交界のモテキングなの!?」


「そーだよ。男ってーのは、権力と金があって、顔がよくって実力もありゃ大抵のことが許されんだよ!」


 なんてこったい! この世界にも経済力と顔面偏差値による格差はあるらしい。


 当のリンちゃんといえば、


「ふ、ふんっ。クロマグロに可愛いって言われても嬉しくありませんわ!」


 ぷいっ。


 ははっ。はっ倒すぞ、このやろー。


 っていうか、なぜこいつらは受験の最中に痴話喧嘩を始めるのか。エリオ君は合格する気ないからいいけど、周囲に超迷惑なんだけど!


「でも、ちょっと顔を赤くしちゃったりするあたり、リンちゃんってば、見事なチョロインっぷりだよね」


「だ、誰がチョロインですの!?」


 あ、聞こえてた! てへぺろっ。


 エリオ君が「お前、ほんとに余計なことしか言わないのな」と白い目でぼくを見るけど、逆に言わせていただこう!


「余計なことを言わないぼくに何の価値があろうか! いや! ない!」


「自分でも自覚があるんですのっ!?」


 ツッコミを入れるくらいには元気が出たようで大変よろしい!


 リンちゃんはぜーぜーはーはーと深呼吸をして、息を整えた。


「もういい。わたし帰る! 3人とも、行きますわよ!」


 言いたいことを言って気が済んだらしい。リンちゃんはメイドさんをひきつれて、食堂から退出しようと踵を返し、


「ばいばーい。またあとでねー」


「うん。ばいばーい――じゃない!」


 その去り際。リンちゃんはビシィっとぼくたちに指を突きつけた。


「これであなたたちもわたしをライバルとして認識したでしょう! 次の最終試験、せいぜい背中には気をつけることね!」


 リンちゃんが去って行ったのを見届けて、ぼくは二人に尋ねた。


「背中に気をつけるって、どういうこと?」


「ああ、最終試験――模擬戦闘試験は基本的には1対1なんだけど、同時に300人が一緒の会場で戦う大乱戦でもあるんだ」

【マグロ豆知識】

マグロは貪欲な大食漢です。

特に幼魚のときですがエサが切れると共食いを始めます。

完全養殖のマグロでは、ふ化後10日目からいきなり共食いし始め、稚魚期までにかなりの数が減るそうです。

※現在は研究で抑制できるようになっているようです。


(まあ、そもそも魚って共食いするもんではありますが)

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