41.リーセルという少年
時間は正午をだいぶ過ぎた昼下がり。受験生たちは各々、試験後半戦に備えて鋭気を養い、休憩などをとっていた。
お弁当で食事をする者。疲労回復のために眠る者。連れてきた付き人にマッサージをさせている受験生もいる。
で、我がご主人さまはというと、
「はむっはむっ! はふはふっ!」
「すげえ食欲だな。見てるこっちが胸焼けしてくるぜ」
とエリオ君が呆れて言うのはレヴェンチカの食堂で無心でご飯を頬張り続けるマイご主人様。
ぼくたちがいるこの食堂は、普段は学生専用ではあるけど、今日は受験生にも開放されていて、なんと全メニュー無料なのである!
タダと聞いて、この田舎者が遠慮するわけもなく。
「だって、ここのご飯すごくおいしいんよ!
へい、おっちゃん。焼き肉定食もうひとつおかわり!」
ご飯をおひつで持ってこい、と言わんばかりの勢い。そのあまりの食欲に、周囲で食事をとっていた受験生たちも、
「(うげぇ……あの女、まだ食うのかよ……)」
口を押さえてそそくさと立ち去る人もいるほど。なんて迷惑なご主人様! いいぞ、もっとやれ!
合格者の定員は決まってるから、ライバルが調子悪くなればなるほど合格の可能性も上がるしね!
「嬢ちゃん、よく食べるな!」
そんな受験生の姿を見て、お替りをわざわざ持ってきてくれた食堂のおっちゃんがガハハと笑う。
黒光りする立派な筋肉の持ち主で「え? この人勇者じゃないの?」って感じである。
「うん! こんなにおいしいご飯食べたの初めてなんよ!」
「うれしいこと言ってくれるじゃねえか!
じゃんじゃん食え! 食べるのもまた才能だからな!」
「食べるのが才能?」
エリオ君が尋ねると、おっさんはまたしてもガハハと笑った。
「強い体はいい食事から、ってな。在学生どもだって定食を最低でも2人前は食ってくぞ。大食漢の相手は慣れたもんよ」
どんっと置かれた焼肉定食は、お肉たっぷりで筋肉に優しく、胃に優しくない食事であった。さらに言うと、少女らしい可憐さとは正反対にある類のものである。
「エリオ君、聞いた? うち才能があるんやって!」
「それにしたって、慎みだとか遠慮だとかをな? おい、リーセルも何か言って……いや、なんでもない」
「うん?」
エリオ君が同意を得ようとするけど、エリオ君の対面に座っている金髪貴公子ことリーセル君のほうも3食目に突入しておられた。
なるほど。この世界に筋肉ゴリラが溢れるわけだ……。
「で、嬢ちゃんの総合順位は?」
おっちゃんがお盆を机に置きながらウィルベルに尋ねるけど、当人は早くも定食にお箸を入れ始めたのでぼくが代わりに答える。
「だいたい1200番くらいだったかな」
「そうかぁ……。そいつは午後は頑張れればいいなぁ」
あっ(察し)って感じ。ですよねー。10人しか合格できないのに、現時点でその順位って普通に考えたら絶望的ですよネー。
さらに言うと、最終試験に進めるのは受験生のうち300人だけらしい。1200位くらいのウィルベルにとっては合格以前の問題である。
最終試験開始の直前に張り出されるらしいけれど、毎年、阿鼻叫喚になるんだとか。
おっちゃんは慰めるようにウィルベルの肩を叩くと、厨房のほうへと戻って行った。
「でも、オレはウィルベルさんなら通っていると思うけどね」
と言ってくれたのはリーセル君。
なんていい人なんだろう! エリオ君の友達っぽいから、流れで同席してるんだけど、なんか絡んだことあったっけ?
「ああ、すまない。そういえばまだ挨拶もろくにしてなかったね。オレの名はリーセル。ディオルトから受験しに来たんだ」
「ディオルト?」
ウィルベルが首を傾げるのを見て、エリオ君が「はあ」とため息をつく。
「お前、ほんと田舎者なのな。ディオルトって言ったらソレイユ経済同盟をまとめ上げてる盟主国だぞ。誰もが知ってる大国だ」
「へ、へー……それはすごいん……やね?」
「まったくお前ってやつは……。いいか? 勇者っていうのはバカじゃだめだからな? 例えば国家間の合同作戦の指揮をとったりもするし、国境沿いのデリケートな事件にも首を突っ込むことになるんだぞ。
ほんとに勇者を目指すなら、そこらへんはちゃんと勉強しとけよな」
なんでそんなことも知らないんだよ、って言いたげだけど、だがしかぁしっ! ぼくの目はごまかされぬ!
ぼくは胸ビレでエリオ君のツンツンと突っついた。なぜならば!
「なにこのツンデレ! 昨日は無理無理って言ってたのに、ちょっと優しくなっちゃって!」
これ、ウィルベルとエリオ君の性別が逆ならチョロインポジションだよね。
「そんなんじゃねーよ! まあ、今年の大本命はこのリーセルだってこと覚えておくことだな」
なるほど! リーセル君が話しかけてきてから、やけに視線が集まるなって思ってたけどそのせいだったのか。
イケメンに対する嫉妬じゃなくてライバルたちの観察する視線。道理でチクチクするはずだ。
「過大評価だよ。オレだって必死さ」
でも、リーセル君は首を横に振った。謙虚さからのものじゃなくて本心からっぽいけど?
「なるほど。冷静に考えたら内部昇格生で上がってくる子がエリートであって、セレクション受けにきてる時点で下剋上みたいなもんだよね」
前にウィルベルから聞いた話でも、才能のある子は2歳からレヴェンチカで教育を受けるって話だったし。
「はは、手厳しいな」
「もう、ミカってばほんとにいらんことばっかり言って!」
ぼくの頭をウィルベルがたたこうとする。けど、そのタイミングで言葉を続けてそれを制止したのはリーセルだった。
「でもそれは事実なんだ。オレは立場上、勇者候補生と何度か仕事をしたことがあるけど、彼らこそ正真正銘のバケモノだよ。
現時点での彼らとオレの差は、オレと君の間にある差よりも……大きいかな」
ハイッ! さらっと自分のほうが優れてる発言入りました! ここまでの成績とか考えたらホントのことなんだろうけど!
「そんなわけで現時点で、誰が優れているかなんてこの学園にしてみれば興味がない。五十歩百歩ってやつさ。どれだけの成長の余地をみせることができるか。それが肝要だ。
そういう意味ではウィルベルさんがもっとも抜きん出てると思う。たぶんだけど、最終試験に進んでいる予感がある」
「い、いやあ。そんなん言われると照れるんよ」
ウィルベルが褒められた気恥ずかしさに、ぽっと顔を赤らめる。なんてこったい!
「いまの聞いた、エリオ君!? モテる男っていうのはこうやってなんの脈絡もなく女の子を褒めるんだね!?」
「ああ……さすが社交界一のモテキングだぜ。まさかナンパ技術でもナンバーワンだったとは」
ガッデム! ぼくがマークしておくべきはエリオ君だなんて有象無象の普通モテじゃなくて、この王子様スマイルを浮かべるイケメンモテキングだったのだ!
「あ、ついでに言っとくと、こいつ本物の王子様だから」
「オーケー、リーセル君。うちのウィルベルを嫁にやる権利をあげよ――びゃああああ! ウィルベル、やめて! カマの部分を持ってシェイクしないで!?」
――なんてぼくらがお気楽にはしゃいでいた折りのことだった。
「女の子とおしゃべりなんて、いい御身分ね。リーセル」
ぼくらに話しかけてきたのは受験生の女の子だった。
【マグロ豆知識】
高タンパク、低カロリーのマグロの刺身は筋トレの際に摂取したい食材です。
このとき、単純にタンパク質を摂取するだけではなく、9種類の必須アミノ酸のバランスを考えることも大切です。
このアミノ酸のバランスを示した指標を『アミノ酸スコア』といいます。
100点満点で、マグロのアミノ酸スコアは100。
筋トレのお供にはマグロの刺身をどうぞ!
(というか魚類、肉類は軒並み100ですが)