40.マグロは逆境に強い
で、始まりました。セレクション。
前半戦は基礎能力試験らしくて精霊の干渉は不可。
なので、
「ウィルベル、ファイトぉぉぉっ!!」
ぼくはグラウンドに設置された観客席からエールを飛ばしまくっていた。
ここまで行われた試験種目は、魔法制御、100メートル走、走り高跳、砲丸投げ、200メートル走、走り幅跳び、やり投げ。
そしていまおこなわれているのは5キロメートル走。
魔法制御以外は、ほぼ地球の陸上競技の七種競技!!
たまに地球の文化ぶっこんでくるよね、この異世界。
もっとも時間の短縮のためか、すべての種目は1発勝負。走り高跳びも飛んだ高さの測定になってるけど。
まあ、どっちにしたって見ててエキサイトできるってもんでもなく、地味な感じではある。
そのせいかぼくのようにグラウンドにかぶりついて見てる人は、受験生の保護者とスカウトっぽい人たちのみであった。
ベルメシオラたちはというと、グラウンドを見下ろすことができる大きな来賓用のタワーの展望室で、各国のお偉いさんとドレス姿で談笑中。
こっちは直射日光の下で泥臭く応援してるっていうのに、向こうは快適そうな部屋&ドリンクや軽食を提供してくれる給仕さんがいたりして、すっごい格差を感じるんだけど!
いや、あれもお仕事だとはわかってるんだけどさ! わかっててなお、とにかく「ぐぬぬ」という感じである。
ともあれ、目下の問題はセレクション。
グラウンドにはサッカースタジアムのような巨大ディスプレイが設置されていて、そこに結果が表示されている。
ここまでの成績を言うと、我が愛しのご主人様は1300番目くらい?
くらい、というのは、ぼくらがいるこのグラウンド以外でも試験が実施されてるので、その時点での順位が確定するまでに時間差があったりするのだ。
「ぜひゅーぜひゅー……」
ははっ! ウィルベルってば陸に上がった魚みたいな呼吸してる!
昨日の七星サーディン&スパチュラ・ドラゴン戦と、さらにさっきのマシロとの追いかけっこの疲労が蓄積されてるのが効いてるなぁ。
ならば! 何もできぬ精霊の身分としては全力で応援するのみである。
「フレー! フレー! ウィ ル ベ ル! ふれっふれっ! ウィル! ベル! ブラジル飛び越えチョモランマ!」
びたーんびたーん! 力の限り跳ねる!
観客席にいる他の人たちは「こいつ迷惑だな」って表情で見てるけど、ぼくはそんな逆境に負けないのである。むしろ逆境に強いのがマグロなのだ! びたーんっ! びたーんっ!
「がんばれがんばれウィルベルぅぅぅっ」
「ぜひゅー……」
死にそうな目をしながらも本能だけで進む姿はまるでゾンビ。
それでも半分くらいの順位を維持できているのはさすがゴリラと言えよう。
せめてさっきのマシロとの追いかけっこがなければなぁ。
って、そういえば姿が見えないけどマシロが見えないけどどこに行ったんだろう? 神様だけあって、最初のセレモニーだけ挨拶に出てきたのかな? だとすると、あそこのVIPルームにいるのかな?
なんて思ってると、
「あなたのご主人さまはちょっと辛い状況ですねー。がぶー」
「ぎゃー! 出たー! 妖怪マグロさらい! やめて!? 鱗の上からかぶりつかないで!?」
突如、ぼくの頭にかぶりついてきたのは駄女神マシロであった。
やめて、歯型が付いちゃう。
「ま、マシロ様!?」
突然の世界一偉い存在の乱入に観客席にいた人たちがどよめく。
マシロは後ろを振り向くと、にっこりと笑っておばさんくさく手を振った。
「まあ、まあ、みなさん、落ち着いて。一緒に観戦しようじゃないですか!
うんうん。やっぱりこういうのは観客も盛り上がってこそ青春って感じです! みなさん頑張れー!」
「おういえーい! うちのご主人様ももちろんだけど、みんながんばれー! ひゅーひゅー!」
ビターンビターン!
やっぱり周囲は迷惑な顔。せっかくぼくとマシロが盛り上げてるんだから、おっさんたちもタオルを振って歓声ぐらいあげてはいかがだろうか。
そうやって応援してると、やがてウィルベルがゴールした。
順位としてはリーセルって子が1番。エリオ君は20番。ウィルベルは100番くらい? あくまでもこの会場では、って但し書きがつくけどね。
基礎試験の会場は5つあって、それぞれ同人数ずつに分かれているのだ。
次々とゴールする少年少女たちの結果が、グラウンドにある謎技術の電光掲示板に表示されていく。
表示されているのは総合順位と5キロメートル走の順位。
現在の総合1位はここまで全種目1位を独占しているリーセル・A・ソーラ・ディオルト君。圧倒的とはまさにこのこと。
エリオくんはだいぶ下がって68位。我がご主人さまは……980位。
あちゃー、こりゃ客観的に見ると合格は無理っぽい感じだなー。他の会場が終わったらまだまだ下がっていきそう。
ほかにも目ぼしい受験生たちの成績を確認しようと、観客のスカウトさんたちの視線がそちらを向く。
「――そうそう」
と、マシロがぼくの耳に口を寄せてきたのはそんなときだった。
表情は「いい天気ですねー」とでも言うくらいの気軽さで、
「少し話を聞きたかったんですが、あなたたちって、ここに来るまでに七星サーディンとスパチュラ・ドラゴンを相手にしたんですよね?」
「あれ、よくご存知で」
「ふふふ、神様はいつどこでもあなた達の行動を見守っているのです。というのは冗談として、あの船に乗っていた人たちから聞いたんですよ」
「だったら同情して点数、嵩上げしてよー」
「それはできません。わたしはあくまでも世界の象徴なんです。口を出す権限を持ち合わせてないんです」
ちっ、つっかえねー神様だな!
「誰が使えない神様ですか!?」
「あんただよ、あんたぁっ! マグロの頭の中を読むとか、どうでもいいところで無駄に神様らしさを演出してるあんただよ!」
「あー! そういうこと言います!? せっかくククルからの極秘命令で、あなたたちの情報を内偵しに来てあげたのに!」
「バーカバーカ! 極秘命令ぶちまけてんじゃねえよ!? そもそも神様が下々のものから命令されたことをドヤ顔で宣言しちゃ駄目じゃない!?」
「い、言われてみたら確かに!?」
ははっ、ポンコツすぎでしょ。この女神。
「で、内偵って何しに来たのさ。内定と間違えてないよね」
「えーっと……そうだっ! サーディンやドラゴンとの戦ったときのことをなんか教えてください!」
かつてここまで漠然としたお願いを聞いたことがあるだろうか。いやない。
っていうか、ククル学園長ってば命令出す相手間違えてない!?
だがしかぁし! これはチャンスである。
ふひひ。大げさに手柄話を捏造して、ウィルベルの心証をよくしてあわよくば合格ゲットぉっ!
――だけど次の瞬間、ぼくはこの作戦の致命的な問題点に気付いてしまった。
「あのね、あのね。こう……ぐわわー! って感じでびしゅびしゅって感じだったの!」
あっかーん! マグロは脳みそがちっこいのでアホなのだ。具体的に言うと、餌が目の前にあると即食いつくくらいに!
でも、そこはさすが女神。
「なるほど。しゅびばばって感じにビッチビッチ、と」
必死にびたーんびたーんって身振り手振りで経緯を説明していくぼくに、いちいち頷いてくれる。絶対に理解してないと思うけど。
戦いの話は七星サーディンとの戦いから、スパチュラ・ドラゴンの話に移り、さらにギギさんの戦いが始まったあたりで――
「そのとき、あなたはどういうことを考えていました?」
と、ちょうど中トロモードの話にさしかかったところで口を挟んできた。
どういうことって言われても……
「体が勝手に動いたんだよね。なんか自分の体じゃないっていうかさ」
「つまり何も考えてなかった、と?」
「そういうわけじゃないかなー。でもウィルベルはぼくの考えを読み取ってくれた感じがした」
「へえ……」
「ぼくとウィルベルの4つの目が見る光景を上から投射してる感じって言えばいいのかな? 脳みそ大爆発しそうな感じ。
うん、そうそう。例えばさっきの話だとサーディンたちは攻撃をチャージするのに時間がかかるから、攻撃が終わったあとの動きをコントロールすることで……」
口に出すと、あのとき不思議な集中力が引き起こした漠然とした行動が理論の色を得て、ぼくのからだのなかにすーっと入ってくる感じがする。
「――って、そうそう! 特にドラゴン戦! あの謎パワーによる魔法のこととか、逆に聞きたい! あれっていったいぜんたいどういうこと!?」
「いや、わたしにそんなこと聞かれても……。管轄が違うので」
「あんた、唯一神じゃなかったの!?」
「唯一神にだって、わからないことくらいあるんですぅー↑」
くそぅっ! 嫌味な言い方しやがって!
こりゃマグロに転生させられた理由を聞いても無駄そうだなぁ。
ともあれ、マシロのほうは聞きたいことを聞き終わったらしい。パンッと柏手をひとつ打って立ち上がった。
「でも、なるほど。わかりました。あの娘はとてもよい精霊と巡り合ったのですね」
言って、マシロがちらりとウィルベルを見る。
力尽きたのか、ゴール地点で突っ伏して倒れていらっしゃるは我がご主人さま。
あ、エリオ君とリーセル君が担いでいってくれた。そういえば浮遊有船のデッキでも会話してたけどあのエリオ君とリーセル君って友人なのかな?
その様子を見て、マシロは優しく微笑んだ。
「さて、これで基礎試験は終了ですね」
微笑みながら、ぼくを両手で掴んでリフトアップ。
え? なんで? ちょっと待って。ナチュラルに投擲体勢に入らないで。
「後半の試験は、昼休みを挟んでの開始です。精霊さんも含めた総合模擬戦なので頑張ってください! とうっ!」
ぶん投げられた! しかもアメフトのボールみたいに絶妙に回転がかかってるから目が回る!
狙いは500メートル以上先のマイご主人様。
「びゃああああ!」
――にしてもククル学園長はマシロを通して、何が聞きたかったんだろう? 真っ直ぐにウィルベルのほうへと投げられたぼくは空中で首を傾げた。
【マグロ豆知識】
マグロがラム換水という方法で呼吸していることは以前に説明しました。
このラム換水、水圧を使って呼吸する関係上、順流と逆流で呼吸に必要な速度が異なるという特徴があります。
特に、嵐のように流れがむちゃくちゃになるときには酸素量が安定せず、魚種によっては二重ポンプ換水に切り替える魚もいます。
マグロはこのような海流に負けぬ泳力と、質量、潜水深度を持ち合わせており、嵐――あらゆる逆境に強い魚といえます。