4.海の馬鹿野郎! と言えない世界
かつて、この世界は地球のような1個の球体であったという。
その大地が突如として崩壊し、億万の断片に分かたれたのが約2000年前。
神話では、この世界を総べる女神マシロと『始原の勇者』って英雄が魔王的なものと戦って、その余波で大地が崩壊。
その後、女神マシロがその断片を拾い集め、何もなくなった虚空に島々を浮かべ直したのだという。
それがこの浮遊島世界の成り立ちだ。
それを聞いたぼくは、
「うーみーはひろいーなー。おっきーなー」
現実逃避のひとつもしたくなろうというもん!
くそっ! ファンタジー世界め! マグロがみんなに認知されてるのに、海がないとはこれいかに!? こんなの絶対おかしいよ!?!?
海の代わりにあるのはどこまでも続く空。
鳥たちが魚のように飛び交い、波のように風が吹く。
さらに街の端はぽっかりと湾口のように形になっていて、そのなかにある大桟橋には飛空艇――通称『浮遊有船』がいくつも停泊している。
舷側には、でっかいオールみたいなのがあるけど人力なのかな?
飛空艇の形はファンタジー世界のものとしてはオーソドックス。
中世ヨーロッパの軍船なんかに使われる木造のガレー船に、飛行船のような形の風船を取り付けた感じ。
ゲームやアニメではよくある形だけど、あんなのでほんとに空を飛べるんだろうか?
――なんて疑惑を抱いてると、ふっ、とぼくたちの上を巨大な何かが通って、影を作った。
なんだろう? って空を見上げると、
「すごい。ほんとのほんとに飛んでる……」
大きさは、小さなフェリーくらい。
大桟橋に停泊している船と同じく、ガレー船に風船がついたような形をした船が、大空を飛んでいた。
舷側に備えられたオールのようなものが、上下に動いていてトンボの羽を思わせる。
オールは動くたびに、空に緑色の光をなびかせ、船が通った後に飛行機雲に似た形のキレイな軌跡が残る。
「あの羽は魔力を活性化させるためで、風石っていう魔法の石の力で飛んどるんよ」
ファンタジーってすごいね。
ちなみにあれくらいの大きさの浮遊有船なら、船員に求められる精霊の魔力補正値は最低でもC。機関長ならBとのこと。おのれ、ここでも精霊格差か。
あっけにとられるぼくの頭上を、浮遊有船は3分ほどかけて通り過ぎ、そのまま大桟橋のほうへと向かっていった。
ぐぬぬ。神様! 船が空を飛ぶなら、マグロも空を飛べるべきはないでしょうか!
「跳べ! 飛べ! アイ・アム・ア・フライングツナ!」
びたーんびたーん!
ぜーぜーはーはー……。オーケーわかった。マグロはデフォルトでは空を飛べないってことがね!
「なので地面を歩くことにします」
いつまでもウィルベルに担いでもらうわけにもいかないしね!
尾びれをぴこぴこ動かし、尾びれ歩行。
立てばシャーク、座ればビターン! 歩く姿はクロマグロ。
見よ! マグロ・グランドフィーバーで鍛えられた我がプレイヤースキルを!
地上適性なんてなくても、この程度はお茶の子さいさいなのだ!
「ミカってば地味に器用なんね」
「ふはは! 感心するのはまだ早い! なんと! クロマグロは踊ることすら可能なのだ!」
そう! マグロ・グランドフィーバーにおいてマグロ族にだけ許されたアクション。それがマグロダンス。
かつてのゲーム内で、カジキマグロたちの羨望の眼差しを受けた超絶技巧がいまここに!
くいっくいっ!
見よ! 戦士ギルドには不向きでもアイドルギルドの頂点に立てそうなこのキレのある動き!
さあ! 前言撤回するならいまだけだかんね!?
チラッ!
ぼくが広場にいる人たちのほうをみると、ちょうどルセルちゃんが試験をしている最中だった。
「ルセル君はとてもいい精霊を召喚したな。BどころかAクラスでもやっていけそうだ」
「おほほ。当然ですわ! わたくしとカーバンクルならすぐにでもSクラスに――」
ちくしょー! 誰も見てなーい!
ナンデェっ!? 日本だったらマグロが躍ってたら超人気者になれるのに!? 誰か見てくれる人プリーズ!
ぼくをじっと見つめてくれるのは、広場にあるブロンズ像くらいなもんである。
嬉しいね。銅像の目は冷たいって言うけれど、冷凍マグロよりはぜんぜん温かい。
っていうか、この銅像どなたさま?
赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫。虹を思わせる7色のふわふわとした光が周囲を包んでてすっごい派手。
見た目は正統派ファンタジーに出てくるような胸鎧とマントを羽織った女性。とってもスタイルのよい美人さん。表情もすごくバシっとキマっている。
ポーズは、剣を空に掲げた英雄にありがちなやつ。名のある武将だとか有名な剣士だったりするんだろうか。
周囲に小さな人型のものが7体付属してるけど、たぶんこれがこの人の精霊なのかな?
「それは、神話の時代にマシロ様と一緒に世界を救ったって言われる、始原の勇者、聖女リゼット様なんよ。周囲にいるのは七光精霊って呼ばれる最上級精霊」
「じゃあ、この銅像が七色にライトアップされてるのは、その七光精霊ってやつを模してるの?」
「……ライトアップ?」
おや? もしかしてウィルベルにはこの光が見えてないのかな?
ぼくが首を傾げると、ウィルベルも同じように首を傾げ、そしてうなずいた。
「精霊には魔力が見えるっていうから、ミカが見てるのは魔力なのかもしれんね」
「……これが魔力?」
試しにぱくっと食いついてみるけれど、物理的なものではないのか、すり抜けてしまう。
「魔力っていうのは心の力。ドキドキ、あるいはワクワクする心。平和を祈り、誰かの幸せを願う心。それが魔法の原動力って言われとるんよ」
ちょうどそのとき、ちっちゃい女の子がやってきて勇者像に向かって何やら祈った。
「おおお……確かにちょっとだけ光が強くなった気が……」
――そのとき、DHAたっぷりなマグロに電流走る。
もしかして、さっき飛んでた浮遊有船の緑の光って魔力なのでは?
だとすれば、スキルがなくとも魔法で空を飛べるのでは!?
そうだそうだ! 船が空を飛ぶなら、マグロだって空を飛べるに決まってるじゃないの!
スキルに頼ろうとしたぼくがバカだった。ここはゲームの世界じゃないのだ。せっかくの異世界にきたんだから、魔法でフライハイすべきだよね!
「うおおお、我が身に宿る緑パワー! ビリベルジンよ。我に力を!」
びたーんびたーん!
びたーんびたーん……
びたーん……びたーん……
おのれ、ビリベルジンめ。切り身を緑色に変化させるくらいにしか使えないなんて、なんて役立たずなヤツなんだろう。
【マグロ豆知識(1)】
マグロに限らず、(魚以外でも)食肉や骨が腐敗以外の理由で緑色になることがありますが、その原因がビリベルジンです。
カツオの切り身なんかでよく見る燐光現象(透明のホログラムシートを貼ったような色)の原因と言えばわかりやすいかもしれません。
ちなみに人間にも無関係ではなく、打ち身をしたときの青あざなんかはこのビリベルジンが原因だったりします。
【マグロ豆知識(2)】
人の色覚は3色型色覚と言われています。
赤視物質(R) / 緑視物質(G) / 青視物質(B)
マグロはなんと、それにプラスして紫外光をみることができます!
これを4色型色覚といいます。
(人間にも10%程度の確率で4色型色覚の方がおられます)
そう考えると、マグロは人間に見えないものが見えている可能性もあるかもしれませんね。