39.超常の存在
「これはあなたの精霊ですか」
ククルさんはぼくを手に持ったまま、ウィルベルに尋ねた。
「はい。そうで――」
「まったくもう! ククルってばなんてことするんですか!?」
ウィルベルが「そうです」と答える前に、ばばばー! っと走って戻ってきたのは青髪幼女こと女神マシロ様。いや、様ってつけたくないから、マシロって呼ぶことにする。
ククルさんは「どうどう」とマシロの頭を押さえつけると、
「落ち着いてください、マシロ様。いまはセレクションの開会セレモニーの最中です。
いつも威厳がないと言われるのですから、おとなしくしていてください。あんまりうるさいと、またかっ飛ばしますよ?」
「そう言うククルが、一番わたしを軽んじていませんか!?」
「まさか(笑)」
この人、「かっこわらい」って発音したんだけど!
女神の扱い雑すぎないっ!? ねえ、ウィルベル? ……ウィルベル?
「……あれ? ウィルベル?」
不審に思って、いったんマイご主人様のほうへ振り向くと、
「あわ? 女神様? あわわ?」
あかーん! あまりの超展開に頭が沸騰中だー!
ウィルベルの脳みそは筋肉でできてるからね。仕方ないね。
なので、ぼくはご主人様のために立ち上がった! そう! 尾びれでぴょこんと立ち上がったのだ!
「ちょっと二人ともストォォォップ! いまの状況を説明プリーズ! うちのご主人様がめっちゃ混乱してるんだけど!
あんたら結局何者なのさ! 脳筋ゴリラにもわかるように優しく!」
「むむむ。このマグロ、このわたしに向かって「お前は誰だ」とはなかなかいい度胸です! いいでしょう、ならば名乗りましょう!」
マシロはウィルベルのほうに振り向くと、びしぃっと偉そうに胸を張った。
「我こそはこの世界の唯一神こと女神マシロ様! ぶいっ! (たぶん)けっこう偉い存在ですが、わたしのことは親しみを込めて『マシロちゃん』と呼んでくれてかまいませんよ!
そして、こっちはレヴェンチカ学園長 兼 筆頭勇者のククル」
「学園長のククルです。しっかりと偉い人なので、名前を呼ぶときは『ククル様』と呼んでください」
「おぉぉい!? 神様より学園長のほうが偉そうなんですけどっ!?」
しかも、すっごいちっこい声で「たぶん」って言いやがったぞ。あの駄女神!
ふーふー……。落ち着けぼく。ぼくの本業はツッコミ役ではなくてボケ役なのである。
よし! ここはひとつ、マグロジョークで場を和ませよう。
ごほん。ぼくは気を取り直して胸ビレをぴょこんと掲げた。
「ハーイ! ぼくマグロ! 真っ黒って意味の生き物なんだ。
君は真白っていうの? 奇遇だね。これ、運命の出会いじゃない? どう? これからお茶でもシバキにいかない?」
奇遇だね、から始めるのはナンパの初歩のテクニック!
女神なんて昔から幼馴染やツンデレお嬢様と並ぶチョロインだって相場が決まってるから、これで落とせるはず。よゆーよゆー。
「誰がチョロインですか!? 心外です! 不敬です! 天罰食らわしますよ!?」
ちぃっ!? まさか、このちんちくりん。心の中を読めるというのか!? ぜんっぜん女神に見えないくせに、無駄に女神っぽい超常現象起こしやがって!
「おらぁっ! ちんちくりんとはなんですかっ!?」
「やーいやーい、幼児体型! 悔しかったら、ぼん きゅっ ぼーん! で女体盛りができるようなボディになってみろっつーの! べろべろばー!」
「ぶっ殺しますよ、ふぁっきん!」
「お、やんのか? ちんちくりん!」
「ええ! やってやりますとも!」
げしっ! ぼかっ! びたんびたん! ぎゃーぎゃーわーわー。
ククルさんやウィルベルを放置して、マシロとぼくの掴み合いのケンカが始まる。
っていうか、このちびっこ女神、さっきの逃走劇もあれだったけど、めちゃくちゃ強いんでやんの!
「女神様アッパー!」
「ぐふぉぁっ!?」
「女神様バスターッ!!」
「ひぎぅっ!」
「女神様タワーブリッジッッ!!!」
「あばばばばば!!」
アッパーで体を浮かせて、流れるように五所蹂躙絡みで地面に落下。さらにアルゼンチンバックブリーカーでぼくの背骨に大ダメージ!
「馬鹿な! 体重200キログラムのぼくが、体重40キログラム程度のチビに敗北するというのか!?」
「女神の神秘パワーを甘く見たのが運の尽きですね! これに懲りたら今後はわたしを崇め奉ると誓うのです!」
「絶対にヤだっ! っていうか、神秘パワーじゃなくてただの腕力だよね、これ!?」
「この体格でこの腕力が発揮されてることが、すごく神秘的なことなんです!」
「ハッ!? 確かに!」
「というわけで、わたしを崇め奉るのです!」
「やだー!」
「駄々をこねるんじゃありません! このままやると再起不能になりますよ!?」
さらに強くなるアルゼンチンバックブリーカー。
あ、これやばい。身割れしちゃう! 商品価値が落ちちゃう!
と、それを止めてくれたのはククルさんだった。
「だったらそれらしい言動をしてください。あなたがコレの持ち主だったのですね。はいどうぞ」
ひょいっとぼくを摘み上げ、ウィルベルに向かって片手で投げ渡す。
ちゃお。ウィルベル。10分ぶり! ブリじゃなくてマグロだけど。
っていうか、何度も言うけどぼくの体重は200キログラムである。それをひょいっと摘み上げるなんて……この世界にはゴリラしかおらぬというのか。
「ふー。ウィルベルの腕の中にいると落ち着く。あー、えらい目にあった。まったく、神様っていうのはあれだね。心が狭いっていうか」
「誰がどう見ても、完全無欠に自業自得やったんよ……」
「なんと」
仏の顔も三度までっていうんだから、2度は許すべきだと思うんだ。
ともあれ、「ふーやれやれ」と落ち着いた感。
精霊って設定のおかげなのかな? ウィルベルの手元にいるのが一番安心できる気がする。ぼくもウィルベルもいったん深呼吸。
「――あのククル学園長?」
そんな折り。おずおずとぼくたちに話しかけてきたのは、平教師っぽい若い女の人 (巨乳)だった。
「なんですか?」
「いま、開会セレモニーの真っ最中なんですけど……」
「……」
「……」
ぼくたちを見つめるのは受験生&各国の偉い人2千人以上からなる4千の瞳。
いやん、そんなに見ないで。熱い視線に身焼けしちゃう。あ、よく見たらあそこにベルメシオラもいるじゃん。
いえーい、見てるー? いまのぼくらって超人気者! やったー!
ぼくもマシロもククルさんも、みんな「だからどうした?」って表情なんだけど、
「あうあう……」
たった一人ウィルベルだけが恥ずかしげ。
うちのご主人様ってば精神攻撃に弱すぎじゃない? まったく困ったもんである。
(ミカたちがおかしいだけなんよ!?)
(と、うちのご主人様が申しておりますが? どう思われますか、女神様!)
(神様に向かっておかしいとはなんですか。不敬ですよ、ふぁっきん)
「ぎゃーー! ほんとにテレパシーに割り込んできやがった!」
ジョークだったのに、無駄に超常生物っぽいことしやがって!
と、そんなぼくらは脇に置いておいて、ククルさんは泰然とした表情で「ごほん」とひとつ咳払いをしてマイクに向きあった。
そして――
「以上。みなさんの緊張をほぐすためのマシロ様直々の小粋なショートコントでした。
勇者たるもの、いついかなるときも最後まであきらめず全力を尽くさなければいけません。今後、あなたがたが困難に陥ったとき、マシロ様直々に励ましていただいたことを思い出し、奮起するように。では皆さん、マシロ様に拍手を」
しれっとバレバレな嘘ついたぞ、この人!?
「言い訳にしたって雑すぎない!?!」
実際、この場にいる人たちで信じてる人いないし!
「? 面白いことを言いますね。
ちょうどいいです。ここでひとつ勇者の心得をレッスンしてさしあげましょう。勇者というのは『信じられる』ものではなく、『信じさせるもの』なのです」
え? どういうこと? ちょっと名言っぽいけど。
ククルさんは言って、再度マイクに向きあった。そして一言だけ。
「マシロ様に。拍手を(しないとかっ飛ばす)」
脅迫だーっ!? 口には出してないし、口調は静かだけど、そこに込められた圧力はモノホンだー!!!
『勇者は信じさせるもの』って絶対ちがう! そういう意味じゃない!
案の定、
――絶対に嘘だ。
会場にいる全員の心は一つになった。けど、
「拍手を!」
――文句あんのか、受験生ども。
現役筆頭勇者様は謎のプレッシャーで黙殺した。
……パチパチパチパチ
ククルさんは偉い人も含めて全員が拍手したのを見届け、「よろしい」と満足そうにうなずいた。
「では、これより第104回、レヴェンチカのセレクションを開始いたします!」
勇者という名の絶対正義による恐怖政治の光景がここにあった。
この人はこの人で逆らっちゃいかん人である。
【マグロ豆知識】
体長2メートルのマグロといえば葛西臨海水族園のモニュメント「マグロとせいくらべ」の身長計。
一般的な成長曲線からすると体重200キログラム相当になります。
主人公の大きさを見たい方はぜひとも横に並んでみてください!
※参考:太平洋クロマグロの資源状況と 管理の方向性について (水産庁)
【1-2.太平洋クロマグロの成長について】より
http://www.jfa.maff.go.jp/j/tuna/maguro_gyogyou/pdf/sankousiryou2.pdf
ちなみに一般的な養殖マグロ(30キログラム~60キログラム)は1メートルから1.5メートルくらいになります。(体重と身長の比率が変わり過ぎですよね)