37.因縁の始まり
浮遊有船グランカティオ号のデッキから桟橋に飛び降りたぼくらを待ち受けていたのは、すごい光景だった。
「ふぉおおおお! ここがレヴェンチカなんよ!?」
覚えておられるだろうか。この世界が昔は球体だったけど、なんか爆発しちゃってバラバラになったことを。
いわく、レヴェンチカというのは崩壊前の文明を最も色濃く残す都市であるらしい。
とはいえ、昔の技術は櫛の歯が欠けるように失われていて、残った技術とそうでない技術の差が激しいらしいけれど。
桟橋からまっすぐに続くのは、ダンプカーでレースできそうなほどに長く広いメインストリート。
白の濃淡で美しい模様が描かれていて、その上を土足で歩くことに恐れ多さすら感じる。
そのメインストリートの先にあるのがレヴェンチカだ。島の名前にもなっている世界唯一の勇者育成機関である。
なんて大きな白い塔なんだろう。地球に存在しても”未来的”って形容詞がつくような感じの建造物である。
世界最高峰、という言葉に恥じぬ大きさ。
美しさ。そしてどこか神秘的な威厳すら感じる。もしかすると、崩壊前は地球よりも文明が進んでいた可能性?
ぼくがあの学園の学生だとすれば、毎日嫌でも背筋が伸びちゃう感じであった。
「ってそんなこと言うとる場合じゃないんよぉぉぉぉっ!! 試験会場ぉおぉっ!」
「あばばば! 引きずらないで!? 削り節になっちゃう!」
だっていうのに、我がご主人様は「ずだだだ」と品のない走り方で駆けていく。道が魚臭くなるのでそういうのはよくないと思います!
「えーと……カッポレさんは第一グラウンドって言ってたよね!」
「その第一グラウンドはどこなんよー!?」
走るウィルベルがキョロキョロと探すのは学内案内図。
と、
「――あらあなたもしかし受験生?」
必死になって学内案内図を探すぼくらに声をかけてきたのは、制服姿の少女だった。
歳は18歳くらいかな? ちょっと目つきが悪くて、スケバンみたいな、常にイライラしてそうな神経質さを感じる。
ウィルベルよりも頭ひとつぶん身長が高くて、それがまた威圧感を醸し出している。動物で例えるなら……コンドル?
突然、在校生に声をかけられて、ぼくらがきょとんとしていると、少女は肩をすくめた。
「毎年、あなたみたいな娘がいるのよね。時間ギリギリにどたばた走ってくる娘が。特に田舎から出てきた人に多いんだけど」
グサァッ。
見も知らぬ人に田舎者と罵られてウィルベルの精神に大ダメージ!
でも、ダメージを受けてる場合じゃない。はやく第一グラウンドの場所を――
「……あっち」
ぼくらがテンパっていると、その女の子は西の方角を指さした。向こうが会場ってことかな?
(たぶん。そういうことなんよ?)
うちのご主人さまは頭が単純でいらっしゃる。
ダメージから立ち直ると、ぎゅっと女の子の手を握って笑みを浮かべた。
「ありがとう! うちはウィルベル。この恩は忘れないんよ。あなたは?」
「来年からレヴェンチカ高等部の3年生になる者よ。また会いましょう。あなたが合格したなら、ね」
「まあまあ、そんな意地悪なこと言わんで。とにかく! ありがとう!」
そしてぼくを引っ掴んでまたダッシュ!
あばばば。だから! そんな勢いで地面にひきずらないで。削り節になっちゃう!
★★★★
――ウィルベルが去ったあと。
「あっち……のほうにはないんだけどね」
来期からレヴェンチカ高等部の3年生になるクァイス・バルハラーロは澄ました顔でつぶやいた。
あら可哀そう。勘違いしちゃったのね。って感じである。
「クァイス、お待たせー。あれ、どうかしたの?」
ウィルベルが走っていった逆側。第一グラウンドのほうからやってきたのはクナギ・ハツトセ・ミヤシロという少女だった。
独特の文化をもつミヤシロ皇国の第三皇女にして、クァイスの同期における次席である。
「なんでもないわ」
クナギは「本当に?」と尋ねてきて、クァイスの頬をぷにっとつついた。
「クァイスったら、まーた怖い顔してる。もうちょっとにこーってしなさいな。ほら、明後日のセレモニーじゃ一緒に演武をやるんだからさ!」
「……くだらないわ。見世物になって何がいったい楽しいの」
レヴェンチカでは毎年、セレクションのあとに女神マシロ様の生誕祭が盛大に執り行われる。様々な島から観光客がやってきて、様々なイベントが行われるのだ。
むしろ、ほとんどの者にとってセレクションのほうがおまけである。
その生誕祭の際には、学年ごとの成績優秀者による演武という名の模擬戦が執り行われるのだが、クァイスの相手がこのクナギなのだった。
成績優秀者、と言うだけあって、クァイスは学年第三席という順位に位置している。が、
(この化け物め)
クァイスは心の中で悪態をついた。
2人とも幼年教育からレヴェンチカに在籍している。
そのため散々模擬戦で戦っているが、その戦績は108戦8勝100敗。さらに言うと高等部にあがってからは一度も勝利していない。
毎年、勇者として女神から認証が与えられるのは5人前後。
とはいえ、そこには順位づけがされるし、与えられる任務や権限には差異が生まれる。
クァイスにとっての目の上のたんこぶ。それがこのクナギという少女なのだ。
そんなクァイスの心境を知ってから知らずか、クナギはやってきた方向を指さして脳天気に笑った。
「さっき、第一グラウンドのほう見てきたんだけど、やっぱりこの時期ってフレッシュな感じですごいよねー。ぐわわーって感じでさ! なんかわたし、おばちゃんになった気がしちゃう」
「どうでもいいわ。しょせんセレクションでしょう?
どうせ大したことのない連中よ。わたしには関係ないわ」
セレクションで入学してくる者というのは、言ってしまえば国家間の権力闘争の道具であって、クァイスたちのような純粋な世界の守護者としての器として期待されているわけではない。
それはクァイスだけでなく、幼年教育からレヴェンチカに在籍している者にとっての共通認識でもある。
だが、目の前の少女は異なる意見であるらしい。
めっと言わんばかりに、クァイスの唇に人差し指を突きつけ、
「大切な後輩や仲間になるかもしれないんだから、そういうこと言わないの」
「ふん。セレクションあがりから勇者になった者で精霊の衣を具現化できたのなんてここ10年いないのよ? 本当にくだらない連中……」
女神の認証を受けたからといって、すぐに精霊の衣を具現化できるというわけではないのだ。
勇者のなかでも精霊の衣を具現化できるのは80%。
その20%の落ちこぼれこそがセレクション上がりの権力の道具たちなのだ。
その不純さと未熟さには吐き気がする。
「まあまあ。そろそろ出てくるかもしれないよ? すごい人」
「だったらいいわね。クナギ。演武の打ち合わせなら後で行くから、先に準備をしておいてちょうだい」
「はいはい。りょうかーい」
・
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バイバイと手を振りながらクナギが見えなくなって、クァイスはぺっと地面につばを吐いた。
「どいつもこいつも反吐が出る。夢? 希望? 仲間? ぜんぶクソ喰らえよ」
『勇者』という煌びやかな名称に目の眩んだ能天気な羽虫共。おためごまかしに騙されるような単純バカ共!
クァイスはそういうったバカが嫌いだ。
特に、さっき道を聞いてきた能天気そうな娘!
――この世に必要なのは、地獄から這い上がる強さと、すべてを支配する圧倒的な力だ。
【マグロ豆知識】
日本史に出てくる水生生物の名前で有名な人といえば、蘇我 入鹿。
この人の名前はイルカからきていると言われています。
昔、一時期、海の動物の名前をつけるのが流行っていて、平群 鮪という人なんかもいます。(シビ=マグロの古い呼び方)