34.やばいやつ
今回はベルメシオラの視点です
(な、なんなのだ。こやつは……?)
ベルメシオラ・ラ・セーラ・アズヴァルトは自分を背負っている娘を見て、ただただ驚愕していた。
ベルメシオラがウィルベルを発見したのは、七星サーディンとの戦いが始まってからすぐ。ダダダ、とデッキを駆けまわっていたとき。
田舎者まるだしで、動きは早いがそれだけ。
いったいどこの阿呆が、こんな娘をレヴェンチカのセレクションに呼び出したのか、と思うほどであった。
だが、すぐにその認識は誤りだったと気づかされる。
直後、あのエリオ・マルールコーニの上級魔法『炎の壁』を簡単にかき消したと思ったら、七星サーディンたちの攻撃を完全に見切ったような動きに変わり、しかもその動きときたら日進月歩どころか秒進月歩で洗練されていくのだ。
(この娘はどこまで……)
ベルメシオラは女王であるがゆえに、御前試合の観戦に駆り出されることがある。
なので、将来有望な者が上位の者と戦っているあいだに成長していくというのは、まま見る光景ではある。
だが、さすがにこの短時間でこれほどの成長力を見せる者というのはちょっと記憶にない。
さらに圧巻だったのが、ベルメシオラが船から落ちたとき。
風を読み切ったような動き。空を飛ぶ度胸。そして不可思議なほどの速度……。
いや、それよりも特筆すべきは視野の広さであろう。上下左右。
文字通り360度から来たるサーディンたちの攻撃を、ベルメシオラという足手まといを担いだまま、すべて見切って避けてみせたのだから。
先ほど髪飾りを渡したのは、何も褒美だけというわけではない。
セレクションは全世界から有望な人間が集まるため、国のひも付きでない者を引き抜くという目的もある。
国家の紋章を身につけていない者は、引き抜き自由の暗黙の了解があるのだ。
あの髪飾りは紋章付き。言ってしまえば、「うちの国がツバつけてんだから、他の国は手だすな。ぶっ殺すぞ」という意思表示なのである。
ベルメシオラが髪飾りを渡した際にギギも反対しなかったが、あれは、ギギもウィルベルの才を認めたという意味だったのだ。
(よい拾い物をしたものよ)
――と、思っていた。あの時点では
「やばい」
何がやばいかっていうと、いろいろやばい。
いまの目の前で繰り広げられている光景は、大国の女王たるベルメシオラをして、唖然とさせるものであった。
例えば精霊の衣。それは勇者たちが強大な敵に立ち向かうときにだけ具現化させる神秘の衣。
世界の象徴である女神に認められた者だけが扱うことを許され、ひとたび纏えば国軍を相手に戦えるほどの能力を発揮する奇跡の力。
いわば、精霊の衣とは、勇者にだけ与えられた特権なのである。
だが、微かにだがいまのウィルベルが纏っているのは……
「でやあああああああああ!!!」
ウィルベルが勢いをつけて、ドラゴンの視界の及ばぬ頭上からゲンコツで一撃!
めきぃ! っと頭蓋骨がゆがむ音がして、ファイアブレスを吐こうとしていたドラゴンの口腔から大爆発が起こる。
さっきからこうだ。
ファイアブレスを吐こうとする頭を叩き潰し、打倒したドラゴンの数はすでに3体。魔力が見えているとしか思えぬタイミング。しかも素手で。
そんなことができる者がほかににいようか。
「やばいぞ! おぬし!」
エンジョイ&エキサイティング!
ウィルベルの背中にかつがれたまま、ベルメシオラは笑った。もはや、将来有望どころではない。
(何がいったいどうなってこうなっておるのか、ぜんっぜんわからん!)
計算できる範囲に収まりきらぬ、とはまさにこのこと。
もしかしたら、いまこの瞬間に奇跡が解けてドラゴンに噛みつかれて終わってしまうのかもしれないし、このままどこまででも成長していく気もする。
近衛騎士たちですら、もはや援護することすら忘れ、呆然とウィルベルの戦いを見つめているだけだ。
近衛騎士――彼らは勇者という職業を除けば、戦いというものについてトップクラスにいる者たちだろう。一般人の極みと呼ぶことができるかもしれない。
誰が信じられようものか。その彼らすら、我を見失うような光景を生み出しているのが、若干15歳の少女などと!
「やばい! やばい!」
ベルメシオラは興奮のまま、ウィルベルの背中におもいっきりぎゅっと抱き着いた。
リーシュコードすらもつけず、跳躍し、精霊だけでなく、ドラゴン自体を足場に使いながら、武器を使うでもなく素手で仕留めていくその姿は田舎の野生児そのものである。
(いや、だからこそだな)
ベルメシオラの心が躍るのは。この者がレヴェンチカで学べばどうなるのだろう? そう考えると口の端が緩んで仕方ない。
「ウィルベル! 最後の一体だ!」
「うん!」
たった一人で4体ものドラゴンを屠ったウィルベルが、まっすぐに最後のドラゴンへと突撃する。
最後に残った個体は、これまでで最大の大きさを誇る大物。
「ガァアァアアア!!!!」
ドラゴンが巨体に見合う巨大な火球をウィルベルに向けて放つ。
「ひゅっ!」
いったいこの娘には何が見えているのだろう。
ラムジュートボード代わりのマグロの方向を無理矢理に変えて、風に乗ってカットバック!
紙一重にふわりと撫でるように火球とすれ違う。その直後、火球が散弾のように爆発する。
少しでもタイミングがずれていれば飛散する火球に巻き込まれていたはず。だというのに、そこに恐怖を感じた様子はない。
それどころか、その勢いのままスリーシックスティをしながら、空中でマグロの尾をひっつかむ。
「ミカ!」
「オーケー! 了解!」
こんな状態でもマグロの精霊は浮力を失っていないらしい。ベルメシオラたちは不思議な軌道で空を飛翔し――その先にはドラゴン!
ぐるぐると横に回転しながら飛んでくる変態じみた軌道の物体に、ドラゴンが逃げようと飛び退こうとする。
が、遅い。回転で勢いを増したウィルベルとマグロの精霊は、それよりも遥かに早い速度でドラゴンに迫る。
薄いベールのようだった精霊の衣が一瞬、その濃さを増したように見えた。
「これが、うちのマホォォォオオオッッ!!!!」
角度は斜め40度。ベルメシオラの目では視認できぬほどのスイングスピード。
一瞬、焦げ臭いがするほどの速度で振り切られたその一撃は、
べっちこーん!
ドラゴンの身体の真芯をとらえ、空のかなたにかっ飛ばし――そして、数秒後。
ちゅどぉぉぉぉん!
遠くで暴走した魔力が爆発する音が聞こえた。
【マグロー豆知識】
ジョン・マグローはアメリカ合衆国のプロ野球選手、のち、プロ野球監督。右投げ左打ち。
その名前は日本の野球史でも非常に重要です。
日米野球の初対戦(MLB球団としては)は1913年の慶應義塾 対 ニューヨーク・ジャイアンツ(とシカゴ・ホワイトソックスの連合チーム)ですが、当時のニューヨーク・ジャイアンツの監督がジョン・マグローでした。
結果はアメリカチームの勝利に終わりましたが、このとき、慶應義塾野球部はメジャーの選手から直接コーチを受けることによって、さらに飛躍していくことになります。