33.thúnō(突撃)
(なんかもう少しで魔法を使えそうな感じではあるんだけどな)
ドラゴンの攻撃っていうのは結構単調なんで、慣れてきたら余計なことを考える余裕が出てきた。
ぼくのほうは、ウィルベルに乗り回されるだけになってりゃいいだけだしね。
近衛騎士さんたちの炎や氷の魔法は、確実にドラゴンにダメージを蓄積させつつある。
それに、このまま耐えていれば、ギギさんがこっちに向かってきてくれるはずだし。
でも! そんなことより、ぼくは魔法とかいうものを使ってみたいのである!
額の魔法石からビームが出るとかって展開はありがちだけど、そういう感じじゃない。溜めることはできるけど取り出せない感じ。
誰か、もうちょっとヒントくれないかな?
さっきからじーっと近衛騎士さんたちの精霊が使う魔法を観察してみてるんだけど、なんていうか、違うんだよね。
簡単に言うと、彼らが使う魔法って発電所みたいな回りくどい感じ? とりあえずお湯を温めてタービン回しとけ、みたいな?
魔力を直接使うんじゃなくて、いちいち歯車みたいのを噛み合わせてるっていうか。
それに比べるとドラゴンのファイアブレスはとってもシンプル。
魔力を直接つかってるっていうか。素直に『力こそパワー』みたいな。
それはギギさんも似ている。
精霊を精霊の衣として纏ってるギギさんから感じる魔法は、どっちかっていうとドラゴンのものに近い。
感覚的な話なんだけど、近衛騎士さんたちがつかってる魔法よりギギさんやドラゴンの使ってる魔法のほうが、原始的でわかりやすい感じがするんだよね。
高度な魔法って意味で考えたら、近衛騎士さんたちが使うほうが高度っぽいけど、どういうことなんだろう?
「――よし」
考えるよりも行動である! マグロは余計なことを気にせず、ただひたすらに突き進むだけの魚なのだ!
まずはドラゴンみたいに、たまった魔力を体内を巡らせて口から射出!
「くらえ、ファイアブレス! なんちゃって!」
勢いでファイアブレスなんて言っちゃったけど、マグロがファイアとかちょっと頭が悪いよね。あはは――
ぼっ。
その瞬間、口の中でターボライターのような炎が燃えあがった。
「あばばばばば!?」
あっつーい!? 口の中が! 口の中が燃える! 燃える! 舌がやけどしちゃう!
「ミカ、大丈夫!?」
ウィルベルが心配してくれるけど、それどころじゃない。
なぜならば!
「……ふ。ふふふ」
「どうしたのだ? 気持ち悪い声を出して」
ベルメシオラが憎まれ口を叩いてくるけれど、いまのぼくには太平洋のような寛容な精神があった。
で、出ちゃった!
魔法、マジック、ファンタスティック!
「ふっ……ふはははは!」
貯蓄した魔力は充分。魔力の使い方もわかった。
そう! ここからは我が異世界マグロ生はチートモードに入る!
マジカル・ラムジュート換水法で豊富に溜まった魔力をすべて力に変えて!
「皆の者、括目して見よ! 我が真黒力を!
闇の炎に抱かれて眠れ! ハイパーミラクルレインボウアルティメットダークフレイムブレェェェーーッス!」
ふはははー!! ドラゴンごとき、まとめて消し炭にしてくれるわ!
『スキルの行使に失敗しました。レベルが不足しています』
ぼわぁっ!!
魔力のコントロールを失ったぼくの身体は燃え上がった。
「ぎゃあああああ! あつーい! あつーい! 焼き魚になっちゃう! あばばば!」
「ミカァッ!?」
「何をしている、お前たち!」
燃え上がるぼく。慌てるその上のウィルベル&ベルメシオラ。
近衛騎士さんの精霊が、ばっしゃーんとかき氷みたいな小さな氷の粒をかけてくれて無事に消火。
あー、死ぬかと思った……。
…。
…。
…。
ちらっ。
「はいぱーみらくる?」
「えくすとりーむ?」
「アルティメットダーク?」
「そもそも闇の炎ってなんなのだ?」
ウィルベル->近衛騎士さん♀->近衛騎士さん♂->ベルメシオラの流れるような白い目。
「あああああ! 言わないでっ! 忘れてぇぇぇぇぇ! 調子に乗ってごめんなさぁぁぁいっ!!」
ぐぬぬ! せっかく魔法が使えると思ったんだけどな!
っていくか、いまのアナウンスなに!? レベルが足りないってどういうこと!?
「ふははは! 闇の炎! 闇の炎と申したか! こやつめ、ふはははははは!!!」
ベルメシオラときたら大爆笑である。ふぁっきゅー!!!
……でも、ひとつわかったことがある。さっきのアナウンスはレベルが足りないって言った。
そう! 発動こそしなかったけど、スキルとして覚えてなくても魔法は使えるってこと!
じゃあ、レベル2で使える魔法は? 使える魔法の辞典も何もないからよくわかんない。でも、たったひとつだけ知ってるやつがある!
「ウィルベル!」
「うん!」
ぼくはウィルベルに向けて魔力を流し込んだ。
この世界の人たちは精霊を召喚している間は補正値がつくっていうけど、それっていうのは最もシンプルな補助魔法って言っていい。
だから、単純にそれを強化すればいいだけの話!
普段だったらぼくにそんな大量の魔力は溜まってないけど、いまのぼくにはマジカル・ラムジュート換水法のおかげで大トロの部分まで魔力がパンパン!
ウィルベルも勇者さんに褒められてワクワクパワー限界突破のハイパーモード! 本来の実力以上に、ぼくが渡す魔力を取り込んでいく。
「な、なんだこれは……?」
つぶやいたのはウィルベルの背中におんぶされているベルメシオラ。
それもそのはず。ぼくから渡された魔力がウィルベルのなかに収まりきらず、薄いベールのようなものとなって、ウィルベルを包み込み始めたのだ。
孵化したばかりの稚魚みたいな感じって言うとわかりやすいかもしれない。
「これは精霊の衣……だと? いや、そんな……」
それだけじゃない。ウィルベルの目が輝度を増し、赤を通り越して、ピンク色の光を帯び始める。
「よし。これを中トロモードと名付けよう!」
「相変わらず、ネーミングセンスひどいんよ!?」
「じゃあウィルベルだったらなんて名前つけるのさ!?」
「ま、超上腕三頭筋モードとか?」
「バーカバーカ! ウィルベルだけにはネーミングセンスないって言われたくないんだけど!! 冗談抜きに!」
ぼくらのコントを横に、近衛騎士さんたちもウィルベルを見て呆然と、
「バカな……女神からの認証もされていないのに……」
でも、そんなにびっくりされても困る。
精霊の衣って呼ぶには半透明で未熟な感じだしね!
「ヴォオオオオオオ!!!」
と、そんな折。呆然としている近衛騎士さんに向けてファイアブレスが飛んでくる。
さっきまでベルメシオラが集中狙いされていたってこともあって、完全に虚をつかれた形だ。
狙われたダンさんは回避運動をとろうとするけど、間に合わない。
「しまっ――」
迫る火球。避けきれないことを悟って、蒼白になるダンさんの顔色。そして――
「ていっ!」
ぺちっとな。
ダンさんの直前に迫った火球を弾き飛ばしたのは、ウィルベルの拳だった。
火球を弾いた拳に焦げ目なし。かすり傷ひとつも負っていない。
「ふぅぅぅぅーっ……」
息を細く吐くと感覚がシャープになっていく。
「お、おい。貴様、ウィルベル……?」
ベルメシオラが何か言いたそうだけど、とりあえず無視。
「よしっ!」
ぼくらはドラゴンたちと向き合った。桃色になったウィルベルの瞳に睨まれて、びくり、とドラゴンたちが体を震わせる。
――ウィルベルはさっきギギさんのようになりたいって言った。
ぼくたちはまだ勇者じゃない。それどころか、まだセレクションを受ける前の受験生でしかない。
ぼくもウィルベルも自分だけじゃ、欠点だらけだ。
「だからかな? 一緒にだったらなんかすっごい感じになれそうな気がする」
「せやね」
マグロの英名、thunnusは『前方への突撃』を意味するthúnōから来ているという。
「いくんよ!」
「おう!」
ぼくらはスパチュラ・ドラゴンたちに向かって真っ向から突撃した。
【マグロ豆知識】
マグロは英語でthunnus。これはギリシャ語で前方への突撃を意味する『thúnō』から来ていると言われています……と言われていますが、実は民間伝承であんまり信憑性はありません!
https://en.wiktionary.org/wiki/θύννος
ちなみに中国では金槍魚(中国語における槍は銃の意味)とも呼ばれ、こっちは銃のように突撃する魚となります。
なお、英語でスピアフィッシュはフウライカジキ。日本でヤリウオと呼ばれているのはカワカマス。
どの国でも魚に槍って名前を付けるのがお好きなようです。