32.魔法の予感
「くるぞ!」
急襲してくるしてきた5体のドラゴンを前に、近衛騎士さんたちが悲鳴を上げ、散開しようとする。
でもその速度は緩慢だ。彼らはまだラムジュートボードの扱いになれていないのだろう。
「ミカ」
「うん」
なので、ぼくらは近衛騎士さんたちを巻き込まないように少し距離をとった。
そしてスーハーと深呼吸をした後、精神を集中させるように細く吐く。
ウィルベルの瞳が真っ赤に輝く。いつのまにやら当たり前のように起動できるようになった赤身モードだ。
「がァァァあああッ!」
ぼくらに向かって、先頭を飛ぶドラゴンがファイアブレスを吐き出す。
当たればこんがり焼けちゃう熱量を持つ必殺の一撃。でも、
「いくよ!」
「うん! とっつげきぃーっ!」
ぼくらにはギギさんほどの身体能力はないけれど、でも、飛行能力だけなら負けちゃいない。
ファイアブレスに突っ込むようにまっすぐに!
火球のぎりぎり横をすり抜け、ファイアブレスを準備中のほかのドラゴンに向けて袖をまくり。
「おりゃあああああ!!」
すれ違いざまにラリアット!
「ヴォアアアア!!!??」
ドラゴンはファイアブレスのために蓄積していた魔力を暴発させ、自分の顔を火だるまにした。
「よっしゃあ! 狙い通り!」
さすがに一撃で倒せはしなかったけど、基礎能力や補正値がEクラスでも戦い方次第でどうにかなる!
「なんという無茶をするのだ。せめて剣を使うとか文明人らしいことをだな……」
「むむむ、言われてみれば……。ミカの上に乗っちゃってるから、武器として使えんのが空中戦の難点やね」
「ちょっと待って!? なんでぼくが振り回されるのが前提になってるの!?」
おかしいね。剣と魔法のファンタジーな世界のはずなのにね。剣も魔法も使ってない気がするんだ。
「偉い人は言うたんよ。人生は配られたカードで戦うしかないって」
「ウィルベルが振り回してるのは、カードじゃなくて、カードを載せたテーブルのほうだと思うの」
と、ぼくらが素手で戦う決意を固めていると、
「フレイムランス!」
「フローズンスクラッチ!」
ぼくたちに近づいてきたドラゴンの目の周囲に炎の矢と、氷の礫が着弾する。
それぞれダンさんとエダさんが支援のために撃ってくれた魔法だ。効果はそれなり。ダメージあり。
いいなあ。かっこいいなあ。やっぱり異世界ファンタジーっていえば魔法だよね!
魔法……。ハッ!? 魔法!?
「めっちゃいいことひらめいた!」
「まーた、なんか余計なこと思いついたんよ……?」
「余計なこととは失敬な! DHAたっぷりなぼくは、いつなんどきも知性の権化だよ!?」
マグロ・グランドフィーバーに魔法はなかったけれど、ここは神秘の異世界である。
近衛騎士さんたちが使う魔法の、魔力の流れみたいなのを真似すれば、魔法くらい使えるのでは!?
マジカル・ラムジュート換水法のおかげで、頭の変な宝石にも魔力がたまってるっぽいしね!
もしかしたらスキルを覚えなくちゃ使えないのかもしんないけど、やってみる価値はある!
マグロといえば水。水魔法といえば……っ!
ぼくは頭の変な石から魔力を吐き出すイメージで魔力を絞り出す!
きたきたきたー! 魔力が不思議パワーに変換されてる感じがするぞ。近衛騎士さんのものより遥かに強い魔力がぼくの中を駆け巡る。
これなら……いけるっ!
ぼくは自信満々に魔力を解き放った。
「メイルシュトロぉぉぉぉっム!!!」
……。……。しーん。
「タイダルウェイブ! ウォーターボール! 出でよ、リヴァイアサン! イオ○ズン! アル○マ! メギ○ラオンでございます!」
くそっ! うんともすんともしやがらない!?
「ミカ……あんまり無茶せんでええんやよ?」
「くそったれぇぇ! ウィルベルなんかに生暖かい目で見られた! ウィルベル な ん か に!!」
「なんかってなんよ!?」
「おい、バカ者! バカやってないで真面目にやれ!」
「せやな」「そやね」
ベルメシオラに怒られたので、噛みついてきたドラゴンの鼻っ面を、アッパーカットのように尾びれでビターン! 跳ね上がった顔面にジャンプしたウィルベルの回転かかと蹴りがズドーン!
「ガァアァアアア!」
ダメージはあんまりないけど、衝撃で平衡感覚を失ったのかきりもみ状態になって落ちていく。
ざまぁ! 爬虫類ごときがマグロ様に敵うと思うなよ!
って言っても、すぐに立て直して、またこっちへと向かってきてるんだけど。
「き、貴様ら。息があってるのかあってないのかどっちなのだ!?」
ベルメシオラってばめっちゃびびってやんの。
仕方ないね。ウィルベルってばベルメシオラを背中に担いだまま、ジャンプ&かかと落しだったからね。しかも無駄に回転してたし。
落ちたら死んじゃう空の上ってことを考えると、むしろ憎まれ口を叩いてくる元気の良さは褒め称えるべきであろう。
そんなベルメシオラに、ぼくとウィルベルはサムズアップして力強く答えた。
「「赤身と酢飯くらいに合ってる!」」
【マグロ豆知識】
以前の話でマグロが恒温動物であることは説明しました。
が、さらに驚くべきはカジキ(俗称カジキマグロ)。
なんと筋肉中のミトコンドリアが熱を生み出すことで、「非ふるえ熱産生※」と呼ばれる現象を発生させることで体温を高く保っています。
※骨格筋の小刻みな収縮を伴わずに、生体内で熱を産生させること