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31.英雄の資質

 数十体からなるスパチュラ・ドラゴンの群れは空の底から一気に上昇してくるようだった。


 さきほどのドラゴンはあるいは子供だったのかもしれない。


 さっきのはシャチくらいの大きさだったけど、いま目の前にいるのはシロナガスクジラのような大きさのドラゴンたち。


 まるで子の仇と言わんばかりの勢いである。大きなドラゴンもチラホラと存在するので、本当に親子関係だったドラゴンがいるのかもしれないけど、


「やだー! 死にたくなーい! 爬虫類なんていう味覚音痴(みかくおんち)に食べられたくなーい! せめて海の美食家であるサメに食べられたーい!」


「あわわ。そんなこと言うてる場合じゃないんよ!? あわわわ!」


 ぼくとウィルベルは、突如として現れたレベル1魔獣の群れに「ひょえー」って恐慌状態。


 いや、それは近衛騎士さんたちも一緒だ。ただでさえ圧倒的な強さの相手なのに、ろくに慣れていない空中でどうにかできる相手じゃない。


「……このあたりに、新たな腐海が生まれたのかもしれないですね」


 この場で唯一冷静なのは、普段からああいうのを相手にしてるギギさんだった。


 なんでも、腐海とやらは、雲と同じで一定の条件――一般的には瘴気の濃度――を満たすと、割とポコポコ出来てしまうものであるらしい。

 それを消滅させるのも勇者さんの仕事なわけだけど、さすがに今回は急すぎだ。

 ギギさんが言うには、後日、グランカティオのような【女神の目】と呼ばれる船がこのあたりを調査しにきて、消滅させるらしいのだけれど、


「ともあれ、いまはあのドラゴンたちをなんとかしなくてはいけませんね。

 ダン、エダ。あなたたちはベルメシオラ様を浮遊有船(ふゆゆせん)へ――いえ、ウィルベル様。心苦しいのですが、ベルメシオラ様をお願いできますか?」


 初めは近衛騎士さんにベルメシオラをあずけようとしたのだけど、かぶりを振ってぼくらに指示を与えてくれる。


「え? でも」


「ギギ様!?」


 ぼくらが首をかしげるのとほぼ同時に、近衛騎士さんたちがギギさんを批難するような声を上げた。


 ドラゴンたちの狙いはベルメシオラ。


 というのも、近衛騎士さんたちが浮遊有船に向けて移動した瞬間、ドラゴンたちの狙いがそちらに向いたから。


 女王様だけあって、魔力を含んだ装飾品をいっぱい身に着けているベルメシオラは、なんかよくわかんないけどドラゴンたちの琴線に触れたらしい。


 おかしいね。おいしそうなマグロボディよりも、生意気な幼女に夢中だなんて!


 食べられるのは嫌だけど、無視されるのはもっとイヤなの。マグロは思春期の少女のような存在なのである。


 これぞ『猫またぎ』ならぬ『ドラまたぎ』! ぎぎぎ!


「しかし、ギギ様……っ!」


 エダさんがギギさんに食い下がる。


 そりゃそうだ。とぼくも思う。さっきの指示は、近衛騎士さんたちではドラゴンから逃げることができないってほぼ確信してるってわけで。


 さらに、他国人のウィルベルに頼らなきゃいけないほどに近衛騎士さんたちが頼りないって言ってるんだもん。


 さすがに近衛騎士としては承服しかねるって感じなんだろう。わかる。


 でも、ギギさんはその抗議をきっぱりと突っぱねた。


「あなたたちがウィルベル様より劣っているとは言っていません。ですが、飛行能力だけを見るならはウィルベル様はあなたたちよりも……いえ、わたくしよりも遥かに高いのです。わかりますね?」


「しかしっ! ……はい。承知いたしました」


 わーお。ギギさんってば超怖い。視線だけで近衛騎士さんを黙らせちゃった。 


 どれくらい怖かったかっていうと、口調こそ「わかりますね?」だったけど、実際の雰囲気から意訳すると「うるせえ、黙れ。理解しろ」って感じ。


 パワハラって異世界にもあるんだね。シュンとしちゃった近衛騎士さんたちが可哀想。


 いっぽう、そのやりとりを聞いていたウィルベルといえば、


(ふひひ。ミカ、いまの聞いた!? うちのほうが勇者様より上なんやって!)


 ウィルベルの心がワクワクとはしゃぎだす。


 そりゃ、憧れの勇者様から、飛行能力だけとはいえウィルベルのほうが能力が高いって言われたんだもの。はしゃぐなっていうほうが無理だよね。


「ウィルベル様。お願いいたします」


 近衛騎士さんはやっぱり納得しきっていない表情だけど、ベルメシオラをぼくらに引き渡してくれる。


 ウィルベルはベルメシオラの手をとって、ひょいっと背中に担いだ。なのでぼくは聞いてみた。


「やっほー。さっきぶりー。縛り首とか言った相手に速攻で頼るってどういう気分? どういう気分?」


「く……くふふ。下郎に何を言われても怒りなど感じぬわ。せいぜい余のために働くがいい」


「本心は?」


「ぐぬぬぬ! いつか首をちょん()った上に、血抜きをし、さらに八つ裂きにして、ネギトロまで食らい尽くしてやるから覚悟しろ!」


「なんでそんなに物騒なの!?」


「二人は仲がいいんか悪いんか、よくわからんのよ……」


「は? 絶対に仲なんてよくないし!? だよね、ベルメシオラ!?」


「うむうむ。まったくそのとおり!」


「……」


「なんでみんな、そんな白い目でぼくを見るのさ!?」「なんで貴様ら、そのような白い目で余を見るのだ!?」


 そんなぼくらの抗議に、ふふっとギギさんが笑った。いったいどこに面白い要素が!?


「こほん。失礼しました」


 ぼくとベルメシオラの怨めしい視線に気づいたのか、ギギさんが咳払いをして腰のレイピアを抜く。

 そして打って変わってキリッと真面目な口調になると、

 

「では、いきます!」


 言って、ドラゴンたちの群れに向かって降下!

 

 ふぉっ!? たった一人で!?


 相手は災害レベル1の群れで、Sクラスよりもぜんぜん上なんだよ!? 常識的に考えて、たった一人で立ち向かうなんて自殺行為すぎるよ!?


 ――だなんて思ったんだけど。


「あれが、勇者……」


 それが間違いだって思い知らされたのはその直後だった。

 ウィルベルが『その光景』を見て、感嘆とうめきの入り交じった声を出した。


 それは、まるで真っ白な閃光のようだった。


 ドラゴンたちの首を、か細いレイピアで断ち斬り、レーザーみたいな高威力の魔法で胴体を貫く。


 ファイアブレスはときに避け、ときに弾き飛ばし、不安定で頼りないラムジュートボードの上だっていうのに、ときにドラゴンたちの体を足場に利用しながら、縦横無尽に空を駆け回る。


 ――強すぎる。


 ぼくもうめいた。あれが、ウィルベルの目指している『勇者』って職業?


 唖然とするぼくらに向かってベルメシオラが「ふふん」と得意げに笑った。


「何を驚いておるか。ギギはあれでもまだレベル5だ。今年レヴェンチカを卒業したばかりだからな」


 ベルメシオラいわく、勇者のほうにもレベルというものが設定されているんだって。もちろん、レベル1でSクラスの戦士よりも遥かに強い。


 ちなみに現代最強の勇者は『四光の(スペクトラル)勇者(・フォー)』ヴァン・エゼルレッドさんとのこと。

 

「あのヴァンっておっさん、そんなにすごい人だったの!?」


「なんだお主、知り合いか?」


「うん。レヴェンチカへの推薦状をくれた人がヴァンって人。そんなすごいひとに見えなかったけどなぁ。ねえ、ウィルベル? ……ウィルベル?」


 ウィルベルはというと、ギギさんの戦いを食い入るように見て、顔を紅潮させながら獰猛な笑みを浮かべていた。


「すっごい! うちも、ああいう風になりたいんよ! すごい! すごい!」


「……バカな」


 すごいすごい、と連呼するウィルベルを見て、近衛騎士の2人が驚いたような表情を浮かべる。


 どこに驚くところがあったんだろ?


「――近衛騎士というのは、エリートなのだ」


「うん?」


 その理由を教えてくれたのはベルメシオラだった。近衛騎士の2人に聞こえないように、耳打ちするようにこっそりと。


「わが国の近衛騎士とは、1000人以上いる子供たちのなかから選抜され、恵まれた環境で育ってきた者たち。そのなかでもトップの成績の者から選ばれる。

 ……そうだな。要は国のなかでは敵なし。戦士ギルドに所属する庶民よりも自分たちは強い、とそう思っている集団だ。まあ、実際に強いしな」


「ほうほう」


「だが」


 ベルメシオラはいったん言葉を区切り、ギギさんの戦いを指さした。


 常人の目には止まらぬ速さ。脳みそがクロックアップしているのではないかという判断力。魔法だって威力だけじゃなくて、判断力も含めて素晴らしく洗練されている。

 

 ここで言っておくけど、ウィルベルだって並外れた身体能力の持ち主ではある。


 クラーケン戦で、同年代の戦士ギルドの子たちが戦っているのを見て比べた感じだと、草野球と甲子園くらいの違いがあって、明らかにずば抜けていた。


 でも、目の前の光景はそういうレベルじゃない。これを見たあとじゃ、あのときのウィルベルの戦いが小学生の少年野球にすら見えてくるほどだ。


 ベルメシオラはそんな勇者の戦いを指しながら言う。

 

「ほとんどの者は『あれ』を見ると心が折れる。『強すぎる。あれに追いつくのは無理だ』とあきらめてしまう。いままで自分たちが懸命の努力をしてきた自負と、才能があるという自信がある故にな」

 

「気持ちはわからなくもないけど」


 目の前で繰り広げられる『あれ』は努力だけじゃどうにもならない領域だ。


 トップ『クラス』ではなく、文字通りトップの才能をもち、なおかつ努力と環境のすべてが揃わなくては辿り着けない領域だ。


「うむ。余だって戦士を目指すならばそう思うかもしれぬ。だからこそ、あれになりたいと思えるウィルベルが」


 ベルメシオラはもう一度、言葉を区切った。そして大きく肩をすくめる。


「とんでもないバカにしか見えぬのだろう」


「実際アホだしね。仕方ないね」


「最後にさらっとひどいこと言われたんよ!?」


 目の前で繰り広げられる、ドラゴンとギギさんの戦いは終始ギギさんが優勢。


 というか、客観的に見たならばただの虐殺にも等しい。


 だって、スパチュラ・ドラゴンたちの攻撃はぜんぜん通じないのに、逆にギギさんの剣が閃いたと思ったら一撃で奈落の底に落とされていくんだもの。


 やばい。勇者、やばい。一国と戦えると言われるだけあって、その力はほんとにやばい。


 と、ドラゴンたちは順調に数を減らしていたけど、ここで動きが変わる。


 ギギさんを倒すことはあきらめたのか、群れのうちの5匹がこちらに向かってきたのだ。


「こっちに来るぞ!」


「ちぃっ! 早く、浮遊有船(ふゆゆせん)のほうへ避難を!」


 とダンさんがぼくらに指示を出すけれど、ベルメシオラは首を横に振った。


阿呆(あほう)。下手に船に近寄って他国の者を危険にさらすわけにもいくまい。あれはここで仕留めよ。ダン、エダ。ウィルベルの援護をせよ」


「無茶を言わんでください! 空中でドラゴンと戦うなんて自殺行為です。ウィルベル様も何か言って……」


 ダンさんがウィルベルに説得を求めるけれど、


「うちな、ギギさんみたいにやってみたいんよ」


 ウィルベルのほうはすでにやる気満々であった。まったく、この脳筋な人はすぐにこーなる。


 うちのご主人様ってば、『おら、わくわくしてきたぞ』な戦闘狂なのかしらん?


(それを言ったらミカもなんよ?)


(そだね)


 かーっと心の中が熱くなってるのはぼくも同じ。どうやらぼくらは似た者同士であるらしい。

 ギギさんが言ってくれた言葉と、目の前の光景。そして何よりも、


「許す。お主らの好きなようにやれ」


 背中の女の子からの信頼が、ぼくらの心を躍らせるのだ。

【マグロ豆知識】

冷蔵技術の発達していなかった江戸時代の江戸では、腐りやすい大トロは『猫またぎ(猫もまたいで通る)』と呼ばれていました。


さて、この『猫またぎ』ですが、実は様々な意味合いがあります。

1.ネコが(魚が好物にも関わらず)避けるほどにまずい⇒江戸の大トロなど

2.お魚大好きな猫ですら振り向かない程に綺麗に食べきり、骨だけになった魚=おいしい魚

3.ネコが食いつかないほどしょっぱい塩鮭

4.あまりにたくさんありすぎで、猫も飽きた魚⇒ニシンなど

5.小骨が非常に多いので食べるのには適していない⇒ヒイラギ


基本的には「こんなん食えるか!」って感じですが、「おいしい魚」を指す場合もあるのです。

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