30.勇者飛翔(☆)
勇者――ギギさんがぼくらと空中ですれ違うようにして、スパチュラ・ドラゴンのほうへと飛んでいく。
その飛行技術は練達の領域。ベルメシオラが最近開発されたばっかりだって言ったけど、信じらんない!
空気中に含まれる魔力を効率よく取り込み、加速していく。――速い!
だけど、その直後。
「あぶない!」
「ヴォオオオオ!」
ドラゴンの口腔から火球が放たれた!
ぼくらの場合は逃げながらだったからまだなんとかなったけれど、ギギさんの場合は対向しているわけで、とてもじゃないけど避けることなんてできないはず!
しかも、ウィルベルみたいに精霊で飛んでるんじゃなくて、道具に頼っているんだもの。避けれっこない!
南無三! ぼくは思わず目をつむる。
でも、ギギさんはギリギリまでファイアブレスを引き付けると、
「はっ!」
跳んだぁっ!?
ギギさんの足にはボードから伸びるリーシュコードで繋がれてるけど、そこは落ちたら死んじゃう空の上。心臓に毛が生えてるってレベルじゃないよ!?
ギギさんはボードから体をひねりながらジャンプしてドラゴンの頭上をとると、腰のレイピアのような剣を抜き、
「雷杖剣!」
ぐさっと。
次のファイアブレスを用意していたドラゴンの頭部を、真上から一直線に貫いた。
あまりの衝撃に、一瞬だけ頭がぺちゃんこになり、さらに口腔のなかに充満したファイアブレスの魔力が体内で暴走して、
ズドォォォォォン!
爆発した。
たーまやー。
「うひょー! めっちゃ強い! 勇者ってすごい!」
「こら。はしゃぎすぎなんよ」
だってしょうがないじゃない。初めて見る勇者の戦闘なんだもの。
ともあれ、なんにせよ。これにて色々解決。
爆発の直前にドラゴンから跳び離れていたギギさんは、空中にてリーシュコードでボードを器用に手繰り寄せ、ふわりとラムジュートボードに乗りなおすと、ぼくらのほうへとやってくる。
それを見てベルメシオラが手を広げる。
「紹介しよう。我がアズヴァルト王国の勇者にして我が従姉殿、ギギ・フラメラだ! どうだ! 勇者だぞ! すごいであろう!
ギギ! ご苦労であっ――あいたぁっ!」
ゲンコツである。頭を抑えて呻くベルメシオラに、ギギさんはあきれるでもなく、淡々とした口調で、
「何をやっておられるのですか、ベルメシオラ様。女王陛下となられたのですからもう少し慎みというものをおもちくださいませ」
なんか説教が始まったんだけど……。っていうか、さっきの遠慮のないゲンコツといい、この説教といい、ベルメシオラってほんとに女王様なの?
兜の合間から見える顔から推定すると、ギギさんの年齢は25歳くらい?
可愛いとかじゃなくて、カッコイイタイプの美人さんで、声は鈴のように凛としている。
落ち着いていて、すごく強そう。スパチュラ・ドラゴン程度との戦いなんかじゃ、底が知れないって感じ。
その佇まいを動物で例えるなら、ハシビロコウ!
「だいたい、さきほどのハンドサインはなんですか。スラムの人間でもあるまいし……くどくどくどくど」
「あうあう……ハッ! お、お主ら、そ、そのような目で余を見るでない!?」
「ぷーくすくす。あんなに偉そうにしてたのに怒られてやんの!」
「ぐぬぬぬ!」
ぼくらのじとーっとした視線に気付いたらしいベルメシオラが、目の端に溜まった涙をぬぐって取り繕おうとするけど、もはや手遅れ。
もともと威厳のカケラも感じてなかったけどね。
「ギギ様! ベルメシオラ様! ご無事ですか」
さっき3つの点が見えたって言ったけれど、ここでようやくギギさん以外の2人が合流してくる。
中年の男女のペアで、ベルメシオラいわく2人は近衛騎士さんであるらしい。強さは戦士ギルドでいうところのクラスはA以上に相当するとのこと。
どっちにしたって、いまのウィルベルとぼくにとっては雲の上の存在って感じだね。
「ではベルメシオラ様はこちらで預かりますので」
「はい。よろしくお願いしますなんよ」
ギギさんの指示で、ぼくたちはベルメシオラの身柄を近衛騎士さんに引き渡そうとする。
「世話になったな、ウィルベル。余はこの恩を忘れぬだろう」
「うちらは逃げてただけで特になんもしとらへんのよ」
「いやいや、余は感心したぞ。辺境の田舎にもそなたのような才ある者がいるのだな。
うむ、そうだ! 褒美を与えよう。余の命を救ったのだ。褒美を与えねば我が国家の栄誉に関わるというもの」
言って、ベルメシオラは、おもむろに頭につけていた髪飾り――王家の紋章っぽいのが刻まれてるやつ――を取り外し、をウィルベルに渡した。
それを見て驚いたのは近衛騎士さん。
「ベルメシオラ様!?」
「む。なんだ貴様ら、文句があるのか? ギギよ、問題なかろう?」
「ベルメシオラ様がお気にめすままに。……ウィルベル様に失礼ですよ。ダン、エダ」
近衛騎士の2人がびっくりしたような声を上げたのを、ベルメシオラとギギさんが咎めるような口調でたしなめる。
? どういうことだろう? もしかして誰かの形見だったりとかなのかな?
ともかく、ベルメシオラはエダと呼ばれた女性騎士に抱かれたまま、改めてウィルベルに髪飾りを渡す。
「ウィルベルよ。もしも将来、困ったことがあらば、我が国の出身者にこれを見せるといい。力になってくれるはずだ」
やったー。イベントアイテムゲットだー!
金ぴかで高そうだし、売ればいくらになるんだろう? いままでのこの世界のナレーション的には『それを売るなんてとんでもない!』なんて言われそうだけど。
(ほんまに金ぴかなんよー……すごいんよー……)
不謹慎! って怒るかと思ったけれど、ウィルベルのほうも生まれて初めて見る金ぴか&宝石だらけのアクセサリーに放心してる感じ。一応、ウィルベルって女のコだったんだね……。
――って思ってたら、足でグリグリされた。解せぬ。
「ありがとう。ベルメシオラちゃん」
「それはこちらのセリフというものよ」
ウィルベルとベルメシオラはぎゅっと握手してお互いに微笑み合った。
年齢は違うけど、友情が芽生えたって感じ。いいハナシダナー。
次にベルメシオラはぼくに向きあった。
「さて、ミカよ」
なんだろ? イワシでもくれるのかな? それともイカ? 個人的にはエビがいいな!
ぼくがワクワクしていると、ベルメシオラは親指を下に立てた。
「貴様はいつか縛り首にしてやるからな! 覚悟しておけ! ファッキン!」
「なんでぼくだけ縛り首!?」
理不尽すぎぃっ!!
あ、ベルメシオラってば、また「お下品です」ってギギさんのゲンコツくらった。
まったくやれやれだよ。
ともあれ、命がけの危険なスカイクルーズは終了。ぼくらはそろって浮遊有船のほうへと向か――
「「ヴォオオオオ!!」」
――おうとしたところで、空の下方から恐ろしい響きの叫び声が聞こえた。
なんだろね?
ぼくは空の下を見て、「うーっぷす」となった。
「うひぃ……こいつぁやばい」
近衛騎士さんの2人とウィルベルも顔をひきつらせ、同じくギギさんも呻く。
「これは……厄介なことになりました」
そこにいたのは数十体のスパチュラ・ドラゴンの群れだった。