3.我が名は漆黒のヴォーパル・ツナ
「ミカ、元気だしなよー」
失意に沈むぼくをウィルベルが慰めてくれる。自分も凹んでるはずなのにね。
ぼくらがいるのは広場の外。芝生で覆われた広場とは柵で隔てられた場所。
がっくりと肩……じゃなくて背ビレを落とすぼくの前では、精霊を物質化できた少年少女が各種ギルドの試験官の前で各々アピールタイム中。
ぼくたち? そんなことをする気力もなくって、半透明の精霊しか召喚できなかった子たちと、それを羨ましそうに遠巻きに眺めてるだけ。
柵のこちら側と向こうで雰囲気が違いすぎて、すっごい疎外感。この世界における格差を見せつけられた感じ。
広場や教会内で行われているのは簡易面接、体力測定、実技、筆記試験。
筆記試験――商人ギルドとかの頭脳労働系なら精霊関係ないんじゃないの? って言いたくなるんだけど、どうやら商人ギルドですら精霊格差があるらしい。ふぁっきん。
そりゃさー。マグロは弱いよ? 腐敗しやすくて、江戸時代には下魚って言われてたり、ちょっと暴れただけで身焼けして価値が落ちるし。
ステータスも最低ランクだっていうEだらけだったけどさ。これからの成長に期待してほしいよね。防御力だけはBもあったんだから。それがどの程度すごいのかは知んないけど。
でもさ。何も見ずに降格っていうのはさすがにひどいって思わない!?
……あのあと。
戦士ギルドのお偉いさんがきて、ぼくらは正式に最低ランクのEクラスに降格だって告げられた。
偉い人いわく、特に致命的だったのが『補正値』なんだって。
精霊を召喚している間は補助魔法みたいな感じで召喚主の能力が上昇するらしいんだけど、これが低いとどうしようもないって言われた。
DどころかEってどういうこと!? ってなったんだけど、「命に関わることだから」って言われると、反論しきれないというかなんというか……。
ちなみにEクラスっていうのは通称フリークラス。
Eクラスへの降格っていうのは、実質上の追放勧告だとか戦力外通告と言っていいものであるらしい。ひどい。
「あーん、もう! ぼくってばエリートどころか底辺じゃん!?」
いままでウィルベルがCクラスにいられたのは15歳で召喚する精霊の期待込み。
つまり、半透明な光球である下級精霊のほうがぼくよりもマシだったってこと!
参考数値としては、ルセルちゃんの召喚したカーバンクルの補正値の平均値はC。
それでルセルちゃん自身はBクラスへの昇格がほぼ決まりって言うんだから……おのれ小動物。
「まあまあ、Eクラスからまた上がればいいんよ。ミカが気にすることじゃないんよー」
そんなこと言ってもさ。さっきまでぼくはカツオやカジキをはべらせたハーレムを期待しちゃってたわけで。もうほんとがっかりだな。
「シシャモくらいなら買ってきてあげるんよ! せやから元気だすんよ!」
生魚臭さが移っちゃうのも気にせずにぼくの頭をぽんぽんと撫でてくれるウィルベル。なんていい子なんだろう!
だが、待ってほしい。ぼくはシシャモでいったい何をすべきだというのか。
にしても、自分も凹んでるはずなのに、元気づけようとしてくれるなんて……。
さすが我がご主人様! よーし、お礼にぼくの大トロをお食べ――
「それはノーサンキュー」
「ガーン」
……とりあえず、いったん今の状況をおさらいしよう。
そもそもなんでマグロになっちゃったんだろう? トラックに轢かれた記憶なんてないんだけど。
えーっと、この世界に来る直前にやってたことといえば、『マグロ・グランドフィーバー』っていう、プレイヤーが魚介類と釣り人に分かれて戦うフィットネスVRMMOで、クロマグロプレイをしてたんだけど……。
……。
……。
そ れ か。
なんってこったい!!!
思い出してきたぞ。ぼくは釣り人プレイヤーを9999人倒して、『漆黒の殺人マグロ』って呼ばれてたんだけど、10000人目の『憤怒の釣り人』って呼ばれるトッププレイヤーと壮絶な相打ちになって、お刺身エンディングを迎えたんだった!
そして今に至る、と。
なるほど! なんて理にかなった異世界転生なんだろう!!
うんうん、納得! 転生理由にふさわしい不条理な展開&ボディだって意味でねっ!!
ファッキンシット! ざっけんな!!
幸いなのは、マグロの脳みそが小さいせいか、変な悩みとは無縁ってところかな。
マグロは前向きにしか進めないのである。
原因もわかったし、よーし、頑張るぞって感じ!
そうとなれば早速!
「ステータスオープン!」
異世界転生の標準装備。だいたい備わってる機能。それがステータス!
ぼくが叫ぶと、さっきウィルベルが出したステータスが表示される。
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種別:精霊
レベル:1
攻撃:E
守備:B
魔力:E
攻撃補正:E
守備補正:E
魔力補正:E
スキル:なし
総合ランク:E
スキルポイント:0
所有者:ウィルベル・フュンフ
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うう……なんてひどいステータスだ。
「って……あれ?」
ステータスにさっきはなかった文字が表示されている。
所有者にウィルベルの名前があることもそうなんだけど……。
【スキルポイント:0】
不思議に思ってスキルポイントってなんだろう? って考えると
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行動適性:
水中 レベル0
地上 レベル0
空中 レベル0
宇宙 レベル0
攻撃:
頭突き レベル0
尾ビレ レベル0
体当たり レベル0
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「うお!?」
マグロ・グランドフィーバーと同じ、初期で取得可能なスキルが表示された!
むむむ!?
マグロ・グランドフィーバーのスキルは一定のレベル条件を満たすことで取得できる。
例えば、ツナ・メテオってスキルがあるんだけど、習得するには宇宙適性と体当たりを最高レベルまで上げなければならない。
厳密に言うと、いま呼吸できてる時点で完全にイコールではないんだろうけど……。
マグロ・グランドフィーバーじゃ、地上での呼吸には地上適性1以上が必要だったしね。
ともかく、細かいことはどうでもいいや!
マグロは後ろを振り返らない生物なのである。とにかく問題を解決する糸口が見えてきたぞ!
ぼくはウィルベルに向かってべチーンと跳ねた。
「よーっし、ウィルベル! うじうじしててもしかたない。スキルポイントを稼ぎにいこうよ!」
「スキルポイント?」
おや? 転生異世界でステータスがあるのにスキルポイントは一般的ではないらしい。
なんとなるほど! こいつはスキルポイントを使って勝ち組になれるフラグに違いない!
ぼくはドヤっと胸ビレを張った。
「そう! スキルポイントを得ることさえできれば、ぼくはハイパーでデリシャスなマグロになれるんだ! そしてレベルを上げるためにはまずは海! 母なる海! マイ・マザー・シー! さあ、ウィルベル! ぼくを海につれていくんだ!!」
スキルポイントを得るにはぼくが敵――プランクトンやサメを倒してレベルを上げる必要がある。そして、そういったものが存在するのは海!
地上で呼吸できるなら、まずは空中適性を上げて、空中遊泳から目指したいところだけど、1で取得できるのはせいぜい初級の『滑空』程度。
まずは空中適性を5くらいまで上げて、攻撃系のスキルもとって……。最終的な夢は宇宙征服である!
そうだ。そうしよう! ふははは! 見とれよ、試験官ども!
宇宙を股にかけるマグロになって見返してやるからな!?
よしよし。とりあえず、なにが起きるかわからないから、いったんスキルポイントを溜め込むことを目的に……。
なんてぼくが考えていると、ウィルベルは首をかしげた。
「……海ってなんなんよ?」
「え? もしかして、ここってめっちゃ内陸地だったりするの?」
マグロに転生させといて内陸地スタートって、この世界の神様ってバカなんじゃない!?
「えーと、海ってのはね。塩辛い水があって、鯛とかヒラメとがいて……。あと水着のねーちゃんも生息してるところだよ!」
「?」
ああ、もう! 海をしらない田舎者に対して海を説明するのって大変だよね!
「大陸と大陸を隔てるでっかい水たまりというか……」
「隔てる?」
ぼくの説明に対し、さらに深く首をかしげたウィルベルがおもむろにぼくを持ち上げてして、ててて、と広場の端っこの方に小走りで走る。
そういえば、さっきまで気にしてなかったけど、そこから先は街並がない。この街ってば、もしかして切り立った山の上にあったりするのかな?
いや、でもちょっと待って。さっき、「昔は港街だった」って言ってたよね? どゆこと?
――強い風がぼくの頬を撫でた。
一瞬、目を瞑ったあと、ぼくの目に映ったのは……
「わーお……めっちゃ綺麗」
どこまでも続く青い空と、底の見えない奈落だった。
【マグロ豆知識】
登竜門を滝を登る魚といえば鯉。
ところでこの鯉、いわゆるコイじゃないのをご存知でしょうか。
というのも、魚偏の漢字って時代や地域で中身が変わるんです。
故事が成立した時代の中国では『鯉』は『鮪』の近縁種を指す言葉でした。
滝を登るのがマグロだった可能性もあったって考えると胸が熱くなりますね。身焼け的な意味で。
鯉:(古代)ヘラチョウザメ⇒(現代)コイ
鮪:(古代)カラチョウザメ⇒(現代)マグロ
※基本的には漢⇒唐になる際に漢字の意味が変わったとされています。